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転生した大家族長女の私、今世は天使なちびっこと幸せになります!  作者: 沙夜


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毒親から逃れて、新しく家族作ります! 2

「ちょっと、さっさと終わらせて書類整理に行きなさい! まったく、愚図ね!」


「あ、すみません。今まいります、お母様」


 食材の買い出しを終えた私は、買ったものを使用人に託し、母の言う通りに書斎へと向かった。


 この母は、優しくてのんびり屋だった美怜の母ではない。美怜の生まれ変わりであるこの私、ミレーヌ・シャルリエの母だ。


〝異世界転生〟


 知識として知ってはいるが、物語の中だけの話だと思っていたし、まさか自分の身に起こるだなんて、思ってもみなかった。


 美怜の記憶を思い出したのは、私が十歳になったばかりの頃。汲んできた水を零してしまって、母に叩かれた衝撃が引き金だったみたい。


 あの時は混乱するばかりで、これが実の親かと疑うような両親の言動にただただ呆気にとられるだけだったけれど、時間が経つにつれて前世のことも今世のことも色々と思い出した。


 前世の自分が死んで、やりかけの仕事はどうなったんだろうとか、会社に迷惑かけちゃったなとか、なにより家族のことが心配でたまらなかった。


 家族との時間を思い浮かべて、夜ひとりでベッドの中で泣いたこともたくさんある。もう戻れない幸せを手放してしまったことが苦しくて、そして大切な家族を悲しませてしまったことへの罪悪感で胸が潰されそうで。


 けれど、いつまでも感傷的でいることを許してはもらえなかった。


『なんだまだ寝てたのか? さっさと仕事をしろ! まったく、本当に愚図な娘だ……』


『ああいやだ、なあにその寝ぐせ? 身だしなみも整えられないなんて……。これで貴族令嬢だなんて、恥ずかしくってよ』


 記憶を取り戻した次の日、遅くまで泣いて寝不足だった私に、今世の両親はそう言い放った。泣いていても、慰めてくれる人なんていない。強くならなければと、顔を上げた。


 そうそう、転生した私はなんと子爵家のお嬢様だった。あれ? 貴族令嬢のわりに扱いが……?と疑問に思う方も多いかもしれないが、れっきとした、正真正銘このシャルリエ子爵家のひとり娘である。


 しかし両親の仲は最悪。娘である私への愛情など、これっぽっちもない。


 もし男だったら、跡継ぎとして少しは好待遇だったかもしれないが……。生憎私は継承権を持たない女だ。どこぞに嫁に行くか、婿を取るしかない身である。


 まあそれも期待できないけれどと、ため息をつきながら書斎の扉を開くと、仏頂面の父が待ち構えていた。


「ああ、やっと帰ってきたか。たかが買い出しにこれだけ時間がかかるとは、いつまでたっても愚図だな」


 相変わらず仲は悪いくせに、発する言葉は似ている夫婦である。ひとり娘に向かって言うような言葉ではないが、まあいつものことなので完全にスルーだ。


「雑務くらいしか能のないおまえに、仕事を与えてやっているのだから、しっかり励め。もう少しかわいげがあれば、よい嫁ぎ先もあったのかもしれんが……。せいぜい弱小男爵家あたりが関の山だな」


 なかなかの言い草だが、私にかわいげがないのはともかく、嫁ぎ先にアテがないのはあなたのせいだろうと言いたい。


 我が父、シャルリエ子爵は、正直に言わせてもらうと仕事ができない・思い遣りがない・金遣いが荒い・女にだらしない・浅慮極まりないと、三拍子どころか五拍子揃った男だ。そのため、貧乏貴族としても無能としても社交界で有名なのである。


 そんな男と、いったいだれが繋がりを持ちたいと思うだろうか? 普通の感覚を持った人間なら、貧乏で無能な男の娘を結婚相手になどとは考えないだろう。


「……安心して下さい。私が家を出ても、跡継ぎには困らないでしょうし、嫁ぎ先が見つかろうが見つからまいが、その時がきたら大人しく子爵家から失礼させていただきますので」


 にっこりと笑って告げる。


 そう、こんな父だが、なんと外にたくさんの婚外子がいる。そしてその中の誰かマシな息子を跡継ぎに据えるつもりなのである。


「ま、まあな! それについてはおまえに期待などしていないし、その時がきたら勝手にするがよい。仕方がないから、それまではおいておいてやる!」


「ありがとうございます、お父様。それでは仕事にうつりますね」


 ぺこりと頭を下げて、机の上の書類整理に取りかかる。ただ淡々と作業を進める私に、父はふんと鼻を鳴らして部屋から出て行った。


 さっさと子爵家から出て行きたいのは山々だけれど、この世界では未成年に真っ当な働き口などそうない。だから、十六歳の成人する日――あとひと月あまりまでは、我慢だ。


 十歳で記憶を取り戻してから、私はとにかくこの世界のことを知るべく、本を読んだり、使用人たちから話を聞いたりして情報を集めた。


 小さい頃からなにかと雑用させられてきたので、使用人たちとはわりかし話をする。貧乏なため、使用人の数もたかが知れていて、仕事は山のようにあるのだ。最近では、本来父が行うべき領地の予算案や決算報告書の作成なども任されている。


 まあ、両親は私がそこまで重要な仕事を担っているとは、つゆほども思っていないだろうけれど。ふたりは、私のことをよく愚図だと罵ってきたし、大したことはできないとも思っている。


 でも、現代日本の教育を受け、社会人として数年企業で勤め、いくつか仕事を任されてきた私は、どうやらこの世界のそんじょそこらの官僚よりも賢いらしい。微妙な立場の私とあまり親しく関わろうとしない使用人たちも、仕事ぶりは信用してくれているようで、書類作成やお金関係の仕事をよく任されている。


 体よく使われているといったら、そうなのかもしれないけれど。なんなら執事長あたりは、自分がやっていると父に報告しているかもしれない。


 それならそれで、別に構わない。むしろ両親には、愚図で雑用くらいしかできない娘だと思われていた方が都合がいい。ここから出て行こうとしている身としては、変に固執されても困るから。


 それに、働かざる者食うべからずだからね。衣食住は一応整っているのだし、成人するまではここに置いてもらえないと困るから、ある程度はやらせていただきますよ。


「さて、仕事仕事。……なにこの報告書。こんなものを提出したら、王城からクレームが来かねないわね」


 おそらく父が作成したであろう書類を眺めて、はあっとため息をつく。たまには自分でやってみようと思ったのかもしれないが、慣れないことはするものではない。


「今はまだ一応娘だからね、尻ぬぐいくらいはさせてもらうけど」


 やれやれと肩を落として執務机に座る。そして指先に意識を集中させた。


「〝(ウィンド)〟」


 魔法で小さな風を起こし、ごちゃごちゃだった机の上を片付け、書き物ができるスペースを確保する。


 そう、なんとこの世界には魔法がある。といっても私をはじめ、ほとんどの人間はこうした簡単なものしか使えない。


 でも、家事をする時にはなかなか便利だ。掃除とか料理とか、前世に比べ機械や道具が劣っている分、魔法で代用する感じ。


 周りの人から見たら、なにその使い方⁉って感じらしいので、あまり人前ではやらないようにしているけどね。変に目立ちたくはない。なぜなら私はいつか出て行く身だから。


 中には稀少な魔法を使える人も、ごく少人数いるらしい。前世でよくあった、異世界モノのアニメや漫画では、転生者がそうしたチート能力を持っていたものだが……。


 私はいたって平凡な魔力しかないし、特別な能力もない。でも、それでいい。私が望んでいるのは、そんなことじゃないから。


 瞼を閉じれば、まだ前世の家族の姿が鮮明に思い出される。いつかまた、あんな風に。


 心が乱れたことに気付き、落ち着けと自分に言い聞かせる。そして筆ペンを手に取り、さらさらと書類の訂正箇所に印をつけていく。


 あと少し、もうしばらくの辛抱だ。跡継ぎになる、義理の兄だか弟だかがやってくるのを待つ必要もない。


 その日のために、この五年間準備もしてきた。


「……泣いちゃだめ。今、信用できるのは、自分だけなんだから」


 弱音なんて吐いてはいけない。私の側には、優しい両親も、慕ってくれる弟妹たちも、こんな私を理解して付き合ってくれていた数少ない友人も、誰もいないのだから。


 ぐっと目頭に力を込めて、私は再び書類に向かい合うのだった。

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