毒親との決別、そして新たにはじめる5
「おーい。感動のシーンなところ悪いんだけど、そろそろこちらに戻ってきてもらってもいいかな?」
シャルの声に、アドルフ様とふたり、はっとする。そうだった。両親、そしてあの指輪は――。
見れば、父は完全に地べたにうつぶせにさせられ、後ろ手にされた指には、もうあの指輪は嵌められていなかった。母はというと、捕らえられた衛兵にやんややんやと文句を言っているが、とりあえず無事そうだ。
ともに怪我はしていなさそうだし、なぜあんな危険な魔導具を持っていたのかなど、聞き取りをしっかりしないと。
そしてクラリスは――。
「わたしががんばったのに、こうしゃくさま、おねぇちゃんのしんぱいしかしてない……」
むうっとふくれっ面だ。
「ご、ごめんないクラリス! そうよね、クラリスのおかげだわ! ありがとう、クラリス」
「す、すまない。クラリス、君が治してくれたのか? ありがとう、助かった」
慌ててお礼を言うが、まだクラリスのご機嫌は斜めのようだ。ほっぺたを膨らませて、明らかに不服そうにしている。
「ははっ、クラリスの言う通りだな。クラリス、俺の大切な友人を助けてくれて、ありがとう」
そこへ、笑いながらシャルが近付いてきた。シャルはアドルフ様の様子を見て、安心したようにほっと息をついた。
「ミ、ミレーヌ! 悪かった、だから助けてくれ!」
空気が緩んだのも束の間、縋りつくような、鬼気迫った声が響いた。
「手荒なことをしたのは謝る。愛しい娘を、なんとしてでも連れ戻したいと思ってのことだったんだ。な? 許してくれるだろう? 実の父親だ、助けてくれるだろう?」
さすがにもう命運尽きたとは思っているのだろう。いつも横柄な父の、哀願してくる姿に、私は眉根を寄せた。
「そ、そうよ! 私は生みの母親よ! あなたをこの身で守り育ててきたの! ねぇミレーヌ、あなたなら助けてくれるわよね?」
普段碌に名前なんて呼ばないくせに。こんな時だけ、情に訴えかけるなんて。
――情けない。今世の両親であるこのふたりに思うことは、ただ、それだけ。
「……私を産んで、成人するまでお屋敷に置いて下さったことは、感謝しています」
ゆっくりと立ち上がる。アドルフ様が心配そうに見上げてきたけれど、ふるふると首を横に振った。
「ですが、その恩はすでに返しきったと思っています。十六になったその日まで、私はあらゆることであなた方を助けてまいりました」
家事も仕事も、私は精一杯やってきた。辛くあたられても、実の両親という感覚がなかったので、特に気にならなかった。
同居人、という感覚だったのだろう。そこに、家族としての情などない。
「――私は、私を大切にしてくれる人たちと一緒にいたいんです。あなたたちは、そこに含まれておりません」
きっぱりと言い切る。そして、クラリスやアドルフ様、シャルの方を見て微笑む。
私が大切にしたい人たち、そして私を大切にしてくれるのは、この人たちだ。
「おねぇちゃん、それ……」
「あ、わかった? ふふ、」
クラリスが、私と一緒に行くと決心してくれた時の言葉。
「私、ずっとクラリスと一緒にいたい。クラリスが大切だよ」
「わたしも! おねぇちゃん、だいすき!」
勢いよく飛びついてくるクラリスを抱きとめる。そしてふたりで微笑み合った。
「もうそなたたちに入る隙間などなさそうだ。諦めるんだな」
そんな私たちを見て息をつくと、シャルは冷たい声で両親にそう言い放った。
「子どもを愛しても、必ず愛を返してもらえるわけではないだろう。人と人だ、上手くいかないこともある。だが、愛さないのに愛を返してもらえると思うのは、ずいぶんと傲慢な考えだとは思わないか?」
厳しい言葉に、両親は唇を噛み締めた。
「……ですが、ひとつだけ、いいことがありました」
シャルに続いて、アドルフ様もそう言いながら立ち上がった。そしてクラリスを降ろした私の隣に寄り添った。
「ミレーヌが、私の元に来てくれた。クラリスと出会い、シャルル殿下と出会い、そして私の屋敷に来てくれた。それはたしかに、あなた方のおかげた。あなた方が、愚かだったから」
両親のおかげだと言いながら、キッと強く睨んでいる。
「彼女は、都合のいい道具じゃない。これ以上、私たちの大切な人を、傷付けないでいただきたい」
今まで聞いたことのないような怒声に、さすがの両親も真っ青だ。万策尽きたとばかりに項垂れる。
「……お父様、お母様」
すっと一歩踏み出し、姿勢を正す。
今まで実践したことのない、貴族式の挨拶。けれど、この場にはこれが相応しい。
「十六年間、お世話になりました。少しでも娘としての情があるならば、どうぞ私のことは忘れてください。そして、今までの行いを省みて、胸を張って生きていけるよう、精進してください。――ごきげんよう、シャルリエ子爵様、子爵夫人様」
スカートを軽くつまみ、カーテシーで別れを告げる。もう二度と、会うことはないだろう。
「連れていけ」
シャルの命令に、衛兵たちが両親を連れて行く。私はそれを、軽く頭を下げたまま見送る。
――ふたりの表情を、見ないまま。
パタンと扉が閉じられた音がしてようやく、体勢を戻す。
もうこれで、本当に親子としての縁は切られたんだ。
「……お疲れ様。辛くはないか?」
「お気遣い、ありがとうございます。意外と大丈夫です。みなさんがいてくれたおかげですね、きっと」
心配そうなアドルフ様に、笑顔を返す。強がりでも嘘でもない。とても晴れやかな気持ちだ。
「おねぇちゃん、かっこよかった!」
「ありがとう、クラリス。クラリスが私の家族になってくれたから、ちっとも辛くなかった。あの時一緒に来てくれて、本当にありがとう!」
もう一度ふたりで抱き締め合う。温かくて優しい感触に、心が満たされていく。
「おやおや。公爵、これはかなりの強敵だね?」
「……うるさいですよ、殿下」
シャルとアドルフ様がそんな会話をしていたことなどちっとも知らず、私とクラリスは、いつまでもお互いの温もりに浸るのだった。
次回、明日はエピローグとなります。
最後までどうぞよろしくお願いします(*^^*)




