職場改革いたします! 4
「ほう、なかなか興味深いですね」
「そう思いますか?」
もやもやした気持ちをひとりで抱えることができなかった私は、次の日の休憩時間に一緒になったオリバーさんに相談してみることにした。
前公爵様の時は上手く回っていたこの体制だが、アドルフ様にはそうではないのではないかと。
「たしかにアドルフ様は、あまりご自身の意見を使用人たちにおっしゃいませんからね。わかりにくい方ですので、気持ちを汲んで動ける者が少なく、どうしたものかと私も思っていたのですよ」
そう言ってくれたオリバーさんに、私は前世で働いていた会社の組織の在り方について、この世界でも取り入れられそうなところを伝えてみた。すると、意外にもオリバーさんは興味を示してくれたのだ。
「現場の声を重視し、声を上げやすい空気を作る。それが浸透すると、若い使用人たちも〝自分ごと〟としてとらえるようになるということですな?」
「そ、そうです!」
すごい、私の拙い説明でそこまで理解してくれるなんて……!
「些細な困りごととか気付きって、意外と放置してしまいがちなんですよね。〝これまでもそうしてきたんだから、仕方ない〟って思っちゃって。でも、困っているのは自分たちなんだから、自分たちで考えればいいと思うんです」
自分が言い出さなくても、誰かが考えてくれるだろう。
提案したところで、前例がないからって却下されるだけだ。
トップダウンにありがちな、現場の人間の考え。でも、それじゃあ新しいものは生み出されない。
「アドルフ様って、ひとりひとりの人を尊重してくださる方だと思うんです。正直、私もちょっと失礼かも?って思うような言動を取ってしまうことがあるのですが、無闇に怒ったりしません。理由があることだと伝えれば、納得されたことは受け入れてくださるので」
この十日間あまり、専属侍女としてあれこれ口出しをしてきた自覚はある。けれど、一度として頭から否定されたことはない。
……ピーマンについては例外だけど。
「それなら、指示を待つんじゃなくて、自分たちで考えたことを提案して、実行していいかの判断を仰ぐってやり方も、いいのではないかと思いました。みなさん、この屋敷で働くことは嫌いじゃないと思うんです。そこに、やりがいもプラスされたら、もっと働くのが楽しくなるんじゃないかって」
働くということは、ただお金を稼ぐだけじゃない。自分自身を成長させることでもある。
……もちろん、そんな余裕なんてない事情がある場合もあるけれど。世の中には、綺麗ごとだけでは生きていけない人もいるって、わかってる。それに。
シャルリエ子爵家で暮らしていた時の自分。そして、路地裏で出会った時のクラリスの姿を思い出す。
けれど、もう今はあの時とは違う。
縁あって一緒に働くことになった人たちと、仕事を楽しんで、一緒に成長して、お互いに高め合える。そんな職場づくりができたら。
「わかりました。私から、アドルフ様に提案してみます」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
にこりと微笑むオリバーさんに向かって、勢いよく頭を下げ、お願いする。
それから、オリバーさんから話を聞いたアドルフ様は、とりあえずやってみろと許可を出してくださり、少しずつ使用人たちの仕事に取り入れることになったのだった。
公爵家でお世話になるようになって二カ月。屋敷の空気にも、使用人たちの表情にも、少しずつ変化が見られるようになった。
「今までなにも考えずにやってきたけど……実は、ちょっと効率悪いなぁって思ってたんだよな。例えばだけど、こんな風にやるのはどうだ?」
「さっき気付いたんだけどさ、入ったばかりの子や配置換えできたばかりの子は、膨大な量の消耗品を片付ける場所がわかりにくくないかしら? 絵に描いて貼っておくといいかもしれないわね。あと、在庫数の管理もした方がいいかも」
こんな会話が、使用人たちの間で飛び交うようになった。
ノノカに言わせると、「仕事のことで、他の使用人と話し合う機会が増えた」のだそうだ。今まで怖そうって思っていた先輩が、実はこんなことを考えていたんだと知るきっかけになったとか、今まであまり発言しなかった子が、実は発想豊かだったりだとか、色んな発見があったらしい。
「なんかね、こんなこと思うのって変かもしれないけど、最近仕事が楽しいんだ。前もね、雑談とかどうでもいい話で盛り上がることはあったけど、仕事のことで話し合うのってちょっと違うよね。自分の意見が採用されると、すっごく嬉しいんだ〜」
嬉しそうなノノカの表情は、やりがいを感じている時のそれだった。そんな姿を見ると、私まで嬉しくなる。
「うん、そうだよね。でも、自分が自分が! ばっかりもダメだよ? 人には人の、色んな考えがあるからね。主張も大事、だけど人の意見を聞くのももっと大事。否定されたら悲しいのは、みんな一緒だもの。言い方、伝え方も考えないとね」
「はぁぃ、わかりました、ミレーヌ先輩!」
ぴしっ!と敬礼するノノカに、苦笑いする。
「先輩はノノカでしょう? もう、からかわないでよね」
「だって、本当に頼りになるんだもん。みんな言ってるよ、最近のお屋敷の空気が明るいのは、ミレーヌのおかげだって。たしかにここで働き始めたのは私が先だけど、経験って意味では足元にも及ばないよ。だから、ミレーヌ大先輩なの!」
えへへーと笑うノノカ。それが本心だってわかるから、こちらも笑顔を返すことにした。
「でも、みんなもすごいよ。普通は今までとまったく違うことをしろって言われたら、戸惑うものだもの。意見を言うだけじゃなくて、解決策まで考えて話し合えるのは、なかなかできないことだと思う」
不満や上手くいかないことの愚痴を言うだけなら、誰にでもできる。〝こうしたらいいんじゃないか?〟までできるのが、大切なことだと思うんだよね。
「私は提案しただけ。相談に乗ることも、一緒に考えることもあるけど、実行するのはみんなだから。やっぱり、みんながすごいんだと思うよ」
「またそうやって謙遜して。まあね、そういうミレーヌだから、みんな話を聞いてほしいって思っちゃうんだけどさ。あ、まずい、休憩終わりだ。じゃあねミレーヌ、また夕食の時に!」
バタバタとノノカが仕事に戻っていく。どこか楽しそうに。
賑やかだなぁと微笑ましい気持ちで手を振り、それを見送ると、入れ違いでオリバーさんが休憩室に入ってきた。
おつかれさまですとお互いに挨拶を返すと、夕食の後、少しお時間いいですか?とオリバーさんが尋ねてきた。なんだろうと思いながらも、わかりましたと頷く。
「ぜひクラリスさんも一緒に。いやいや、成長著しい年頃ですねぇ」
にこにこと笑っているところをみると、悪い話ではなさそうだ。
ふと時計を見ると、なかなかいい時間になっていた。
「あ、すみません、そろそろ休憩が終わるので」
「ええ、どうぞ。では、夕食が終りましたら、私の部屋まで来てください」
そうしてオリバーさんとは別れ、私は仕事へと戻ったのだった。




