毒親の陰謀2
「……え? ラングレー王国から、書状が……?」
「ああ、先ほどシャルル殿下から知らせを受けた。おそらく、正式な文書がここに届くはずだ」
いつもと変わらない生活を送っていた日の午後、ベッドメイクをしていた私はアドルフ様に呼び出され、そう知らされた。
「かの国からの書状には、〝我が国の子爵令嬢が行方不明となった。その両親、シャルリエ子爵夫妻は、娘が誘拐されたのではと大変心を痛めている。しかしこの度、新種の宝石、コハクの発見に関わったミレーヌという女性の話を聞いて、娘に違いないと夫妻が主張している。貴国には面倒をかけるが、ぜひその女性に会わせていただきたい〟……と書かれているそうだ」
なんてことだ、そんな大ごとにしてまで私を探そうとしているなんて、思いもしなかった。
もしかして、領地でトラブルがあった? それとも、引き継ぎが十分でなくて仕事がまわってない? もしくは食事が元に戻って健康状態に支障が? ……琥珀の発見による功績を聞いて、私が惜しくなったって可能性もある。
……全部ありえそうだ。引き継ぎの書類、十分丁寧に書いておいたつもりだったんだけど。
嫌われていた私なんかを探さないだろうと、楽観視していた私が悪かった。まさか琥珀の一件でラングレー王国まで名前が広まってしまったとは。
自分の対応不足に、自然と深いため息が出る。けれど、過去のことを憂いていても仕方ない。これからどうするかを考えなくては。
「……このままここでお世話になっていては、アドルフ様に迷惑をかけてしまいますね。クラリスとふたりで、すぐに出て行きます」
できればシャルリエ子爵家には帰りたくない。けれど、ここに匿ってもらうわけにはいかない。それこそ、アドルフ様が誘拐犯扱いされるかもしれないし。
どうせいずれは自立するつもりでいたのだ、むしろ半年以上もここに置いて下さったことに感謝しなくては。
「心配しないでください。おかげさまで貯金は十分貯まりましたし、身の回りの必要なものも揃っていますから。たしかにミレーヌという娘はいたが、粗相をして出て行ってしまった、とでも言っておいてください。準備ができたら、クラリスとふたりでご挨拶に参りますので」
すぐに使用人棟に戻って荷物をまとめなくては。そうはやる気持ちでくるりと扉の方を向くと、うしろから腕を掴まれた。
「――待て。なぜ、君たちが出て行く前提なんだ」
力強さと凄みのある声に驚いて振り向くと、眉間の皺を深くしたアドルフ様と目が合った。
「君が自立したいと思っていたのは知っているし、人に迷惑をかけたくない性格なのも知っている。しかし今は、そうすべき時ではないだろう!?」
普段の落ち着いた声とは違う、荒っぽい叫びに、びくりと肩が跳ねる。
「なぜ〝助けてほしい〟と言わない!? こんな時くらい、私を頼ればいいだろう!」
アドルフ様の真剣な眼差しに、涙腺が緩む。目頭が熱い。耐えきれず、ぽろりと涙が頬を伝う。
「だ、って……。絶対、迷惑、じゃないですか……! 私のせいで、アドルフ様やシャル、公爵家の皆さんに、迷惑をかけたくなんて、ありません……」
言葉にしてしまったら、涙が止まらなくなってしまった。こんなこと、言うつもりなかったのに。
「わた、私の両親は、娘の私を心配するような、それでいて、帰ってきてくれればそれでいいなんて言うような、善人ではありません」
そう、私が帰ればそれで終わりではないだろう。私を誘拐しただのなんだのと難癖をつけて、アドルフ様に抗議して賠償金をむしり取ろうとする気がする。それだけでなく、琥珀のことも権利を主張するだろうし、クラリスのことだって……。
「クラリス……。クラリスだけは、私が守らないと……。アドルフ様、お願いです。頼れとおっしゃるなら、クラリスをこのまま置いてやってください。私だけが出ていけば、クラリスは守られる」
もし両親に見つかったら、クラリスとは無理矢理にでも引き離されるだろう。こんな子どもまで養う余裕はないと言って。
それだけなら、まだマシかもしれない。もし、もしもクラリスの秘密を知られることになったら。きっとクラリスも利用される。売られる可能性だってある。そんなの、嫌だ。
「……君は、まだそんなことを……」
アドルフ様が、はあっと深いため息をついた。そして腕をぐいっと引かれると、私はアドルフ様に抱き締められた。
「違う、そうではない。クラリスだけじゃなく、私のことも救えと言え」
「そ、そんなこと、言えない、です……。私なんかのために、お力を貸していただくわけには……」
「なぜだ。君はもう、この屋敷になくてはならない存在だろう? 自分のことを、卑下するな」
ぎゅっとアドルフ様の腕に力がこもる。息苦しいほどに強い力なのに、どこか安心する。
「心配するな。君のことは、私が守る。クラリスと一緒に」
〝守る〟なんて、初めて言われた。誰かに寄りかかることも、甘えることも、今までなかったけれど。
「まったく……クラリスのことしか頭にないのは、どうにかならないのか?」
そう言われても……。私があのふたりの娘なのは事実だし、対策を怠った自分の責任でもあるから。
「もっと自分を大切にしろ。君が幸せじゃないと、クラリスも悲しむだろう? 自分のためだけじゃない。君の大切な人たちのためにも、自分のことを大切にするんだ。妹のことよりも自分を大切にするという意味ではないぞ」
その言葉に、はっとする。
「君の優しさと考えを否定するつもりはない。自分を多少犠牲にしても大切な人を守りたいという気持ちも、間違ってはいないだろう。だが、それは君の方から見た気持ちだ。相手にも、君を大切にしたいという気持ちがあるんだ」
『人生損してるよね』
前世で何度も聞いてきた言葉。損なんかしていないと、胸を張って否定してきた私。
犠牲なんかじゃない、私は私のしたいことをしているだけで、癒やされていたし、満たされていた。
けれど。
『みれぃちゃん……ぼくたちも、みれぃちゃのこと、たいせつなんだからね?』
弟妹たちからのそうした声も、たしかにあって。
「君が断っても、私は君を助けるぞ。私も、君が大切だからな。君が辛い思いをするとわかっていながら、みすみす手を離すわけがないだろう」
ぼろぼろと涙が零れる。
〝助けてほしい〟と手を伸ばせる存在が、こんなに頼もしいものなんだと知った。
温かくて、安心できるんだって、初めて知った。
「た、たすけ……」
「ああ、ちゃんと聞くから、ちゃんと言え」
抱き締められながら、ふわりと頭を撫でられる。心地よくて、このまま守ってもらいたくなってしまう。
「助けて、ください。私が、ここで、クラリスと、アドルフ様と、ノノカたちと、幸せに暮らせるように」
絞り出した声に、うん、うんとアドルフ様が頷き返してくれた。
「私に任せろ。君も、クラリスも、この屋敷でこれからも幸せに暮らせるよう、私が守る」
力強い声に、私ははいと返事をし、アドルフ様の背中に腕をまわしてぎゅっと抱き締め返したのだった。




