お礼のティータイム 4
アドルフ様が公爵家に戻ってきて三日が経った。のだが、なんだかアドルフの様子がおかしい。
「……あの、私の顔になにかついてます?」
今日もいつものように執務室で書類仕事の手伝いをしているのだが、時折アドルフ様から視線を感じる。今日だけじゃない、昨日も一昨日もそうだった。
何度か「なにかご用ですか?」と聞いてみたのだが、なんでもないと返されてしまうので、気付かないふりをしていた。しかし、さすがにうっとお……ごほん、気になる。
「……いや、なにもついていない。気にするな」
いやいや、気にするなと言われても、三日もこんな感じだとさすがになにか言ってほしいんですけど。
あ、でも王宮に呼び出されて数日滞在し、帰ってきてからも休む間もなく仕事されているから、疲れが溜まっているのかもしれないわね。
「少しお休みになられてはいかがですか? 午後からは私もお休みをいただいておりますし、アドルフ様もたまにはゆっくり過ごされては? ほら、好きなことをするとか、読書やお茶を楽しんでのんびりするとか」
「休み? 好きなこと……」
休息の提案をしてみたのだが、なぜか深く考え込まれてしまった。
ぱっと思いつく好きなことがないのかしら? ……まあ前世の私も家族ラブすぎて、送迎の合間のカフェくらいしか趣味といえるものはなかったけれど。
「……では、午後からは休息日としよう。君はなにをする予定なんだ?」
「え? 私ですか? ええと、クラリスと使用人棟の庭を散歩したり、一緒にクッキーでも作って、お茶を飲んだりしてのんびりしようと思っていますが」
私の休日の過ごし方を参考にしたかったのかしら? アドルフ様の参考になるような答えじゃなくて申し訳ないけれど。
「では、私もそこに混ぜてくれ」
「え、はい?」
「それから散歩は本館の庭園でしよう。季節の花が咲いているはずだから、君や妹も楽しめるはずだ」
「は、はいぃ?」
「ああ、クッキー作りは遠慮させてもらう。本を読んで待っているから、作り終えたら庭園の東屋に来てくれ。散歩の後はそこに戻って茶をすればいい」
私の戸惑いなど歯牙にもかけず、アドルフ様は次々と予定を立てていく。それに遠慮しますとはさすがに言えず、わかりましたと頷くことしかできなかった。
「ほ、本当にこんなクッキーでいいのかしら……?」
「おはなのかたち、かわいいー! みてみておねぇちゃん、じょうずにつくれたよ!」
予定通り午後休をもらった私は、使用人棟で昼食をとった後、厨房を借りてクラリスとクッキーを作っていた。クラリスが喜びそうな、様々な形の型抜きを用意して。
つまり、幼児が喜びそうな花や星やクマさんの形のものだ。これを畏れ多くも公爵閣下に……?
アドルフ様がクマさん型のクッキーを食べているところを想像する。う、うーん、ちょっと違和感あるかな?
それに庭園を散歩って、私とクラリスと三人で? アドルフ様、花に興味ってあるのかしら? ……そうじゃなかったら、すごく微妙な空気になる気がする。
「どうしたの、おねぇちゃん? えへへ、こうしゃくさま、おいしいっていってくれるかな?」
困惑している私とは違い、クラリスはただただ嬉しそうだ。それもそのはず、クラリスはようやく自分の口でアドルフ様にお礼が言えると、喜んでいるのだ。
この屋敷にやってきた初日、私たち姉妹を気遣った部屋や服を用意してくれて、いつか会う機会があったらきちんとお礼を言いましょうねと話をしていた。本館で働いている私はともかく、ずっと使用人棟にいるクラリスがそうそうアドルフ様に会えることなどなく……。三か月が経ち、ようやくその機会に恵まれたというわけだ。
「ここでたのしくくらせるのは、こうしゃくさまのおかげでしょ? おへやも、おようふくも、いろいろぜんぶありがとうございますって、おれいしたいんだ」
「か、かわいいぃぃぃ!」
満面の笑みでそんなことを言うクラリスがかわいすぎて、つい変な声が出てしまった。
「そ、そうね! きちんとお礼を言うのは大切なことだものね! 美味しくできるといいわね!」
ええい、もうどうにでもなれ! そんな気持ちになってきた。あれこれ考えても仕方がないもの。
しかし、そんな私とは対照的に、クラリスは真剣な顔でクッキーを作りながら口を開いた。
「うん! おいしいものたべると、つかれもとれるしね。こうしゃくさま、きょうはおやすみのひにしたんでしょう? おいしいおちゃとクッキーで、ゆっくりしてほしいなぁ」
「あ……」
クラリスの素直な言葉が、私の心にスッと入ってきた。
いつも忙しいアドルフ様に、ゆっくりしてほしい。日頃のお礼も込めて、美味しいクッキーを作ってあげたい。
そんな、温かいもてなしをしたいというクラリスの優しい気持ちがなによりも大事なのだと、気付いた。
もうあれこれ考えずに、クラリスの純粋な気持ちに任せよう。クマさんが似合うとか似合わないとか、この際どうでもいいことだわ。
私だってアドルフ様には本当にお世話になっている。一緒に休みを過ごしてみたいというのも気まぐれなんだろうけど、それならそれで、普段の感謝の気持ちを込めて準備する方が、何倍も素敵な時間になる。
「……そうね、本当にそう。クラリスはすごいね、そんなことが考えられるなんて」
「えへへ、おしえてくれたのは、おねぇちゃんだよ? 〝かんしゃのきもちをわすれない〟って」
「あ……」
その時、前世のお母さんの言葉を思い出した。
『美怜、いつも弟たちのこと、ありがとう。美怜も助けてくれる人への感謝の気持ち、忘れないでね。そうやって、優しさは繋がっていくものだから』
のんびり屋だけど、芯の強さもあって、優しくて大好きだったお母さん。
忘れていないつもりだったのにな。
「……そっか、そうだね。私がいつも言ってることだったね」
「そうだよ! あのね、ここでおてつだいするようになって、みんないろいろおしえてくれて、たすけてくれるの。それでね、うれしくなって、ありがとうっていうと、えがおがかえってくるの。そうするとね、もっとうれしくなるんだ!」
出会った時の、目に光のなかったクラリス。あの時とは、全然ちがう。よく笑って、よくおしゃべりしてくれて、毎日とっても楽しそうだ。
「うん、そうだよね。私たちがこんなに毎日楽しいのは、アドルフ様がここに連れてきてくれたおかげだもの。今日は、たくさんありがとうって言いたいね」
「うん! だからね、おいしくなりますよーに!って、たくさんおいのりしてつくるよ。こうしゃくさまが、げんきになりますよーに!って」
なんて素敵なことを言うんだろう。本当に、クラリスは天使なんじゃないだろうか。
「お姉ちゃんも負けないよ? どっちが美味しいクッキーを作れるか、競争ね!」
「やだー! おねぇちゃん、おとなだからじょうずだもん! ずるーい!」
きゃははは!と笑うクラリスと一緒に、私は先ほどとは違う、前向きな気持ちでクッキー作りを再開したのだった。




