毒親との決別、そして新たにはじめる3
「ひどいですわ! 私たちのかわいい娘を! ああ、かわいそうなミレーヌ。この男にかどわかされたのでしょう!? いくら顔がいいからって、なにをしても許されるわけではなくてよ!」
そして母もまた、芝居がかった言い方でアドルフ様を糾弾する。
こ、これはまずい……。予想以上にひどすぎる!
そんなふたりの態度に、アドルフ様が睨みをきかせた。これは間違いなく、めちゃくちゃ怒ってる……!
「……お言葉ですが、私は娘さんを誘拐したわけでも、唆したわけでもありません」
よ、よかった、アドルフ様冷静だ! そうですよね、言葉の通じない相手に真正面から喧嘩を買ってもだめですよね!
「というか、彼女の気持ちを知ってなお、そのような非常識な言動をするとは……。あなたがたのような不出来な親を持って、彼女に同情しますね」
ぜ、全然冷静じゃなかったー! ちょっとアドルフ様、冷静沈着って設定どこいったんです⁉ 冷徹公爵……は、合ってる気がしますけども!
違う意味で顔が真っ青だ。冷静な話し合いをして、もう私のことは忘れてくださいと、ただそのひと言を言うだけのつもりだったのに。
「な、なんて失礼な男だ! こんな男が公爵とは、貴国も地に落ちましたな! ミレーヌ、こんな男の側にいては、幸せになどなれんぞ!」
「そうよ! っていうか、どちらかというと私の方がハズレくじを引いたんだから! こんな愛想のない、ここまで産み育ててやったのに、感謝の欠片もない子! 仕方なく迎えに来てやったのに!」
憤慨して暴言を吐く両親に、アドルフ様はふっと嘲りの笑みを零した。
「こんな安い挑発に乗るとは……。シャルル殿下の言う通りで、驚いていますよ」
え、今の挑発だったんですか? そしてシャルの指示だったということ?
ちらりとシャルの方を向けば、思っていた通り!と嬉しそうに笑っている。
「では、そんな彼女はあなた方には必要ないということで、よろしいですね? ではこれで話し合いは終了。彼女は私が責任をもって面倒をみますので、ご心配なく」
さっさと終わらせようとするアドルフ様、すごいわ……! 両親の言動を予測しているシャルももちろん異次元レベルですごいけど、こうして威圧感を出して有無を言わさない感じ、熟練の交渉人って感じ。
「ま、待ってください! 今のは、言葉の綾で……」
「どう考えても本音でしょう。こちらに責任転嫁するのは、やめていただきたい。彼女が出ていったのは、あなた方のそういうところが原因なのではないですか?」
父が言い訳をしようとすると、アドルフ様がすっぱりと言葉のナイフで会話をぶった切った。切れ味抜群である。
「……彼女は、私が知る誰よりも愛情深い人だ。偶然出会った幼い子を、まるで実の妹のようにかわいがり、困っている人を放っておけず、どうしようもない私のような男にも、まるで家族のように接してくれた。そんな彼女が突如家を飛び出すなど、あなた方が原因でなくて、なんだというのか」
毅然とした態度と私を思い遣る言葉に、胸が熱くなる。
「ようやく解放され、毎日生き生きと過ごしているのです。あなた方が主張するように、本当に愛情というものがあるというのなら、今すぐこの書類にサインして、彼女とは今後一切関わりを持たないよう約束してください」
つうっと涙が頬を伝う。私のことをわかってくれる人がいるのだと、それだけのことが、こんなに嬉しい。
隣に座っていたクラリスが、心配そうに覗き込んできてきゅっと手を握ってくれた。私はそれに、大丈夫だよという意味を込めて微笑んだ。
「……お父様、お母様。どうか、私のことはお忘れください。私の幸せは、シャルリエ子爵家にはありません。私の幸せは、私が決めます」
両親から目を逸らさず、決別の言葉を告げる。
すると父は、真っ赤な顔をして眉を吊り上げた。
「~~っっ、ミレーヌ! おまえが悪いのだぞ!」
私が悪い? どういう意味?
不思議に思って眉根を寄せると、父はそのふっくらとした左手の中指にはめられている指輪を、空に掲げた。
「指輪よ! ミレーヌの精神を操れ!」
「あれは……!」
なんと、指輪から黒い靄のようなものが湧き出てきた。人並みの魔力しかない私でもわかる、あれは邪悪ななにかだ。
黒い靄は、まるで自我を持っているかのように動き出し、私の方へと向かってきた。
逃げようにも、足がすくんで素早く動けない。
でも、たぶん狙いは私。隣に座っているクラリスを巻き添えにするわけにはいかない。
「ごめんなさい、クラリス!」
「きゃっ」
席から立ち上がったクラリスを、ドン!と押す。勢いで倒れてしまったが、下はカーペットが敷いてあるから、ケガはしないはず。
「やめろ!」
アドルフ様の焦った声が聞こえる。でも、もう間に合わない。飲み込まれる。
ぎゅっと目を瞑った、その時。
胸元から温かいなにかが溢れ出した。薄く目を開くと、クローバーのネックレスから、眩い光が放たれていた。
「なに、これ……」
するとその光は、父の指輪から吹き出してきた黒い靄を、まるで浄化するかのように消し去ってしまった。そしてふわりと消え、室内が元の明るさに戻る。
「おねぇちゃん!」
そう叫ぶクラリスの方を見ると、おそろいのペンダントが淡く光っているのが見えた。
まさか、これは。
ひとつの可能性が頭に思い浮かび、はっとする。いけない、父や母に知られないようにしないと。
「な、なんだこれは……。くそっ、指輪よ、多少傷をつけることになっても構わない、なんとかしてミレーヌを捕らえろ!」
黒い靄が消し去られたことにたじろぐ父だったが、それでも諦めきれないらしい。再び指輪に縋った。すると再び黒いものが指輪から湧き出てくる。
「あれ、なに……? 今度は、刃?」
十数個の黒い刃が父を取り囲んでいる。あれで切りつけようとでも言うのか。
でも、私の予想が正しければ、またこのネックレスが助けてくれる。ネックレスがというより、光の元はたぶん……。
ちらりとクラリスを見る。涙で濡れる瞳が、黒い刃を睨んでいる。まずい、また。
「ふん、こんどこそ言うことを聞かせてやる! 行け、闇の刃よ!」
まるで命令を下すかのように父が叫ぶと、刃が震えて動き出した。そして私の方へと飛んでくる。
力を使わせたくない。多少傷がついても、両親にバレるわけには……!
そう思っていても、黒い刃は待ってはくれない。次々と私の方へ飛んでくる。
「クラリス! 約束、守って!」
私の叫びに、クラリスがはっと息を吞んだのが見えた。よし、これで。
捕まってしまうかもしれないけれど、もう仕方がない。クラリスの能力を知られるより、よほどいい。
アドルフ様やシャルには申し訳ないけれど、やっぱり私はクラリスのことが大事だから。
ぎゅっと再び目を瞑る。できるだけ痛みが少ないといいな。そんなことを思いながら。
……と、その時。瞼の裏が急に暗くなったのがわかった。するとその刹那、ぎゅっと誰かに抱き締められた。




