命の眠る、宝の山 2
「君に、なにか褒美をやりたいと思うのだが」
「はい? 急になんですか?」
その日の午後。いつものように執務室で書類作成の手伝いをしていて、そろそろ一旦休憩しようかという時に、アドルフ様がそんなことを言い出した。
今朝のサンドイッチの余りと眠気覚ましのコーヒーを用意しながら、私は驚きの声を上げた。
「いや、これだけ色々な仕事をこなしている上に、屋敷の改革までやってしまったからな。方々から、君への称賛の声が相次いでいる。そのサンドイッチも、他の使用人の分も作ったんだろう? オリバーが美味しかったですねと言ってきたぞ」
オリバーさんにも喜んでもらえたのならよかった。
そう、せっかく作るのだからと、余裕がある時は他の使用人の分も味見程度の量だが作っている。ほんのひと切れふた切れ、本当に味見分くらいだけれど。
「君が来てから半年、使用人たちが生き生きと働いていると報告を受けている。ちなみにそのおかげで使用人たちの仕事がよくまわり、私も仕事に余裕が出て休憩を取れることが多くなった。それに君は、仕事も素晴らしいが、気遣いも完璧だな。君にできないことはないのかと感嘆する者もいるそうだぞ」
「そんな大袈裟な……。私は思ったことをちょっとアドバイスしてみただけですし、このサンドイッチだって、ジャムやクリーム、フルーツが余ったから、作ってみただけです。あ、でもアドルフ様が休める時間が増えたのはいいことですね!」
あははと笑い飛ばしたが、アドルフ様はなぜか呆れ顔だ。そうは言うが、私にだって苦手なことくらいある。
「まあとにかく、そんな君に特別ボーナスをやってはどうかと、オリバーからの提案があってな。なにか欲しいものはないか?」
そういうことならと、考えてみる。
欲しいもの、欲しいもの……。うーん……。
「……そのように悩まなくてもいいのだが。どんなに大層なものを望むつもりだ」
あ、そっちに取られてしまったのね。あれにしようかな〜これにしようかな〜でもやっぱり〜的な?
「いえ、そうではなくて。思いつかないんです、欲しいもの」
「……は?」
なにを言っているんだという顔をされてしまった。やっぱり、そういう感じになっちゃいますよね。
「昔から、あまり物欲とかないんです。特別にあれが欲しいとかこれが欲しいとか、思ったことがなくて。特にプレゼントとかだと、本当に思いつかないんです」
そう説明しながら、苦笑いをする。これは遠慮ではなく事実で、前世からそうだった。
自分で欲しいものは買ってしまうし、高額なものを欲しいと思ったこともない。ましてプレゼントだからと言われてしまうと、なにを言えばいいのかわからない。
私にとって大切なことは、好きな人たちと一緒に過ごすこと。
何気ないおしゃべりをして、笑って、穏やかな時間を共有したい。
自分を大切にして、好きな人たちのことを大切にしたい。
それが、私の望むこと。
「……気持ちはわかった。しかし、君に感謝したいという私たちの気持ちもわかってほしい。なにもいらないと、そう簡単に言われてしまうと、少し寂しい」
眉を下げるアドルフ様に、申し訳ない気持ちになった。たしかに、自分の気持ちだけじゃなくて、相手の気持ちも汲まないといけないよね。
う〜〜〜んと悩む。悩んで悩んで、あっと思いついた。
「では、ひとつ加工していただきたい物があるのですが」
「加工?」
「はい、これくらいの石です。ネックレスにでもできるといいなと思っているのですが」
親指と人差し指でOKの形を作る。それを見てアドルフ様は、それくらいお安い御用だと快諾してくれたのだった。
それから、二週間後。
「わあっ! とっても素敵です!」
「お気に召していただけてよかったです」
アドルフ様が発注してくださった商人さんが、できあがったネックレスを持ってきてくれた。シンプルだけれど、前世で思い入れのある四つ葉のクローバーのデザインのものを、特別に作ってもらったのだ。
「だが、なぜふたつあるんだ? 少し長さが違うようだが……」
「うふふ、後からわかりますよ」
不思議そうなアドルフ様にそう伝えると、首を傾げられたがそれ以上は聞いてこなかった。
「いやぁ、しかしお嬢さんの考えたデザインはとてもかわいらしくて驚きました! もしよろしければ、同じデザインの物を作ってうちの商会で販売してもよろしいですかな?」
「え? ええ、別に構いま……」
「きちんと契約書を交わしてからだぞ」
構いませんよと言おうとしたのを、アドルフ様に遮られた。
「わ、わかっておりますとも公爵様。当然でございますよ」
あせあせと商人がアドルフ様に答える。これは、あわよくば……と思っていた感じね。
この世界にも様々なデザインのネックレスは存在しているが、なにかをモチーフにしているアクセサリーはほとんどないらしい。
〝らしい〟というのは、子爵家では、アクセサリーを見たことも着けたこともほとんどないから。平民が着けるものはもっとシンプルなものだし、全然気付かなかった。
だから、こんなデザインにしてほしいと紙に書いて商人さんに見せた時は、ものすごくびっくりされたのだ。
「幸運の象徴でもある四つ葉のクローバーの葉には、それぞれ希望、幸福、愛情、健康の意味があるそうです。恋人や家族など、大切な人への贈り物に喜ばれると思いますよ」
少しでも商売の参考になればと、前世の知識を口にすると、商人さんは目を輝かせた。
「それは素晴らしい! ちょっとメモさせて下さい! ええと、希望と、幸福と、愛情、健康……と。いやぁ、いい宣伝文句になりそうです、ありがとうございますお嬢さん! これは公爵領で、いえ、いつか国中で流行しますぞ!」
ほくほく顔の商人さんに、アドルフ様も呆れ顔だ。




