お礼のティータイム 5
「お待たせしました、アドルフ様」
「ああ、来たか」
クッキー作りを終えた私たちは、身支度を整えて庭園の東屋へと向かった。するとそこには、普段よりもラフな装いのアドルフ様が読書をして本当に待ってくれていた。
「クラリス、ご挨拶しましょうね」
「うん! こうしゃくさま、ごぶさたしております。こうしゃくさまのおかげで、まいにちたのしくくらしています。ありがとうございます」
ここに来る前に練習した通り、クラリスは上手に挨拶とお礼を言うことができた。久しぶりに会うアドルフ様に、特別緊張している様子はない。
「ああ。久しぶりだな。元気に暮らしているようで、なによりだ」
クラリスの挨拶に、アドルフ様が普段よりも優しいトーンでそう返してくれた。無表情にも見えるが、どことなくいつもより目元が柔らかいような気もする。
「まだ小さいのに、とても行儀がいいな。姉君の教育がいいのだろうか?」
そう言うと、アドルフ様が私の方をちらりと見た。どう返事したらよいものかと思った瞬間、クラリスがはい!と声を上げた。
「おねぇちゃんは、いろんなことをおしえてくれます。かんしゃのきもちをわすれないとか、ひとがこまることはしないとか、だれかによろこんでもらえるようなことをしなさいとか、あとすききらいしないとか!」
素直に答えるクラリスに、私は慌てる。公爵閣下相手に、そんなベラベラと! しかもなんか、こうやって聞くと内容がオカンぽい……!
予想外の言葉だったのだろう、アドルフ様もぽかんと呆気に取られている。しかしその数秒後、くすりと笑みを零した。
「大事なことを教えてもらえているな。姉君の言うことをきちんと聞いていれば、素敵なレディになれるだろう」
あ、それって……。
「はい! シャルともやくそくしたので、がんばってます!」
そう、公爵家にやって来る前、シャルと別れ際にした、〝素敵なレディになる〟という約束。
たしかその話をしていたのは、馬車に乗り込む前だったはず。アドルフ様も近くで聞いていたのかしら。
「私も王太子殿下に、君たちをよろしく頼むと言われ、約束したからな。楽しく暮らせているのなら、よかった」
なんと、アドルフ様がふわりと微笑んだ。こんな優しい表情、初めて見た。
「えへへ、ありがとうございます。きょうはいっしょに、おさんぽとティータイムができるってきいて、とてもたのしみです!」
「そうか、私も楽しみに待っていた。さあ、では早速行こうか。クラリスの好きな花が見つかるといいのだが」
……意外、というと失礼かもしれないけれど、アドルフ様ってば、子ども好きなのかしら? 外ではどうか知らないけれど、使用人たちに対してはわりとそっけないというか事務的というか、そうそう笑顔を見せるような人じゃない。
あ、でも〝冷徹公爵〟なんて言われているって話だから、誰にでもそんな感じっぽい、よね。……私の前で見せる、子どもっぽいところ(主に野菜嫌いとか)やワガママは別として。
「わたし、おはなだいすきです! ありがとうございます、こうしゃくさま」
「それはよかった」
そんなやり取りをするふたりとともに、東屋から出る。
「おねぇちゃん、みて! ピンクのおはな、かわいいね!」
「本当ね。クラリスの髪の色にそっくりで、かわいいわ」
「クラリスはピンクの花が好きなのか? 向こうにも、ちょうど見頃な違う種類のピンクの花があるぞ」
穏やかな会話、そしてクラリスの歩幅に合わせるような、ゆったりとした歩く速さ。微妙な空気になるかもなんて、とんでもない。アドルフ様がとても素敵にエスコートしてくれている。
その後もアドルフ様は、ちょうど見頃な花のところを案内してくれて、クラリスも私もとても楽しめた。
時折花の名前も教えてくれて、クラリスはずっと目を輝かせていた。
「アドルフ様が庭園のお花に詳しくて、驚きました。お花、お好きなのですか?」
東屋に戻る道すがら、アドルフ様に聞いてみた。軽い気持ちで聞いたのだが、アドルフ様はぐっと言葉に詰まってしまった。
どうしたのだろうと首を傾げると、少し頬を染めたアドルフ様がちらりと私の方を見た。そして小さく息を吐くと、観念したように口を開いた。
「……その、ノノカという侍女に聞いたんだ」
「ノノカに?」
思いもよらない人物の名前が出てきて驚く。あ、でもそういえば、午後休みに入る前にアドルフ様のことをぽろりと話してしまったんだった。
「庭園を散歩するのならば、見頃の花がどこにあるのか知っておいた方がよいと。それと、もうひとり一緒にいた侍女が花の名前を教えてくれた。『事前準備は必要です!』とかなんとか……」
事前準備? そんな大袈裟な。
けれどアドルフ様なりに、私たちを楽しませてあげようと思ってくれたのかもしれないわね。
でもそれを素直に言ってしまうあたり、アドルフ様って意外と純粋なのかしら? 自分の手柄にしないのは、シャルリエ子爵家の人間たちとは違うわね。
「なぁんだ! こうしゃくさま、ものしりー!っておもってたけど、そっか、ノノカおねぇちゃんにおしえてもらったんだ」
こちらも素直なクラリスが、思いのままにそんな発言をする。きゃはは!と無邪気に笑っているけれど、失礼、じゃないかしら?
そろりとアドルフ様の表情を窺うと、怒ってはいないようだが、やはり少し恥ずかしそうだ。
「でも、おしえてもらうのって、わるいことじゃないもんね! おねぇちゃんもいってた。『ひとには、とくいなことと、にがてなことがあるんだ』って。にがてなことはおしえてもらったり、たすけてもらえばいい。そのかわり、とくいなことでひとをたすけてあげるんだよって」
ねー?とクラリスが私に同意を求めてきた。そのあまりにも的を射ている発言に、少し驚きつつも嬉しい気持ちで応える。
「そうね。クラリス、よく覚えていてえらいわ」
頭を撫でてあげると、クラリスはくすぐったそうに笑った。
「でも、アドルフ様はすごいですね。恥ずかしくても噓を言ったりせず、本当のことをお話ししてくださるんですから」
私がそう言うと、自分のことを褒められるとは思ってもみなかったという様子で、アドルフ様がびっくりした顔をした。
「大人になると、人の話を素直に聞けるのも、できないことをできないって認めることも、そう簡単なことではないと思うので」
子どもの頃はたいてい素直に聞けたり、「できないもん!」と言って泣いたりしていたのに、いったいいつからそれが難しくなるのだろう。成長するということは、ままならないことも増えていくものだ。
それにしても、ちょっと前までは公爵様に信用してもらえてない~って悩んでいたのに、ノノカったら、いつの間に自主的にそんな助言をするようになったのかしら。
使用人棟で一緒にランチをしながらぼやいていた姿を思い出し、くすっと笑みが零れた。
「……なぜそこで笑う」
「あ、すみません。ノノカのことで、ちょっと思い出し笑いを。……きっと、アドルフ様が話を聞いてくれて、こうして実践してくださったことを、とても喜んでいると思います」
アドルフ様に話しかけるのは、ノノカもきっと勇気がいったことだろう。内容はともかく、ね。
「ふん」
そっけない返事をしてそっぽを向いてしまったが、未だにアドルフ様の頬はほんのり赤い。照れ隠しかな?と、こっそり笑う。
そうして東屋に着いた私たちは、三人で向かい合ってテーブルについた。




