命の眠る、宝の山 1
アドルフ様に初めて朝食を作ってから三か月。私は、毎日のように厨房に立って、アドルフ様の食事を作るようになった。
でも、朝食を作ることはあまりない。なぜなら、アドルフ様がスッキリと起きてきたのはあの日だけだったから。次の日はもう、いつもの低血圧です感満載の寝起きだった。あの日はいったいなんだったんだろうって感じ。
となると、その相手をするのは私だ。色々やっているとけっこう時間がかかってしまうので、朝食は料理人さんたちにお願いすることが多い。
でもアドルフ様がゆっくり起きる時は、私も時間に余裕があるので、簡単だが朝食のお手伝いすることもある。今日もここに来る前に、少しだけ厨房に寄ってきた。
「アドルフ様、朝ですよー。今日は手作りのジャムサンドと、フルーツサンドがありますよ〜」
「なに!? 今日は君が作ったのか!? ……うっ」
アドルフ様ががばりと起き上がった。急に起きてめまいがしたのか、くらりと体勢が崩れた。
「急に起き上がると、危ないですよ。はい、ちょっとうしろに寄りかかって、目を瞑っていて下さい。蒸しタオル、目のところに置きますね」
今日は温かいタオルを用意した。昨夜は遅くまで書類の確認をされていたと聞いたので、目が疲れているだろうと思ったのだ。
「気持ちいい……」
「それはよかったです。頭がはっきりしてきたら、ゆっくりベッドから降りて下さいね」
アドルフ様が蒸しタオルで癒やされている間に、手際よくお茶の準備をしていく。
「あ、目が覚めました? タオル、いただきますね。洗顔が終わったら、今日はハーブティーを用意しましたので、ゆっくり飲んでください」
「ああ、ありがとう。……今日は、ラベンダーか」
正解!と笑う。洗顔用のぬるま湯には、先ほどラベンダーの香油を入れておいた。
洗顔を終えてふうっと息をついたアドルフ様の前に、ティーカップをそっと置く。相変わらず寝起きは悪いが、最初の頃よりずいぶんマシになった気がする。
「……なんだ、人の顔をジロジロ見て」
「あ、失礼いたしました。 いえ、ずいぶんと寝起きが穏やかになったなと思いまして」
正直にそう答えると、アドルフ様はきまりが悪そうにそっぽを向いた。
「ふん、悪かったな」
「ふふ、寝起きは仕方ありませんよね。でも、今はアドルフ様も気をつけていらっしゃるんだなとわかるので、私も嬉しいです」
返事はなかったが、耳がちょっぴり赤いところを見ると、図星なのだろうなと思う。
私がこちらに来たばかりの頃よりも、言葉が柔らかくなったと思うのだ。覚醒が遅く、不機嫌な表情になってしまうところはなかなか直せないのだと思うが、言葉は明らかに変わった。
うるさいとかやめろとかは言わなくなったし、強い口調もなくなった。なにより、ありがとうとお礼を言ってくれるようになったのだ。
そしてそれは、私相手に限ったことではない。他の使用人たちに対しても、今までひとりでなんでもやっていたことを任せるようになったり、ご苦労様と声をかけたり。
そんなアドルフ様の変化に、ノノカたち侍女も驚き半分、喜び半分といった様子だった。
でも、嬉しいと思うのは当然だろう。トップや上司から気にかけてもらえているということは、働く人たちにとってはすごくありがたいことだから。
うんうんと満足そうに頷いていると、アドルフ様がおずおずと口を開いた。
「……君が、最初に言っていたからな。誰が相手でも、敬意を払ったり、思い遣るのは大切だと」
予想外のことを言われ、目をぱちくりとする。それってたしか、シャルにアドルフ様を紹介してもらった時の……。
思わずふふっと笑みが零れてしまい、アドルフ様がムッとした表情をした。
「すみません。まさか、覚えてくださっていたなんて、思いもしなかったので。でも、嬉しいです。ありがとうございます」
「……別に、たまたまだ」
にこにこと笑顔でお礼を言うと、アドルフ様はぶっきらぼうに答えた。
なんだか、ちょっと心を許してくれた大型犬みたい。ドーベルマンとか、そういう強そうでかっこよくて、なかなか懐かなさそうなやつ。
アドルフ様とドーベルマン、すっごく似合いそう……!
どうでもいいことを考えていると、アドルフ様がジト目でこちらを見ていることに気付いた。
「あ、こほん、失礼しました。ええと、もう朝食を召し上がりますか? もう準備はできていると思います」
「ああ、行こうか」
こうした何気ないやり取りをする時も、空気が変わったと思う。変わったというか、元々優しい人なんだろうけど。ちょっと不器用で、気持ちを伝えるのが苦手なだけで。
「君の作ったサンドイッチは絶品だからな。多めに用意してくれたか?」
「はい、ちゃんとお昼休憩用も作ってありますよ」
そんな、なんでもない話をしながら、食堂へと向かうのだった。




