お礼のティータイム 3
そんなアドルフのため息が聞こえなかったはずがないのに、シャルルは綺麗に無視をした。
「特別な効果がなくとも、この菓子は十分美味い。マメに手紙を寄こしてくれることといい、きちんと土産の手作り菓子を用意してくれることといい、ミレーヌは殊勝だな」
以前ミレーヌたちが王宮を去ることになった時、ふたりは世話になったお礼にとシャルルにクッキーを渡していた。そのクッキーを気に入っていたシャルルは、また機会があれば手作りのお菓子を食べさせてほしいと手紙に書いていたのだ。
「あの娘、社交辞令だとは思わなかったんですね」
「……おまえ、そういうところだぞ。あのな、ミレーヌは友人だ。俺は友人相手に社交辞令など言わないし、向こうも本心だと思ってくれているのだろう。だからこうして作っておまえに持たせてくれた。違うか?」
「……」
考え込むアドルフに、シャルルは呆れた顔をした。
〝冷徹公爵〟の名に相応しく、冷静沈着で合理的、文武両道でとても優秀でありながら、感情をあまり表に出さない冷たさを持ち合わせているアドルフは、どこか人間味に欠けると言われることも多い。
「まあいい。とにかくミレーヌは友人として俺に親しみを持ってくれているんだ。損得勘定とか、そんなことは考えていないのだろう。働きぶりを見ていて、そうは思わないか?」
シャルルにそう言われ、アドルフは普段のミレーヌの姿を思い浮かべる。まるで手のかかる兄や弟かのように自分に接してきたり、長年勤めてきたベテラン侍女のようにテキパキと仕事をこなしたり。
そんなミレーヌに、下心や打算が見えるかと言われれば、まったくそんなことはなかった。
「……たしかに、あの娘に対して、嫌な感情を持ったことはありませんね」
むしろアドルフは、その仕事ぶりに感心していたし、スーザンの時とはまた違う心地よさも感じていた。
「不思議なことに、屋敷中の皆が彼女と妹に好意的な感情を持っている。魔法で魅了されたとか、そういう意味ではなく。それはおそらく、彼女たちの人柄ゆえなのでしょう」
ミレーヌは、髪や瞳の色のせいもあってか、見た目だけなら物静かで近寄り難い美少女に見える。しかし前世の美怜の意識が強いため、口を開けばあっという間に大家族のお姉さんキャラになる。
また、たったひとりの妹・クラリスをとてもかわいがっている。本当の姉妹ではないと知る者はいないが、そんなことを疑う余地などないくらいにかわいがっていて、なんて仲の良い姉妹だろうと温かい眼差しで見られている。
バリバリと仕事をこなし、年上からの相談にも乗り、冷徹と噂される屋敷の主人と同等にやり合う一方で、妹を猫かわいがりしたり、休日にあどけない表情を見せたりもする。
そんなギャップに心惹かれ、使用人たちの中には仄かな恋心を抱く者すらいる。……当の本人はまったく気が付いていないけれど。
そしてクラリスはといえば、まず見た目が愛らしい。ふわふわの桃色の髪、澄んだ空色の瞳、その上まだ四歳という幼さでありながら、姉思いで健気で謙虚ときた。
「歳の離れた美人姉妹。それでいて互いに思い遣っていて、謙虚で健気で仕事熱心。そりゃあ、字面だけ見ても好印象しか持たないな」
「間違ってはおりませんが……。少々、言い方がよくない気が……」
眉間に皺を寄せているところを見ると、ずいぶんふたりを気に入ったようだなとシャルルは思った。ふたりを粗末に扱われると不快に思うくらいには、打ち解けたようだなと安心したのだ。
「そうだな、言い方が悪かったのは認める、すまなかった。だが、他の使用人たちから好意的に思われているのは、よいことではないか。話を聞く限り、俺の予想以上にミレーヌの働きぶりは素晴らしいのだろう? おまえもミレーヌを認めているようだし、この先も長く勤めてもらえそうじゃないか」
ミレーヌを紹介した張本人であるシャルルは、感謝しろよと茶化すようにアドルフに言った。しかし、アドルフの反応は、シャルルが思っていたものとは違っていた。
「どうした、なんだその顔は」
訝し気にシャルルが首を傾げる。それもそのはず、アドルフは先ほどよりも一層眉間の皺を深くして、不機嫌さを露にしていた。
「……そのうち出て行くつもりだと言われました」
「はぁ?」
「ですから、まとまったお金ができたら出て行くと」
「なぜ? ……まさかとは思うが、あの温厚なミレーヌが去りたいと思うほどに辛くあたったりとか」
「そんなわけがないでしょう!」
我慢できずに大声を上げたアドルフに、シャルルはきょとんとした顔をした。
「あ、し、失礼しました。……彼女は、いつまでも世話になるわけにいかないからと言っていました。自立しなければと。所作や容姿から見るに、それなりの身分の者であると思っているのですが、あの年でそんなことを考えるなんて、いったいどんな生活を送ってきたのでしょうか」
声を荒げたことに焦って謝罪したアドルフだったが、次第にまた顔が険しくなっていく。
「姉妹ともに問題なく上手くやれているのだから、このまま雇われていようと思わないのかと、不思議でなりません。別になにもせず贅沢三昧しているわけでもないのだから、甘えればいいのにと」
「ふむ」
黙って話を聞いていたシャルルが相槌を打つと、それに気付いたアドルフははっとした。
「申し訳ありません、くだらないことを」
「いや? かまわないさ」
はあっとため息をつくアドルフからは、いつもの冷静沈着さは見られない。そのことがなんとなく嬉しいような面白いような、そんな気持ちでシャルルはアドルフを見つめた。
「本当に、予想以上だよミレーヌ」
「……? なにかおっしゃいましたか?」
なんでもないと答えるシャルルは、アドルフに気付かれないようにこっそりと笑みを浮かべるのであった。
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