命の眠る、宝の山 3
でも、こうやって誰かのお仕事の役に立てるのは嬉しい。もちろん侍女としての仕事やアドルフ様の手伝いも、とてもやりがいがある。けれど、こうして新しいことが広がっていくのは、すごくわくわくする。
それに、流行しますぞ!ってことは、うまくやれば領地の特産品になる可能性も……。セルヴェ公爵領は宝石が採れる地として有名だし、アドルフ様がしっかり治めていらっしゃるから、もう十分潤ってはいると思うけれど。……でも、もうちょっと提案してみてもいいかしら?
「あと、実は他にも色々アイディアがあったりするのですが……」
「話を聞きましょう。公爵様、お嬢様をお借りしてもよろしいでしょうか?」
商人さんの目の色が変わった。しかもいつの間にかお嬢さんからお嬢様に変わってるし。面白い方だなぁとくすくす笑う。
「……ミレーヌがいいのなら、好きにしろ。騙そうとしたり、余計なことを考えたりはするなよ」
ぎらりとアドルフ様が睨みをきかせる。商人さんがぴよっと飛び跳ねて震えている。こういうところは流石というか……。
しかし商人さんがちょっとかわいそうな気がするので、まあまあと間に入る。
「すみません。ではアドルフ様、少しお時間いただきます。終わりましたら、またお仕事の手伝いにまいりますので、先にお戻りください。あ、その後はちゃんと夕食も作りますからね! 今日はアドルフ様の好きな、ハンバーグにする予定です。デザートはなにがよろしいですか?」
「……では、さっぱりとしたシャーベットを」
「わかりました! それではまた後ほど執務室で」
ぺこりとお礼をして商人さんの方に向き直る。すると商人さんは、ふぅむと何事か考え込むように顎に手をあてていた。
「……おふたりは、恋人同士ですかな?」
「違う」
私のうしろから、すっぱりとアドルフ様が否定した。
そりゃそうだ、一介の侍女と公爵様がそうなるわけがないのに、おかしなことを言う商人さんね。
「ただの雇用主と従業員の関係です。私なんかとだなんて、そんなわけないじゃないですか。アドルフ様は優しい方なので、こうして多少馴れ馴れしくても許していただけておりますが。さあさあ、そんなことより、本題に入りましょう?」
そう笑い飛ばしたのだが、商人さんは私のうしろに視線を送り、なんとも言えない微妙な顔をした。いったいどうしたのだろうかと首を傾げれば、大きなため息が後方から聞こえてきた。
「……では、私は執務室に戻る。商人、ミレーヌを頼んだ。オリバー、おまえはついてやっていてくれ」
「かしこまりました」
それまで部屋の隅で控えていたオリバーさんが返事をした。
執務室へと向かうアドルフ様を見送り、私たちはソファに座り直す。すると、商人さんがじっと私を見つめた。
「……これは商人としてではなく、純粋な興味でお聞きするのですが、あの気難しい公爵様を、どうやって篭絡させたのですか?」
「ろ、篭絡? いえ、そんな大層なものでは……。たぶん、意外と役に立つ奴だなーと思って、良くしてくださっているだけだと思いますよ?」
大仰な単語が出てきてぎょっとする。別に、多少親しくなった相手に対するものとして、普通の言動だと思うのだけれど。アドルフ様、そんな風に思われてしまうくらい、今まで周囲に厳しかったのかしら。
ふと商人さんの目を見る。アドルフ様がいなくなったから? 雰囲気が少し変わった。
緊張が解けたから? ううん、たぶんそうじゃなくて……。
「少しわかりにくい方かもしれませんが、周りのことをよく考えていらっしゃいますし、気遣ってもくださいます。商人さんも、これから一緒にお仕事されていくとわかると思います。そのためにも、誠実なお仕事をお願いいたしますね」
きっと、これは〝侮り〟。まあアドルフ様と同列に見ろとはさすがに言わないが、軽視されて「はいそうですか」とはならない。
見くびるなよという気持ちを込めてにっこりと微笑めば、商人さんは目を見開いた。そしてははっと笑った。
「いや、これは参りました。まさか、そんな風に忠告されるとは。わかりました、お嬢様と公爵様の信頼に応えられますよう、頂いたアイディアはきっちりと形にしてみせます。そして、おっしゃいましたように、誠実な仕事をお約束いたしましょう」
姿勢を正した商人さんの表情が変わった。商売人としての顔であり、〝仕事相手〟として私を見ている顔だ。
こんなことを、前世でも何度か経験したことがある。外部の企業の方と打ち合わせやプレゼンを行った時、若い女性だという理由で侮られることは少なくなかった。「最近の若者は……」とか、「これだからZ世代は……」なんて、そんな風に括られることも多かった。
でも私は、〝ひとりの私〟として見てもらいたかった。私は私の能力や、頑張りや、中身を見て、それから評価してもらいたかった。だから、そういう目で判断する人たちに負けないよう、何倍も努力した。
そうしてこちらの真剣な姿勢と仕事を見せれば、相手の表情も変わった。
この商人さん本人に、その意識があったかどうかはわからないけれど、誤解とはいえ、私のことを少なからず〝公爵様のお気に入りの女〟という目で見ていた。
でも、私はそんな存在ではない。先ほども思ったが、私は公爵としてのアドルフ様を陰ながら支える、一介の侍女。ただ、信頼してもらえるような仕事をしているつもりだし、少しでもお役に立ちたいと思っている。
目の前の人は、根っからの商人と聞いている。商人とは、理があると思えば、年齢も性別もなく、きちんと〝その人〟を見て判断する人間だと思うから。
「ありがとうございます、これで安心してお話することができます。ここからはれっきとした交渉、お仕事の話ですので、色眼鏡で私を見ないでくださいね?」
「……はは、どうぞ、お手柔らかに」
馬鹿になんて、されてたまるものか。
転生して忘れかけていた、社会人としてのプライドが蘇ってきて、私は姿勢を正すのだった。




