お礼のティータイム 2
* * *
その数時間前、昼間に王宮に到着していたアドルフは、夕方にようやくシャルルと談話室で面会することができた。
「待たせてすまないな。急用で外に出ていたんだ」
「いえ、王太子殿下は多忙の身でありますから」
よく知る間柄のふたりは、マナーともいえる堅苦しい挨拶などはせず、気安く会話をしながらソファに座った。
「さて、それで? なにか報告したいことがあるんだろう? ――たとえば、ミレーヌとクラリスのこととか、な?」
にんまりとしたシャルルの微笑みに、アドルフは眉間に皺をよせた。しかし、図星だったのか言い返しても仕方ないと思ったのか、ため息をつくにとどめられた。
「……殿下に、お土産だそうです。あの娘が作ったもののようで」
「なに⁉ 早く包みを開けろ!」
お土産という言葉を聞いて、シャルルは目を輝かせた。こういう表情は普通の十二歳の少年とそう変わらないなと、アドルフは思う。
わくわく顔のシャルルが解いた包みの中を覗くと、そこには円形の穴の開いた、茶色い菓子らしきものが入っていた。
「……なんだこれは」
「たしか、〝どーなつ〟と呼んでいたかと。甘い菓子だと言っていました」
見た目の地味な菓子に、シャルルは少しだけむうっとした顔をした。その様子を見るに、もっと派手な菓子を用意したのだと思ったらしい。
「殿下、見た目で判断するのはよくありませんよ」
「わ、わかっている。ミレーヌの作ったものだ、美味しいに違いない。初めて見る菓子だったから、少し驚いただけだ!」
アドルフが諭すように伝えると、シャルルははっとしてそう言い返した。
こういう返し方も、年相応と言える。宿題もせずにだらけているのを注意され、「今やろうと思ったところだ!」という小中学生定番の台詞である。
だが、普段大人びた言動の多いシャルルがこうした姿を見せるのは、かなり珍しい。限られたほんの数人の前だけだということを、アドルフも知っている。
「では、侍女にお茶を淹れてもらいましょう。甘みのある菓子と聞きましたので、スッキリとした、甘さ控えめのものを頼みましょうか」
「ああ」
こっそりとシャルルの表情を覗き見るアドルフは、なんだかんだで嬉しそうだなと苦笑した。
「……美味い」
どうやって食べるのが正解なのかわからない形状の菓子を、シャルルはフォークでひと口サイズにして口に運んだ。
しっとりとした食感。ほのかな甘み。一日働いて疲れた夜に、優しい味のドーナツが身に沁みていく。
「彼女は菓子作りも得意だったのですね。驚きました」
アドルフもひと口食べて感嘆した。
「なんだ、公爵家では料理をしていないのか? 菓子だけでなく、料理もある程度できると手紙で聞いたぞ」
「ええ。……実家では毎日のように作っていたとは聞いていましたが。大したものは作っていないと言われ、特に本人から希望もなかったので」
淡々と説明するアドルフに、シャルルはふむとひとつ頷いた。
「では、他になにか希望する仕事を与えたのか? 俺がミレーヌを侍女にと勧めた時には難色を示していたおまえが、今は当然のようにミレーヌを受け入れた顔をしているじゃないか。いったいこの三カ月で、どんな心境の変化があったんだ?」
にやにやと興味深々な様子でアドルフを覗き込むシャルルに、アドルフは再びはあっとため息をついた。
「まあ、たしかに。殿下のいう通り、あの娘はなかなかに優秀な人材でした」
人にとっては渋々言ったように見えたかもしれない。しかし、アドルフはそんなことを社交辞令で言ったりはしない人間だ。それはシャルルもよくわかっている。
「ほう? では今度こそ、ミレーヌとクラリスについて、よぉく話を聞かせてもらおうじゃないか?」
王子殿下ならではの圧を浴び、アドルフは仕方ないなと口を開いたのだった。
「ふぅん。なかなか興味深いな。突然おまえに代替わりすることになって、公爵家の内部が揺らいでいたように見えていたが、ここにきて少しずつ変わろうとしていると聞いている。まさかその原因がミレーヌだとは、さすがに思わなかったがな。だがまぁ、話を聞いて納得したよ」
ここ三カ月でガラリと変わった公爵家の内情について、渋々アドルフが説明すると、顔を明るくさせシャルルが満足そうに笑った。
「やはりな。俺の目に狂いはなかったということだな」
うんうんと頷ずき、シャルルはみっつめとなる土産のドーナツに手を伸ばした。
「……殿下、食事前にあまり菓子を食べすぎるのは、」
「あーわかってるわかってる! わかっているから、説教はいらんぞ」
またはじまった、そんな表情のシャルルに、アドルフは小さくため息をついた。




