*幕間*公爵様の事情①
クライマックス直前ですが、幕間になります。
アドルフ視点です。
私はアドルフ・セルヴェ、二十二歳。数年前に早世した父から代を譲り受けて、セルヴェ公爵となった。
両親は高位貴族間でよくある政略結婚。仲が悪いというわけではないが、大してよくもない。会話はするけれど、必要最低限のものばかり。私という後継者が生まれて以降は、寝室も分けるくらいの距離感だった。
朝食こそ揃ってとっていたものの、家族らしい穏やかな時間ではなかった。今日の予定の確認から始まり、来月の夜会のための衣装合わせだの、視察の予定調整だの、今思い返してみると、まるで事務連絡を共有する会議のようだったなと思う。
そんな公爵家に生まれた私だったが、それなりに両親からは声をかけられていたし、しっかりとした教育も受けさせてもらっていた。不自由のない環境を与えてもらっていたと思う。
しかしそこに愛はなかったと気付いたのは、いつだっただろうか。
地頭は悪くなく、家庭教師からのお墨付きももらえていた。
剣技も幼い頃から習っていたが、センスがありますねと言われ、それなりの腕前にもなった。
それでも、両親から褒めてもらえたことは、ほとんどなかった。『そうか、わかった』、『次もがんばって』、それくらいだ。
そんな両親の元で育った私だが、一応愛情というものは知っているつもりだ。幼い頃から世話役として側にいてくれた、初老の侍女、スーザン。彼女が、惜しみない愛情を私に注いでくれていたから。
身の回りの世話をしてくれるだけではなく、まるで自分の息子や孫に言い聞かせるかのように物事の善悪を教えてくれたし、幼かった私の話もよく聞いてくれた。
今日はこんなことをした、これが難しかった、こんな驚くことがあった。そんな、たわいもない話をすることもあれば、両親と上手く話ができない、頑張っても認めてもらえないという悩みを零すこともあった。
スーザンはいつも微笑んでいるような穏やかな人だったが、困ったような表情をすることもあった。
自分にはなにもしてあげられないけれど、話を聞くことならできる。なにもしてあげられなくて申し訳ない。そんな言葉を、幾度となく聞いた。
言い方は悪いかもしれないが、スーザンは公爵家に雇われたひとりの侍女でしかない。彼女になんとかしてもらおうなんて、思ってはいなかった。しかし、自分の言葉がスーザンに辛い思いをさせているのだと気付いてからは、少しずつ悩みを話す機会は減っていった。
それでも、スーザンはなんとなくわかっていたのだろう。言葉ではなく、ただぎゅっと抱き締めてくれることが増えた。『私は、なにがあっても坊ちゃまの味方ですからね』とだけ言って。
そんな私に、転機が訪れた。十七歳になったばかりのある日、父につられて王宮のガーデンパーティーに参加した私は、当時七歳だった王太子殿下に気に入られたのだ。
後に知ったことだったのだが、そのパーティーは殿下の話し相手を見つけるためのものだったようで、私のような十五歳前後の子どもを持つ貴族が集められていた。
父は、私が選ばれることを望んでいるわけではなさそうだった。断ることができないパーティーだから参加はしないといけないが、特別なことはなにもしなくていい、好きに楽しめと言われていた。
だからといって、賑やかなパーティーを楽しむような性格ではなかった私は、少し軽食を摘まんだだけで、後は大人しく端の方で時が経つのを待っていた。その際、立っているだけでは暇なので、周囲の観察をしていた。
自分と同じくらいの年齢だろうに、もうすでに化粧バッチリで美容だの新作のドレスだのと盛り上がる令嬢たち。
『僕のお父様は~』『僕の領地では~』と、自慢ばかりで相手を牽制する令息たち。
いったいなにをして楽しめというんだ? 私はそんなことを考えながら、その光景を眺めていた。
だが、ずっとひとりだったかと言われると、そうでもない。時折声をかけられてひと言ふた言話をすることもあった。そのほとんどが、公爵家という権力に惹かれて来ただけの者だったので、会話は本当にひと言ふた言だけだ。
それでも食い下がってくる令嬢は何人かいた。あまりにゴテゴテと着飾っている姿が不自然で、無意識に顔を顰める私に、『ひどいです!』などと意味のわからないことを言って泣かれたのは、今でも覚えている。
そんなまったく楽しくないパーティー、立っているのも楽じゃないなと、少し庭園の奥まで行ってみることにした。誰もいないところなら、少しくらい芝生の上に座っていてもいいだろうと思って。
しこし、そこには先客がいて、自分よりかなり年下の金髪の少年が、つまらなそうに寝転がっているのを見つけた。
ああ、自分だけじゃないのだなと、親近感を持った。まだ十歳にも満たしていない子ども、パーティーに興味がないのなら、さぞかしつまらないことだろう。
我慢できず、隠れて寝転がりたくなる気持ちもわかる。邪魔をしては悪いなと、そっとその場を離れようとした。
『なんだ、俺以外にもこんなところで油を売るやつがいたのか』
しかし、背中を向けたところでそう声をかけられた。
『いいのか? 皆、王太子の話し相手になりたくて、必死に社交性アピールをしているぞ?』
『……それほど、興味がありませんので』
ゆっくりと振り返って答える。寝ていたはずの少年は、面白そうに私を見上げていた。
『へえ? 君、変わってるね』
変な少年に変わっていると言われてしまった。お互い様だと口にしかけたが、その少々横柄な物言いに、ずいぶん高位の貴族なのだろうと思い至り、ぐっと言葉を呑み込んだ。変に揉めると後が面倒だから。
まあまだ幼いしなと思い直し、そうですか?と返すに留めた。そしてそのまま立ち去ろうと足を動かした瞬間、少年が笑った。
『ははは! 気に入った。君なら話が合いそうだし。よし、決めた』
なぜ?と、なにが?という疑問で頭がいっぱいになる。戸惑う私をよそに、少年は飛び起きて私の手をとった。
『シャルル・フォートリエだ。君の名は? 容姿からするに、セルヴェ公爵家の者か? 公爵によく似ているな』
にやりと笑う少年の名前。先ほどパーティーの開始時に聞いたばかりの、この国の王太子殿下のそれだったことに気付き、さすがの私も驚愕の表情を浮かべた。
『な……!』
『やっと表情を変えたな。ははっ、これから楽しくなりそうだ』
悪戯が成功した!というような、先ほどまでとは違う少し幼い笑みに、私はただ殿下にされるがまま、話し相手に就任したのだった。
なぜ殿下と同じ年頃の子どもを集めたのではなく、私のような年上の者を集めたのか、今はよくわかる。この殿下が賢すぎて、子どもでは話し相手にならないからだ。
そして、案外人をからかうのが好きな殿下は、私のような普段表情を変えない人間の感情を揺さぶるのが、楽しいのだろう。
不本意ではあったが、その条件にぴったりと当てはまってしまった私に、拒否権などないのは明らかだった。
――これが、俺とシャルル王太子殿下との、出会いだった。




