命の眠る、宝の山 4
* * *
「失礼いたします」
「オリバーか、ご苦労だった。ずいぶん遅くまでかかったようだが、ミレーヌは?」
二時間後、オリバーは先ほどのことを報告しにアドルフの執務室へとやってきた。
そしてなにも知らずに書類仕事を進めていた主に、じっとなにか言いたげな視線を向けた。
「ミレーヌは、少々時間がかかってしまったため、一度昼食をとるのに休憩に行きました。それはともかく……公爵様、あの子は何者ですか?」
普段とは違うオリバーの硬い声に、アドルフは顔を上げた。
「……隣国ラングレー王国の、おそらく下位の貴族だろうと聞いているが?」
これはなにかあったようだなと、アドルフはペンを置きオリバーに向き直った。
「恐れながら私の所見を申しますと……ただの十六歳の娘ではありません。まだまだ拙いところもありますが、王宮で文官として勤めていたとしても、もしくは領主代理をしていたとしても、おかしくありません」
先を促したアドルフに、オリバーは先ほどの商人とミレーヌのやり取り、いや、交渉の様子を伝えていった。
「侍女仕事をしている時とも、クラリスといる時とも表情が違いました。あれは、交渉の席に立った経験がある者の立ち居振る舞いです。あの商人、腕は確かですが、なかなかの曲者であると聞いております。そのような経験豊富な商人を相手に、怯むことなく意見を述べ、提案し、〝交渉〟をしていました」
オリバーは報告の際、事実しか言わない。自身の主観や推測は入れず、所見や感想はきちんと宣言してから伝えるようにしている。
そんなオリバーの報告は、アドルフにとっても驚きの内容だった。
「あの商人、はじめはミレーヌのことを、こほん、公爵様の愛人かなにかだと思ったようでしたが……。ミレーヌはそれをしっかり見抜き、釘を差していました。それから商人の目の色が変わり、仕事相手として見るようになり、その後は商品開発について大変盛り上がっておりました」
「……たしかに、そのように邪推していたな。くだらなさすぎて、切り捨てたが。それはさておき、ミレーヌには驚かされてばかりだな」
二時間もなにを話しているのかと思っていたアドルフだったが、オリバーからの報告を聞き、頬が緩んだ。
「大方、世話になっている私の役に立ちたいと思っているのだろう。侍女仕事、いや、秘書官的な仕事も担ってくれているが、それだけでも十分だというのに」
この半年で、アドルフはミレーヌの人となりを、多少は理解したつもりだ。人間的にとても善良でお人好し。世話好きで、じっとしてはいられない。そして、誰かのために働くことが好きで、人に喜んでもらえることで自分も喜びを感じるタイプの人間。
「……現地調査、か。私も同行できるよう、手配を頼む」
「かしこまりました」
再びペンを手に取るアドルフに、オリバーは一礼して執務室の扉を開いた。そして廊下に出て扉を閉めると、ふうっとひとつ息を吐く。
「〝くだらなさすぎて、切り捨てた〟ですか……。その割には、ミレーヌが否定した際に表情を曇らせていたように見えましたがね」
恋だの愛だのを知らない自分の主とっては、その理由に気付くことはなかなかに難しいことなのかもしれないと思い、オリバーは再びため息をつくのだった
* * *
「わぁぁぁぁ! ハンバーグだぁ!」
「ふふ、アドルフ様もだけれど、クラリスも大好きなのよね、ハンバーグ」
「そうだったのか。大きくなれるよう、たくさん食べるといい」
その夜、宣言通りハンバーグを作った私は、アドルフ様とクラリスの三人で机を囲んでいた。
実は初めて三人で庭園を散歩したりお茶を飲んだりして過ごした日以来、こうして一緒に私が作った夕食をいただくことがある。
何度か食事を作らせていただいた後、再びクラリスと三人でのお茶会をしていた時のことだった。
『私も、おねぇちゃんのつくったおりょうり、たべたいなぁ……』
ぽつりとそう零したのだ。それなら休みの日に使用人棟の厨房を借りて作ってあげようと、そう提案したのだが。
『ふむ。それなら、時折一緒に食べるか? クラリスも姉と一緒の時間が増えた方が、寂しくないだろう』
アドルフ様がそんなことを言い出した。休みの日にこうしてお茶をするくらいならともかく、本館でご主人様と一緒に食事をとるわけには!と遠慮したのだが……。
『食堂ではなく、別室で食べればいいだろう。私がクラリスとミレーヌと、三人で食事をしてみたいと思ったのだ』
アドルフ様が真顔でそんなことを言うので、クラリスも大喜びでやったー!と飛び跳ねた。そんな状況で断ることもできず……。
こうして月に二、三回ほど、夕食を一緒にするようになったのだ。
「おいしいぃぃぃぃ! おねぇちゃんのハンバーグ、わたしだいすき!」
「ありがとう、クラリス。ふふ、ほっぺにソースがついてるわよ?」
ナプキンを使ってクラリスの頬についてソースを拭ってやる。口いっぱいに含んで美味しそうに食べてくれるクラリスを見ていると、それだけで癒やされる。
「クラリス、添えつけのニンジンとブロッコリーも食べてね」
「はぁい! ニンジンも、あまくておいしいー!」
「お砂糖をちょっとだけまぶしてバターで焼いたの。サラダもちゃんと食べて、えらいわね」
笑顔でクラリスに答えながら自分の分も食べていると、アドルフ様がこちらをじっと見ていることに気付いた。
あ、まさか。
「アドルフ様も、お野菜きちんと食べていらっしゃいますね! ピーマンはまだ苦手のようですが、ずいぶん食べられるようになってきて、すごいです!」
「…………君の中でいったい私はいくつに認定されているんだ?」
ジト目で見られてしまった。ひょっとして褒めてもらいたいのかな?と思ったけど、違ったみたい。




