お礼のティータイム 7
翌朝。仕事服に着替えて本館に向かう途中、ノノカに肩を叩かれた。
「おはよう! で? どうだった?」
「わ、びっくりした。おはよう、ノノカ。どうだったって、なにが?」
普通よりも強めの力で叩かれ、驚いてしまった。どうだったって言われても、なんのことかわからない。
こてんと首を傾げると、ノノカが眉を顰めた。
「またそうやって、とぼけちゃって……。昨日の、公爵様とのデートよ!」
「デート? デートなんてしてないけど」
なにを言っているのかと訝しむ私に、ノノカははぁ?とさらに眉間の皺を深くした。
「デートでしょうがよ! 庭園を散歩して、花が綺麗だねって会話して、それからお茶とお菓子を一緒に食べて。これのどこがデートじゃないっていうのよ!」
聞いているとたしかにデートっぽい内容ではあるが、根本的なところが間違えている。
デートとは、お互いにいいなぁと思っている、もしくは好き合っている男女がふたりで行うものだ。私とアドルフ様は好き合っているわけではないし、クラリスもいたからふたりでもない。
「いやいや……。たしかに一般的なデートはそうかもだけどさ。でも、昨日お茶とクッキーを給仕に行った侍女が言ってたよ? まるで仲の良い家族みたいで素敵だったって!」
「家族? それって……」
まさか、アドルフ様と私が夫婦で、クラリスが娘ってこと?
「いやいやいやいや。ないないないない」
「そんなけろっとした顔で全否定しなくても!」
だって、絶対にありえないし。
期待していたノノカには悪いけれど、昨日はたまたま誘われて、クラリスが直接お礼を言う機会に恵まれたっていうだけだ。
「まあ、また時間が合えば一緒に過ごそうとは言ってくれたけれど」
「え!? なにそれ、詳しく!」
まずい、つい口に出てしまったが、ノノカの好奇心に刺さってしまったようだ。
「あ、急がないと遅刻しちゃう。ノノカごめん、アドルフ様を起こしに行かなきゃだから、またね!」
「あっ! 逃げたなー!」
ずるーい!と叫ぶノノカを振り切り、早足でアドルフ様の自室へと向かう。
余計なことを言っちゃった。なんでも素直に答えると、都合の良いように解釈されて盛り上がってしまうみたいね。
これから気を付けようと決意し、アドルフ様の部屋の前で少し乱れた呼吸を整える。
うん、頼まれていた時間ぴったり。昨日はあの後もゆっくり休めたかしら?
「失礼いたします」
軽くノックをして扉を開く。この三か月、ノックに気付いてもらえたことはない。
さて今日は目覚めるまでに如何ほど時間が……と思いながら、おはようございますと声をかけ、ベッドの方へと足を進めると、初めて見る光景に私は目を見開いた。
「ああ、おはよう」
「……え?」
返ってきたことのない声が返ってきた。
「昨日しっかり休めたからだろうか、夜もよく眠れた。それに、君のノックできちんと目が覚めたよ」
ベッドの上には、見たことのない寝起きの美青年。
「お、おはよう、ございま、す?」
「……なぜ疑問形なんだ。まあいい、今日は寝起きがいいから、朝食もしっかり食べられそうだ。身支度を頼む」
そう言ってベッドから出てガウンをするりと脱ぐアドルフ様は、どこからどう見ても普段とは別人だった。
学校に行くのが面倒でなかなか起きない、平日の男子学生みたいなアドルフ様は、いったいどこにいってしまったのか。
「……? 顔が赤いぞ? やはり昨日風邪をひいてしまったのか?」
「あ、いえっ! ちょっとノノカ……いえ、別の侍女に呼び止められ、話をしていて遅れそうだったので、早足で来たんです。それで、少し暑くなっただけです」
慌てて口にした理由だったが、アドルフ様はそうかと納得したようだった。噓ではないものね、そう、噓じゃない。
それにしてもこの三カ月、寝起きのアドルフ様には何十回もお会いしているのに……! な、なんだろう。今までがおかしかっただけで、これが普通の寝起きのはずなのに、なんか変!
「ミレーヌ、服を……」
「ちょ、裸のまま近付かないでください!」
反射的にそう言ってしまうと、アドルフ様がものすごく変な顔をした。
しまった、今さらなにをと思うよね。
「あ、いえ、すみません。その、やはり公爵様ですので、頭が冴えている朝くらいは、自室とはいえきちんとしてはどうかと……」
そろりと視線を逸らす。はやく服を着てほしい。
「だから着替えようとしているのだろう。なにを言っているんだ君は」
正論過ぎてぐうの音もでない。本当になにを言ってるんだ私は。
アドルフ様を直視しないよう、意識しながら服を差し出す。
「こほん、失礼しました。……いえ、さすがにそろそろご自分でお着換えなさってはいかがかと思いまして。ほら、ボタンひとつ自分で止められないというのも、どうかと思いますし」
「……できるぞ」
「え? で、できるんですか?」
思わず顔を上げ聞き返してしまった。すると、馬鹿にするなよという表情のアドルフ様と目が合う。
「当たり前だろう。朝は目覚めが悪いからな。倦怠感がすごくて自分でなにもやりたくないし、覚醒してなくて視界も悪いから着替えが億劫なだけで」
そ、そうだったのか……!
「今日のように目覚めがよければ自分で着替えるさ。だから服をと言っているのに、君がおかしなことを言うから」
「た、大変失礼いたしました……」
アドルフ様が、訳がわからんと言いながら服を着た。ふぅ、これで落ち着いて話せそうだ。
「では、いつものようにコーヒーと新聞をお持ちしますね。朝食は普段よりもしっかりめでお願いしておきます」
「……ああ」
そう返事をすると、アドルフ様はじっと私を見つめてきた。




