命の眠る、宝の山 10
アドルフ様にも同じように水の膜を張り、汚れないようにする。そうして対処したとはいえ、汚れた土砂の中に足を踏み入れるのは少し抵抗があるだろうに、アドルフ様は気にした様子もなく、スタスタと私たちのところに来てくれた。
「中に宝物があるかもしれないので、壊さないように調整してください。少し深いところにあるようなのですが、掘り起こしていただけますか?」
「わかった。これくらいだろうか?」
色々聞きたいことはあるだろうに、アドルフ様はなんの疑問も口にすることなく、私に従ってくれた。意味のあることなんだろうと、わかってくれているのかな。
アドルフ様はゆっくり、力を調整して土砂を掘り起こしてくれた。そして土や石の中に混ざっている、片手に乗るくらいの黄土色の塊を見つけた。そしてその塊を、そっと拾い上げる。
「ありがとうございました。クラリス、どう?」
その塊を見て、クラリスはこくんと頷いた。
「間違いなさそうね。ではこれを、私の魔法で……」
まずは水魔法を展開させる。傷付けないよう、緩めの水圧で、泥や砂を洗い流す。
そして次は、風魔法。風は家事仕事でもよく使うから、魔力操作もかなり自信がある。
柔らかく熱に弱いという性質を持っているから、こちらも傷付けないよう、細かく、強すぎず、でも綺麗に削れるように。
「……! これは……!」
「わぁ……。はねがみえてきた!」
風魔法によって研磨されていく塊、いや、琥珀。少しずつ、その美しさがわかるようになってきた。
「すごい、こんな綺麗な状態で虫が閉じ込められた琥珀、初めて見た」
研磨しながら、素晴らしい保存状態に目を奪われる。羽の細部まで保存された小さな虫は、まるで石の中で眠っているかのようにそのままの姿を保っていた。
「中の虫も驚きだが……。なんて美しい、蜂蜜色だ」
透明感のある黄褐色。日本人はこれを、琥珀色と表現していた。
「琥珀……アンバーといいます。ちなみに村の名前であるコーパルも、琥珀の別名なんです。偶然かもしれませんが、縁を感じてしまいますね」
厳密に言えば少し違うのだが、ここでそれを解説する必要はないだろう。未来への希望が見えた時に、変な水を差さなくてもいい。
いつの間にか近くに来ていた村の男性を見る。呆然としながら、私の手の中の琥珀を見つめている。
「琥珀は地層に眠っていますが、崖崩れや土砂崩れによって発見されることがままあるんです。村の名前と、大昔に森だったという話を聞いて、もしかしてと思って。その、たまたまそれが当たっただけなんですけど」
クラリスが琥珀に眠る虫の反応を感じ取ったという話は伏せておく。光魔法が使えるとか、そんな説明をしなくてはいけなくなるから。
「この宝石?は、コハクというのですか? これは、いったい……」
未だに信じられないといった表情の男性に、簡単に琥珀の説明をする。
琥珀とは、大昔の樹木が分泌した樹脂が、地中で長い年月をかけて固まったものだ。だから樹液のような黄褐色をしている。樹液のみが固まったものもあるが、虫などの生き物や植物を閉じ込めて固まるものもある。それゆえ前世では貴重な宝石である一方で、古代のタイムカプセルとして、この上ない歴史資料ともされてきた。
「もちろん宝石としても美しいので、新種の宝石として、高値がつく可能性がありますね。ですが、それだけではなく、大昔の生物についても知ることができるので、そういった研究者の方からの需要も高いでしょう。あとは、そういう志向……マニアの人もいらっしゃるかと思いますので、あらゆる方面からの人気が高まるのではないでしょうか?」
男性の手の上に、研磨したばかりの琥珀をそっと乗せる。太陽の光を浴びて、琥珀がきらりと輝いた。
「琥珀は時を越えて存在する石です。長寿、それから命を繋ぐという意味を持ちます。贈り物としても、とても喜ばれそうですよね」
男性はぎゅっと琥珀を握り締めた。そして、肩を震わせて涙を流した。
「この村は、大丈夫ですよ。この土砂は、村を滅ぼすものではありません。災害に負けず、自分たちの村を守ろうと力を合わせてきたあなたたちを救う、宝の山とも言えるかもしれませんね。きっとここには、たくさんの小さな命が眠っていることでしょう。どうか、ひとつひとつ丁寧に扱って、大昔を生きた命を取り出してあげてください」
はい、と震える声で男性が返事をしてくれた。泥で汚れた靴も服も、気にすることなく。
ただ、琥珀を両手で抱き締めながら、この場に眠る琥珀たちを大切に採掘しますと、約束してくれたのだった。




