毒親の陰謀4
「では、いってきます」
翌日の昼前。馬車に荷物を積んだ私たちは、王宮へと出発する。
「公爵様、ミレーヌ、どうぞお気を付けて」
オリバーさんたち、使用人の人たちも何人か見送りにきてくれた。お仕事中に申し訳ないなと思いつつ、ありがたいなとも思う。
「ええと、クラリスは……」
クラリスの姿を探す。先ほどまですぐ側にいたのに、どこに行ってしまったんだろう。
きょろきょろと辺りを見回すと、少し離れた木陰でノノカと話をしていた。
「―――じゅんび、ばっちり?」
「ええ。―――からね、――だよ?」
「クラリス? ノノカとなにをお話ししているの?」
「「ひゃぁっ!」」
ふたりの側に行って、ひょっこり顔を出すと、驚いたふたりに叫ばれてしまった。
「な、なに、どうしたの? そんなに驚かなくても……」
「あ、ごめんごめん! いや、ちょっと、ええと、そう! クラリスがミレーヌと離れるのが不安そうだったからさ!」
……なんでか今日はノノカまであやしい。というか、わかりやすすぎじゃない?
でも、今はそれを追求するような時間はない。なにか企んでいそうな雰囲気はあるけれど、仕方ないわね。
「……そう? クラリス、大丈夫だからね。おねえちゃん、ちゃんと帰ってくるから」
召喚状をもらってから何度も何度も繰り返し伝えてきた言葉を、念を押すように口にする。もちろんクラリスを少しでも安心させるためでもあるけれど、約束をすれば、必ず帰ってこれそうな気もするから。だから、これは自分のためでもある。
「……うん。おねぇちゃん、かんばって。こわいおとうさまと、おかあさまなんかに、まけないで!」
クラリスが私の手をぎゅっと握った。なんだか、パワーをもらったみたい。
「ええ、負けないわ。クラリスやノノカ、アドルフ様たちと、またここで楽しく穏やかに暮らせるように」
小さな手をぎゅっと握り返す。小さくて柔らかい手。またこの手を繋いで、街や庭園を散歩できるように。
「いってきます、クラリス」
「いってらっしゃい、おねぇちゃん」
最後に抱擁をして、そっと離れる。ノノカの方を向いて、お願いねとクラリスを託す。
「挨拶は済んだか」
そこへ、アドルフ様がやってきた。親しくしている人たちとの別れの時間をきちんと取れるよう、配慮してくださっていたのだが、そろそろ出発の時間のようだ。
「はい、ありがとうございました。――それじゃ、みんな、いってきます!」
努めて明るい声を上げ、手を振る。
意外にもクラリスは泣いたり暗い顔をしたりはせず、ノノカにくっつきながら手を振ってくれていた。
もうちょっと寂しがってくれてもよかったのになぁ……は、贅沢な話かしら。
なにはともあれ、遊びに行くのではない、気を引き締めなければ。
アドルフ様とともに馬車に乗り込み、窓からクラリスたちを見つめ、それから王宮がある方角の方を見る。
――今回でケリをつけて、無事に笑顔で帰ってくる。それ以外の選択肢なんてない。
「もっと緊張しているかと思ったが、いい顔をしているな」
アドルフ様にふっと笑われ、唇の端を持ち上げる。
「はい。私が、私らしく幸せに生きていくための戦いですから」
迷わないし、逃げない。
私は、私のために生きていくのだから。
「……上等だ。それでこそ、君だな」
この上ない褒め言葉に、私はにっこりと笑みを深めるのだった――。
* * *
「馬車に乗ったわね」
「うん。はやくいかなきゃ」
ミレーヌたちが馬車に乗り込んだのを見届けたノノカとクラリスは、ちらりと荷車の方を見た。
「……今さらだけど、本当に行くの?」
「うん。わたしにも、おねぇちゃんをたすけられることがあるはずだから」
昨日の三人でのランチの際、クラリスはミレーヌが席を外した隙を狙ってノノカにこのことを相談していた。
「まさか、荷車に紛れて行こうとするなんて。天使みたいにかわいくて聞き分けのいい子だと思っていたのに、まったくとんだお転婆娘ね」
「えへへ」
ノノカの嫌味は通じず、クラリスは頬を染めて照れた。褒めてないわよとノノカがため息をついたが、クラリスには関係なかった。
「ここまできちゃったから、最後まで見届けるけど……。食べ物はちゃんと持った? せめて半日はあの中で我慢しないと、見つかったらすぐこっちに戻されちゃうわよ?」
「もった! しょくどうのおばさまに、たのんだから!」
クラリスのスカートのポケットには、携帯に便利な食べ物がたくさん入っていた。
「これなら丸一日は大丈夫ね。気を付けるのよ?」
「うん! ありがとう、ノノカおねぇちゃん!」
荷車へと走っていくクラリスの背中を、ノノカは見送る。
「はぁ……。血が繋がっていないって聞いたけど、意志が強いのは、ミレーヌにそっくりね」
時々表情がそっくりだと思っているのは、ノノカだけではない。ふたりが本当の姉妹でないと知って驚愕した使用人は、かなり多い。
「……気を付けてね、ふたりとも。絶対無事で帰ってくるのよ」
クラリスが荷車に乗り込んだのを見届けて、ノノカは誰にも聞こえないような小さな声で呟いたのだった――。
ミレーヌたちが公爵家を発つ、三日前。
「いよいよ、フォートリエ王国へ出立だ。おい、余計な荷物は持って行くなよ」
シャルリエ子爵夫妻もまた、ミレーヌを取り返すためにシャルリエ子爵領を発とうとしていた。
「わかってるわよ! ……あら? あなた、そんな指輪、どこで手に入れたの?」
数少ない使用人に命じ、荷物を纏めさせていた夫人は、夫の指にはめられていた石の指輪を見て、そう尋ねた。
「これは、〝お守り〟だ。あの娘のことだ、少し脅せばついてくるだろうが……。念には念を、と陛下に賜わったのだ」
他国に対して好戦的な現ラングレー国王は、隣国であるフォートリエ王国にも、いつか攻め入ってやろうという野心を持っていた。
そんな折、シャルリエ子爵から娘が攫われたとの報告を受ける。そしてどうやら、フォートリエ王国にいるようだと。
話を聞けば、今までの安定していた領地運営は、ほどんどがミレーヌのおかげであり、最近の不振はその娘が行方不明になったためだと知る。
これはチャンスではないかと、国王は思った。たかが子爵家の娘ひとり、戦争を起こすほどではないものの、しばらくはフォートリエ王国に対して強く出ることができそうだと。
そこで国王は、同情するふりをして黒い宝石の指輪を貸与したのだ。
「ええ? なぁに、それ。お守りなら、私がつけていても問題ないのでしょう? そんな高価そうな指輪、女性である私がつけるべきだわ! あの娘がいなくなって、ただでさえ少ない税収がさらに減って、碌な宝石も持てていないんだから!」
「や、やめろ! これはただの指輪ではない! 危険な魔導具なのだ!」
夫の声に、夫人は指輪を奪おうとした手をぴたりと止める。
「危険な、魔導具……?」
「そうだ! 稀少な闇の魔力が込められた、危険で貴重なものなんだ!」
闇の魔力、危険、その言葉を聞いて、夫人は慌てて手を引っ込めた。
「そ、そんな危ないもの、なぜ……?」
「ふん。もしも抵抗された時のためのものだ。陛下の慧眼には、本当に感服する!」
わはは!と上機嫌な子爵を、夫人は顔を顰めて見つめる。そしてその視線を、黒い宝石の指輪へと向けた。
そのぞっとするような美しい輝きに、夫人は薄気味悪さを覚えながらも、黙って夫に従い、シャルリエ子爵家を出立したのだった――。




