毒親の陰謀1
「ミレーヌはまだ見つからないのか!」
ミレーヌが家を出て半年以上が経つのになかなかその足取りがつかめず、父であるシャルリエ子爵は憤慨していた。
「まずい、まずいぞ……! これ以上領主としての仕事を放っておけば、領民たちからのクーデターが起こる可能性がある……!」
ミレーヌがそのほとんどの仕事を担っていたことを知って、探すのと同時に自分たちでなんとか耐え忍ばなければと、子爵も最初は思っていた。しかし、今まで適当な仕事しかしてこなかった子爵には、耐えることすらできなかった。
そのため、仕事は早々に諦めた。適当に判を押し、適当に視察を行う。報告書類を精査することなく、また領民の声に耳を傾けることなく、この半年以上をのらりくらりとやり過ごしてきた。
しかし、領民たちはそれを許さなかった。
はじめは各町村からの訴えだった。それがいつしか抗議文となり、王宮からの正式な書類での依頼文となった。ところが、そんなものを読んだところで、子爵にはなにが重要でなにが重要でないか、どんな理由があるのか、どんな可能性があるかなど、さっぱりわからなかったのだ。
「このままではいかん。くそ、早くあの娘を見つけねば……」
なにもかもが上手くいかないこの状況に、子爵は歯噛みした。
「し、失礼します!」
「なんだ、騒々しい!」
するとそこへ、若い使用人がひとり、子爵の執務室へと飛び込んできた。
「お、お嬢様が……! ミレーヌお嬢様らしき方が、見つかりました!」
息を切らしながら報告する使用人に、子爵は目を見開き、にやりと笑った。
「よくやった! それで、あの娘は今どこに?」
「り、隣国、フォートリエ王国です」
「なんだと?」
よりによって国外かと、子爵はぎりりと歯を鳴らす。
「そ、その、最近フォートリエ王国で有名になった宝石、コハクを発見したのが、どうやら、ミレーヌという名の水色の髪の若い女性だと聞きまして……。おそらく、お嬢様ではないかと」
不機嫌さを隠そうともしない子爵に、使用人は怯えながらも報告を続けた。
名前も外見的特徴も合っている。ならばその可能性が高いと考えるのが普通だろう。
「しかし、隣国となると手を出し辛い。どうするか……」
子爵が眉根を寄せたその時、執務室の扉が勢いよく開いた。
「なるほどね。あのコったら、なかなかやってくれるじゃない。けれど、逃がさなくてよ」
最近めっきり老けたと話題の子爵夫人だった。ミレーヌが家を出て、不規則な暮らしを続けた結果、外見に大きくその影響が出ていた。
そんな夫人を、子爵はなおさら疎ましく思っていたが、今の発言には注目をせざるを得なかった。
「どういうことだ? なにか策でも?」
眉根を寄せる子爵に、夫人は気味の悪い笑みを浮かべて自身の考えを説明した。
そしてそれを聞き終えた子爵もまた、どす黒い笑みをたたえる。
「なるほど、おまえにしてはいい案だ」
「なんとしてでもミレーヌを取り戻さなくてはね」
「そうだな。はははっ」
「うふふ。あはははは!」
意見が一致してしまった子爵夫婦は、おそらく婚姻を結んで初めて、ふたりで笑い合うのであった。
* * *
「みてください、こうしゃくさま! ふたつかさねると、とってもかわいいでしょう?」
「ああ、とても似合っている。ミレーヌの瞳の色の石だと喜んでいたからな。ちゃんと届いてよかったな」
恒例となっていた庭園でのお茶会。クラリスは、先日届いたばかりのアクアマリンのネックレスと、クローバーモチーフのネックレスを重ね付けして参加している。
早速アドルフ様に見せびらかし、お褒めの言葉をもらえてご満悦だ。
商人さんから受け取った日の夜、ふたりでドキドキしながら小箱を開けた。元々のクローバーよりもふたまわりほど小さい、シルバーで形作ったクローバーの中央に、アクアマリンの石が乗せられている、シンプルながらとても上品なものになっている。
「クラリスは淡い色合いが似合うな。それに、デザインは少し大人っぽいものなのに、クラリスのために作られたものだけあって、とてもしっくりくる。自分で選んだのだろう? センスがいいんだな」
ア、アドルフ様ってば褒め上手! 失礼だけど、意外だわ……。
「えへへ。そんなにほめられると、てれちゃう」
ちょっぴり頬をさ染めて恥ずかしがるクラリス、かわいい。ほら、お茶を持ってきてくれた侍女も、ほんわかした視線を送ってるわ。
アドルフ様はちょっと意外だったけれど、なんだかこのふたり、親子か年の離れた兄妹みたいね。
生温かい目で見守っていると、クラリスが無邪気な声を上げた。
「こうしゃくさま、おねぇちゃんのイヤリングも、にあってるでしょう? こうしゃくさまからのプレゼントなんですよね? すてきですね!」
そう、今日はせっかくなので、私もいただいたばかりのイヤリングをつけてみた。なかなかつける機会がないので、お休みのこんな時くらいはと思ったのもあるし、クラリスに勧められたのもある。
でも、だからといって褒めてもらいたいと思っていたわけではない。
「ク、クラリス! 別にそんなことを聞かなくても……。アドルフ様が困ってしまうでしょう?」
夕食やお茶の時間を一緒に過ごすようになって親しくなったとはいえ、そんなことを強要するのはちょっと。
しかし真面目なアドルフ様は、クラリスの言葉にはっとした。
「そ、そそそそそうだな。うん、その、まあ、なんだ、に、ニアッテ……いるのでは、ないか?」
……先ほど流れるようにクラリスを褒めていたアドルフ様はどこへ行ったのだろう。途中カタコトだし……。
「すみません、アドルフ様。そんな、無理して褒めなくても大丈夫ですよ?」
気を遣わせてしまったなと、申し訳なく思いながらそう伝える。
すると、再びはっとしたアドルフ様が、勢いよく首を振った。
「む、無理して褒めたわけではない。これは、その……」
しまったと思ったのだろう、けれど弁解したいが言葉が見つからないといったところだろうか。あたふたしながら焦るアドルフ様に、苦笑いを返す。
「大丈夫ですよ? 別になんとも思っていませんから。あ、そうだ! 今日のお茶菓子のマフィンは、クラリスと一緒に作ったんです。ぜひ、食べてみてください!」
埒が明かないため、話題を変える。クラリスと一緒に作ったのは本当だし、私のことよりもクラリスを褒めてあげてほしいので、この変な空気をどこかへやらねば。
「………………そうか、それは楽しみだ」
なぜか長い間があったが、アドルフ様はマフィンを手に取り、食べてくださった。
そして美味しいなと褒められると、クラリスも嬉しそうにマフィンを口にした。
「おいしーい! おねぇちゃんもたべてみて。はい、あーん!」
クラリスがマフィンをひと口サイズにちぎって、私の口元へと手を伸ばしてきた。
か、かわいい。アドルフ様の前だけど、ちょっとくらい、いいよね……?
「じゃ、じゃあ……。あーん」
ぱくっ。もぐもぐ。
「本当だ、美味しくできたわね!」
「ねー?」
ちょっぴり恥ずかしいけど、クラリスが嬉しそうだから、まあいいか。
カップを手に取り、こくんとお茶を飲む。うん、お茶とも合うわね。
「……あれ? アドルフ様、どうしました?」
お茶を飲み込み、ほっこりした気持ちでいると、アドルフ様が額に手を当て、ふるふると震えている。
「………………いや、なんでもないんだ。私のことは気にするな」
先ほどから変なアドルフ様だ。そう不思議に思いながらも、私はマフィンを手に取り、その美味しさに舌鼓を打つのであった。
――けれど、そんな穏やかな時間は、長くは続かなかった。




