エピローグ
最終話です
両親との対面を果たしてから、三日。
「本当に帰ってしまうのかい? もう少し滞在してもいいんだよ?」
「シャルの気持ちは嬉しいけど、仕事もあるから。またふたりで手紙、書くからね」
疲れただろうからとしばらく王宮に滞在させてもらったのだが、さすがにそろそろ帰らなければということで、本日、セルヴェ公爵領に戻ることになった。
……のだが、馬車に荷物を積んでいる最中、シャルがむくれながらやってきた。
「まあ公爵は仕方ないけど。でも、ミレーヌとクラリスは、もう一日くらいいいんじゃない?」
「ふたりも一緒に連れて帰ります。殿下のお気遣いは結構です」
なおも渋るシャルに、アドルフ様がピシャリと断った。まるで弟のわがままを言い聞かせるようだ。
「残念。元気でね、クラリス。またミレーヌと一緒に遊びにおいで」
「うん! またシャルにあいにくるね!」
とってもいい返事のクラリスの頭を、シャルが撫でる。
「帰る前に、ミレーヌ、ちょっとだけいいかな?」
「? うん」
おいでおいでと手招きするシャルについて、少し離れた木陰に移動する。
「クラリスの光魔法のことだけれど。ごめんね、あそこまで使わせるつもりはなかったんだ」
「え? あ!」
すっかり忘れていた。クラリスの光魔法、バレちゃってたんだった!
「まあ、前から薄々気付いてはいたんだけどね? 公爵からも報告がきていたから、これは確定だなって。つまり、公爵も知ってるよ。作ってもらった菓子に光魔法が付与されていて気付いたようだね。ほら、寝起きがものすごくいい日、あったでしょ?」
そういえば、初めて一緒にお茶をした日の翌日! そっか、クラリスと作ったクッキーに魔法が……。
「知っていて、このままできるだけ現状維持させてあげようっていうのが俺たちの判断」
「えーっと、ちょっと、色々情報過多で頭がまわらないんだけど……」
と、とりあえず今までと変わらない生活でOKってこと? でも、それはそれでちょっと心配なんだけど……。
普通、光魔法の遣い手って見つかったらすぐに保護されるんだよね?
「とりあえず、本人の意思でしっかり魔法の制御ができているっぽいから。たしかに一般的な魔力の目覚めより早いから、暴走しないように王宮で制御の仕方を学ぶって案もあったんだけど……。逆にミレーヌと離した方が危険かなって」
からりと笑うシャルに、たしかにそうかもと納得する。
「信頼している家族の存在は、なにものにも代えられないからさ。君のそばにいるのが一番だと思うし、公爵はああ見えて強いし、その他の使用人も手練れが多いしね」
「え……そ、そうなの?」
「うん。君も知ってると思うけど、あの領地、宝石がよく採れるだろう? 色んな書類がある公爵邸も公爵も、狙われやすいからさ。基本的にかなり戦える者ばかりだよ? あ、スーザンが引退したのも、戦えなくなったってのが大きかったよね」
衝撃の事実に、開いた口がふさがらない。まさか、高齢だったはずのスーザンさんまで……。
え、というか、それなら私は? 私、まったく戦えないけど?
「うん、だから公爵には最初すごく反対されたんだ。でも、君の屋敷なら大丈夫だろうってゴリ押しした。あ、ちなみにノノカという侍女がいるだろう? 君とクラリスを守るのに、その侍女が隠れて護衛してたはず」
衝撃の事実、パート二。まさかノノカが……。
「でも、あの魔導具に関しては、少し予想が外れてしまってね。それを謝ろうと思って。ごめん、君を危険なことに巻き込んで」
姿勢を正したシャルが頭を下げた。そんなシャルに、私は慌てて手を振った。
それからシャルが説明してくれたのだが、どうやら、父……いや、元父が持っていたあの指輪は、闇の魔力が込められた魔導具だったそうで、ラングレー王国の国王から貸与されたものだったらしい。
ラングレー王国の国王には、元々闇魔法関係の黒い噂が絶えなかったようで、シャルはその調査をしていた。
そんな時に指輪の情報を掴んだシャルは、私の元両親を罠に嵌めることを思いついた。
「相手を拘束する力があるとしか知らなくて。拘束する魔法なら、クラリスの結界が弾くだろうと予想していた。そして予想通り、クラリスの光魔法が発動した。けれど、まさか、あんな攻撃魔法を使ってくるとは思わなかった。それは言い訳にしかならないけど」
もう一度シャルが頭を下げた。
つまり、あの騒動はシャルも予想しており、ラングレー王国の闇を裁くために用意した舞台だったということだ。
最後まで衝撃の事実に、私はただただ驚くだけだ。
「さっきはまた遊びに来て、なんて言ったけれど。こんな俺が嫌になったなら、絶交してくれても構わない。俺は、こういう生き方しかできないから」
シャルが少しだけ俯く。まるで、離れていかないでって泣いてるみたいに。
「……嫌いになんて、ならないよ?」
シャルの頭に、ふわっと手を乗せる。そして、優しく撫でた。
「色々迷いながら、国のことも、私たちのことも考えてくれてたんでしょう? 思っていた通りにならないことなんて、いくらでもあるよ」
なでなでとしていると、おずおずとシャルが視線を上げた。
「立場がある人って、感情だけじゃ動けないもの。私ひとりを救えても、何万人の民を危険にさらすわけにはいかないわ。それでも、クラリスのことを考えて、できる限りの措置を取ってくれたでしょう? それは、友だちとしてのシャルの優しさだってわかってる」
やろうと思えば、無理矢理私たちを引き離してクラリスの力を利用することもできた。でも、シャルはそうしなかった。
「両親のことも、ちゃんと確認してくれたよね。縁を切る覚悟で来たのかって。あの時、私が迷いを見せたら、また違う方法を取ったんだろうなって思う」
図星だったのだろう、シャルは視線を逸らした。
「ありがとう、シャル。私の大切な家族を守ってくれて。そして大切な友だちとして、今回側にいてくれたことが嬉しい。これからも、クラリスとともに、よろしくね」
撫で続けていた手を下ろして、シャルの前に出す。握手を求めると、シャルもおずおずと手を出して握ってくれた。
「まったく、君には敵わないな」
「ふふ、一応シャルよりお姉さんだからね!」
パチンとウインクする私に、シャルは十二歳の子どもらしく笑った。
「では、お世話になりました」
「おせわになりましたー!」
荷物も積み終わり、本当に別れの時となった。
「殿下、この度はありがとうございました」
「いや、公爵のおかげで助かった」
こうしたやり取りだけでも、シャルとアドルフ様、本当に信頼し合っているのがわかる。シャルも、『大切な友人を助けてくれてありがとう』って言ってたもんね。
「クラリス、またな」
「うん、ばいばい! じじょのみなさんも、ありがとうございました!」
シャルのうしろに侍女さんたちが、「クラリス様……」と寂しそうに見送りに来ていた。中には涙を拭っている人まで。……クラリス、恐ろしい子……!
「ミレーヌ、ちょっとこっちに近付いてくれる?」
さっきあんなに話したのに、まだなにか?
なんだろうと思いつつ、シャルの目の前まで歩く。そしてぴたりと止まると、ちょいちょいとまたもや手招きされて、耳を傾けた。
「俺もあと四年もしたら、成人だろう? そうしたら、王太子妃として、君を推薦してもいいかな? ほら、十年も経てば年の差もそれほど気にならなくなるし、さ」
囁くというには大きすぎる、近くにいたクラリスやアドルフ様には聞こえる声で、シャルが言った。
「え!? あ、いや、えっと、ええええっ!?」
予想外も予想外、あり得ないことを言われ、大混乱だ。
「殿下! お戯れは止めてください! 行くぞミレーヌ、殿下は人をからかうのが好きなんだ」
「ははは! またな、公爵、ミレーヌ、クラリス!」
アドルフ様にぐいっと腕を引かれ、馬車の中に乗り込む。クラリスと三人が乗ると、アドルフ様が早く出ろ!と御者の人に命令した。
馬車が動き出し、笑い声を上げて手を振るシャルの姿が小さくなっていく。
「あーあ、シャル、みえなくなっちゃったね」
「クラリス、君も殿下には気をつけろよ」
寂しがるクラリスに、アドルフ様がそう言い聞かせている。そんな会話に、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
「あはは……本当に、シャルってば冗談が過ぎますよね」
「そうかな? シャル、まじめなかおしてたよ?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
クラリスの爆弾発言を、慌てて否定する。せっかく落ち着いたのに、また顔が熱くなってきた。
「――ミレーヌ」
ぱたぱたと顔を手で扇いでいると、正面のアドルフ様に名前を呼ばれた。なんだろうとその顔を見つめると、真剣な瞳と目が合った。
「たしかに、殿下の言ったことは、冗談ではないかもしれない。となると、君は私の元にはいられなくなる」
「え、えっと、まあ、そうです、ね?」
万に一つもそんな可能性はないと思いますけど。そう思いながらも、一応頷く。
「それと、君はいつかクラリスとともに、自立して出ていこうとしているようだが」
「え、あ、はい。いつまでも甘えるわけにはいきませんから」
急な話題転換に戸惑う。アドルフ様はいったいなにが言いたいのだろう。
「――私は、君と離れたくない。どうかこのまま、私とともにいてはくれないだろうか? この先もずっと、君と生きていきたい」
「アドルフ様……」
真っ直ぐな眼差しに、胸がどくんと鳴った。
「あ、その、私」
言い淀む私の答えを、アドルフ様は静かに待っていてくれている。
そして、私が出した答えは――。
「つまり、終身雇用ということでよろしいですか? 正直、すごく助かります! 賃金もよければ人間関係もいいし、やればやっただけ評価していただけますし」
「……うん?」
アドルフ様が首を傾げたので、補足する。
「クラリスが成人するまで、まだかなり時間がありますので。職場環境のとてもよい、ホワイト企業なセルヴェ公爵邸でずっと働けるなんて、願ったり叶ったりです!」
ぐっと握り拳を作って力説する。
「ほわいときぎょー? って、なに?」
「とってもいい仕事場ってことよ」
クラリスに説明すると、そっか!と微笑まれた。
「たしかに、アドルフ様の寝起きへの対応は、なかなか大変ですもんね。私が辞めた後を探すのも大変ですし。アドルフ様のためにも、使用人のみんなのためにも、私が続けた方がいいですよね」
ぐっと親指を立てて突き出す。承知しました!と返事をして。
「今後もお世話係、任せてください。あ、シャルの言っていたことは、絶対冗談だと思いますので。王宮に嫁入り、なんて夢のまた夢なので、大丈夫です! ……あれ? アドルフ様? どうしました?」
ぐったりと項垂れるアドルフ様に、首を傾げる。
「あ、ひょっとして、馬車酔いしました? 衣服を緩めて、楽な姿勢をとるといいですよ。もしくは、どこかに停めてもらいましょうか?」
大丈夫ですかと声をかけると、アドルフ様が手を振った。
「………………なんでもない。馬車酔いでもないから、心配するな。しばらく考え事をするから、放っておいてくれ……」
「そうですか? じゃあクラリス、ふたりで外の景色を楽しみましょう? あ、お花畑が見えてきたわ」
「ホントだ、ピンクのおはな、わたしのかみといっしょ!」
いつかの散歩を思い出させる発言に、そうだねと笑顔で返す。
向かい側の席で、なにやらブツブツ呟いているアドルフ様の心情などちっとも知らず、私とクラリスはのどかな馬車の旅を楽しむのであった――。
*Fin*
これで完結となります。
最後までありがとうございました。
前世から家族一筋で恋とは縁のなかったミレーヌ、かなり鈍感ですが……。
この後、アドルフの想いが通じる日が来ると良いですね!笑
本編はこれで完結となりますが、需要があれば後日談とかショートストーリーなど書いてみようかなぁと思ったりもしています。
もしそんな機会があれば、また覗きに来て下さいね(*^^*)
*ありがとうございました*




