お礼のティータイム 8
「私の顔になにかついていますか? それとも、髪でも乱れていますか?」
「いや……」
そう言い淀んだアドルフ様だったが、少し考えてから再び口を開いた。
「君は、料理が得意だったのか?」
「え? あ、はい、まあ。実家でも作っていたと、以前もお伝えしていたかとは思いますが」
でも、と思い直す。あの頃はただ、〝作っていた〟というだけ。
大好きな家族に美味しいと思ってもらいたくて作っていたわけではなかった。自分が美味しいものを食べたかっただけだったし、ただの仕事、義務のように思っていた。
だから、この質問の答えと以前の話とは、似て非なるもの。
「……得意というか、大切な人のために料理やお菓子を作るのは、好きですね。美味しいって喜んでもらえるのが嬉しくて、また作りたくなってしまうくらいには。ですから、シャル……いえ、王太子殿下へとアドルフ様に託したドーナツも、昨日のクッキーも、作るのがとても楽しかったです」
前世でみんなが喜んでくれたことを思い出して、またあんな風に料理ができることが嬉しかった。
「そうか。たしかに昨日のクッキーはとても美味しかった。殿下に渡した、どーなつ?とやらも、初めて食べる菓子だったが、美味しくて驚いた」
あ、シャルと一緒に食べてくれたんだ。きっとそうだろうなとは思っていたけれど、こうしてシャルと一緒に食べたよ、美味しかったよと言われるとなんだか嬉しいな。
「驚いたと同時に、複雑な気持ちにもなった。三か月同じ屋敷にいて、一度も君は私のために腕を振るってはくれなかったから。殿下のためには作るのに、なぜだろうと」
意外過ぎることを言われて、ぽかんとする。一瞬なにを言われたのか、わからなかった。それくらいに、突然のこと。
「だから、君が昨日クラリスと共にクッキーを作ると聞いて、食べてみたいと思ったんだ。戸惑わせてしまって悪かったな。だが、思っていた以上に美味しかったし、穏やかな時間を過ごすことができて、誘ってみてよかったと思っている。殿下から、料理も得意らしいと聞いた。だから、菓子だけでなく、料理も食べてみたい。もし、君がよければだが」
そう話してくれるアドルフ様の表情も、とても穏やかで。胸がとくんと音を立てた。
こんなことを聞いてもいいだろうか。迷うけれど、でも、聞きたいし、言いたい。
「アドルフ様――」
おずおずと控えめに口を開く。その間も、アドルフ様は真っ直ぐに私を見ていた。
「もしかして、もしかしてなのですが」
今なら、素直に答えてくれるだろうか? そう思って、私もアドルフ様と視線を合わせた。
「アドルフ様は、意外と食いしん坊なのですか?」
「……は?」
意を決して聞いてみたのだが、返ってきたのは気の抜けたような声だった。あれ、ちがった? と慌てて補足する。
「いえ、私などの手作りが食べてみたいなんて、変わっているなぁと思いまして。プロの料理人たちが作る料理の方が、絶対に美味しいと思うのですけれど。シャル……王太子殿下と食べたドーナツがお気に召しました? それで、料理も得意と聞いて、興味を持ったんですか?」
話している間に、アドルフ様が無表情に近付いていく。あれ? それ、いったいどういう顔?
「ええと、あ、たしかに私が作る料理は少しばかり珍しいので、それをどこかで聞いて興味を持たれたのでしょうか?」
「……」
まずい、どんどん空気が冷えていく気がする。アドルフ様はもう完全に無表情なのでなにも読めないが、いい空気でないことだけはわかる。
「え、ええっと……」
「もういい」
はあっとため息をつくアドルフ様になにを言われるのだろうかと、少し臆する。
「ああ、君の言う通り、料理が得意でしかも少々変わったものを作ると聞いたのでな。……別に、食い意地が張っているわけではないから、そこは誤解しないように」
そ、そうなの?
アドルフ様の眉間に皺が寄っているのに気付いて、そろそろとその表情を窺う。もう無表情ではないけれど、呆れたような、諦めたような、とにかく微妙な顔をしている。
「別に、怒っているわけではないから、そんな顔をするな」
たじろぐ私を気遣ったのだろう、アドルフ様が少し困ったように笑った。
「ただ、君がよければ作ってみてほしいと言ってみただけだ。そう深い意味でとらなくてもいい。作ってみてもいいかと思った時でいい。頼む」
「あ、わかり、ました」
柔らかい口調にほっとしてそう答える。うん、アドルフ様に料理を作ることは別に嫌じゃない。むしろ――。
「では、今から朝食を作らせていただいてもよろしいですか? アドルフ様の許可さえいただけたら、厨房の料理人たちも場所を貸してくださると思うので。少々簡単なものにはなってしまいますが」
閃いたと、ぱん!と両手を打って提案する。すると、アドルフ様は目を見開いた。
「あ、ああ。君がいいなら、よろしく頼む」
「ありがとうございます! では少しお時間いただきますね」
アドルフ様がさっと起きてくださったので、今日は少し時間に余裕がある。簡単な朝食ぐらいなら、用意できそう。
他の侍女にコーヒーと新聞をお願いして、アドルフ様の部屋を出る。なにを作ろうかと、久しぶりにわくわくしながら厨房へと足を進めていく。
毎日を生きるために作る食事は、お菓子作りとはまたちょっと違う気分だ。栄養たっぷりで体にいいものをとか、今日はなにを食べたい気分かなとか、たくさん食べてほしいとか、食べてもらう人のことを思って食事のメニューを考えるのは、前世ぶり。
「しっかりめの朝食か……。波琉が部活の大会の日によく食べたいって言ってくれた、あれにしようかな? ふふ、アドルフ様も美味しいって言ってくれるかしら?」
そうしてその日作った特製サンドイッチとスープの朝食を、アドルフ様は驚きながらもどれも美味いと言って食べてくれ、ちょっと作りすぎたかな?と思うような量をぺろりと平らげてくれたのだった――。




