毒親との決別、そして新たにはじめる4
「ぐあっ!」
「! ア、アドルフ様⁉」
驚き目を開くと、アドルフ様の服の胸元が視界に入り、それから小さく唸る声が聞こえた。庇われたのだと気付いた時には、もう遅かった。
「ぶ、無事、か……? 怪我は、ない、か?」
腕を解かれ、アドルフ様の顔がはっきりと見える距離になると、口元から血が流れていることに気付いた。驚いて近付こうとしたところ、アドルフ様に手で制される。
「君の、服に、血がついて、しまう……」
片手で腹部を押さえ血を垂らしながら、そんなことを言う。
ふらりとバランスを崩したアドルフ様は、そのまま床にへたり込んでしまった。
「アドルフ様! 大丈夫ですか?」
まずい、背中をだいぶやられている。座り込むアドルフ様の背中は、黒いマントだからわかりにくいものの、傷痕もかなり深く見える。
「衛兵。捕らえろ。魔封じの魔導具を奴に。夫人も拘束しろ」
「「「はっ!」」」
シャルが命令して、両親がなにごとか騒いでいるのが聞こえる。けれど、今はそれどころじゃない。
「ア、アドルフ様……」
「そんな顔をするな、傷はそれほど……くっ! あ……」
意識を失ったように、アドルフ様は横に倒れてしまった。
「アドルフ様⁉ しっかりしてください! っ!」
その体を支えるようにして触れると、どろりとした感触がした。――血だ。
「うそ、やだ、待って、アドルフ様、しっかり……」
上手く頭が回らない。ええと、出血がひどい時は、とりあえず止血して……。
ぽろぽろと涙が溢れ出す。だけど、それに構ってはいられない。
アドルフ様が身につけていたマントで、とりあえず背中を圧迫する。……けれど、出血量が半端じゃない。
少し離れたところで呆然とするクラリスと目が合った。そうだ、クラリスなら――。
そう思いかけて、ぶんぶんと首を振る。なんのためにクラリスの力を隠そうと思ったんだ、私。クラリスに魔法を使うなって言ってたのに、そんな勝手なこと言えるわけがない。
けれど、このままじゃアドルフ様が……。
どちらを取るのかなんて、私には決められない。決められない、けど。
「――おねぇちゃん」
クラリスの囁くような声に、はっとする。
「いわなくても、わかるよ。おねぇちゃんが、こうしゃくさまをたすけてほしいっておもってること」
ぽろりと涙が流れ落ちる。
違う、違うよって言わなきゃいけないのかもしれないけど、言えない。
「たすけて!って、いえばいいんだよ。わたしは、おねぇちゃんがうれしいことがうれしいし、かなしいことがかなしいんだから」
どうしてそんな優しいことを言うんだろう。アドルフ様と同じことを言わないでほしい。
助けて、って。本当の気持ちを、言ってしまうから。
「た、」
「うん」
「たす、けて……」
「うん」
「たすけて、クラリス。アドルフ様を、死なせたくないの……」
ぼろぼろと涙と一緒に本音が零れ落ちた。
するとクラリスは、ゆっくりと私たちに近付いてきて、すっとしゃがんだ。
そして、私を見上げる。
「あのね、わたしのちからだけじゃ、このけがをなおすの、むずかしいとおもう。だからね、おねぇちゃんのそれ、かしてほしい」
そう言うとクラリスは、私の耳元を指さした。
「それ、って……イヤリング?」
反射的に耳のイヤリングに触れる。あれ、なんだか温かい……?
「こはくのいし、わたしのちからと、にてる。ひかりのちから、かんじるの」
クラリスの言葉に、目を見開く。そういえば、琥珀にはたしか――。
ぎゅっとイヤリングを握り締め、そっと外してクラリスへ託す。
「ありがとう、おねぇちゃん。わたしのちから、つよくなるのがわかる」
そう言うとクラリスは、アドルフ様の体に触れる。イヤリングを持つ手を胸に当てて、もう片方の手をアドルフ様の胸元に触れながら、目を閉じた。
「おねがい、こうしゃくさまを、なおして。――いたいのいたいの、とんでけー!」
クラリスがそう唱えると、琥珀が淡く光り、クラリスの手のひらからも穏やかで温かい光が溢れ出した。
「回復魔法……。それも、かなり強い魔力だ。あの宝石が影響しているのか……?」
シャルの声が響く。
そう、琥珀には生命力をもたらす力が備わっている。よく考えたら、光魔法ととても相性のいい石だ。
その場の誰もがクラリスから放たれる温かい光に目を奪われていた。バレてしまったという気持ちもたしかにあるが、それよりも、目の前の奇跡のような光景に感動する気持ちの方が大きい。
血に濡れていた私の腕はすっかり綺麗になり、アドルフ様の傷も徐々に塞がり、破れていた服まで元通りになっていく。
「……もう、だいじょうぶ」
そうクラリスが言うと、温かな光が少しずつ弱まっていき、やがて消えた。
「う……」
「アドルフ様!」
唸り声を上げたアドルフ様に呼びかけると、アドルフ様の瞼が少しずつ開いていった。そしてしばらく視線を彷徨わせると、アドルフ様ははっと目を見開き、ゆっくりと体を起き上げた。
「ミ、レーヌ、無事、か……?」
「はい。……でも、私のために、こんな無茶しないでください……」
ほっとして、ますます涙が湧き出てくる。だめだ、止まらない。
「な、泣くな。おい、もうなんともないのだから、泣き止め」
「ひっく、だめ、とまらないん、です……。ふぇ……よ、よかったです……治って……」
ぼろぼろと泣く私に、アドルフ様が慌てる。そんな姿が、珍しくて、そしておかしくて。
「……おい。泣くか笑うか、どちらかにしろ」
「ふふ、ごめ、なさ……ふふっ。アドルフ様が無事で、嬉しくて」
涙が少しずつ収まってきて、よかったですと微笑んだ。するとアドルフ様の顔が少しだけ赤くなり、ふいっと顔を逸らされてしまった。




