職場改革いたします! 1
公爵様の専属侍女の仕事を始めてから、早いもので十日が経った。
「アドルフ様、朝ですよ」
私の一日の仕事は、まず公爵様、改めアドルフ様を起こすところから始まる。――しかし、これが一筋縄ではいかない。
「おーい、朝ですよー」
「……」
「アドルフ様、あ・さ!」
「……」
「あ、今日の朝食はピーマンたっぷりピーマン炒めにしようかなー」
「……絶対にやめろ」
耳元で呼びかけても、体を揺すっても起きないアドルフ様が、ものすごく嫌そうな顔でむくりと体を起こした。どんだけピーマン嫌いなんだ。
「おはようございます、今日はとてもいいお天気ですよ」
レースのカーテンを開けて、窓も開く。爽やかな風と柔らかな日差しが部屋に入ってきて、とても気持ちがいい。
「……爽やかな朝に、ピーマンは似つかわしくない。別のメニューを考えろ」
「わかりました。というか、晴れでも雨でも、曇りやなんなら嵐の日でもピーマンは嫌がるじゃないですか」
当然だと言いながら、アドルフ様がベッドから降りる。そのままガウンを脱いで、すぐ側のソファに腰を下ろしたのを見て、私は銀製の水差しから陶器の洗面器へと、魔法で温めておいたぬるめのお湯を注いでいった。
この世界の貴族は、こうして洗面器の水を使って洗顔する。人によって好みはあるが、アドルフ様はこれくらいの温度がお好みのようだ。
「……今日はミントの香りがする」
「正解です。昨夜は遅くまで夜会に参加して、お酒もたくさん召し上がって帰られたそうですね。スッキリしたい時は、やっぱりミントですよね」
「なるほど、たしかに爽やかな香りがいいな」
どうやらミントの香りがついたぬるま湯は、お気に召していただけたようだ。
洗顔を終えたアドルフ様に用意しておいたタオルを手渡すと、アドルフ様はふぅっと息を吐いてタオルに顔をうずめた。
「……蒸しタオルか」
くぐもった声に、はいと答える。
「そのまま一、二分温めるとよいかと。その後冷たいタオルで冷やすと、もっとむくみが取れてスッキリしますよ。もしよろしければ、ご用意しましょうか?」
「ああ、頼む」
ソファの背にもたれかかり、上を向いて蒸しタオルを顔にあて、リラックスしているアドルフ様の返事に、にっこりと笑う。
魔法で水差しの水を今度は冷たくし、その冷水で新しいタオルを濡らす。
「そろそろよろしいかと。冷たいタオルは、ほんの数秒でいいですよ」
「ああ」
短い返事だが、素直にアドルフ様は私の言う通りにしてくれる。ほどよく温まった後に冷やすと、さっぱりするのよね。
「……これはいいな」
「でしょう? さあ、目が覚めたところで、お着替えをしましょう」
てきぱきと今日の洋服を用意し、洗面器と水差しを片付け、ひとりで上手く着れないというアドルフ様の衣服と髪型を整える。うん、今日もいい出来だ。というか、イケメンはなにを着てもイケメンなのである。
「では先に行って、朝食の準備をしてまいりますね。コーヒーと今朝の新聞を用意しましたので、ゆっくりお過ごしください」
「ああ」
朝のお勤めを無事に終え、アドルフ様の部屋を出る。ふう、今日も通常運転で仕方のない人だった。
ここまでの流れで、なんとなくお気づきの方もいるだろう。アドルフ様はわりと自分のことがなにもできない。
え……?と思うかもしれないが、嘘のような本当の話である。
寝起きが非常に悪く、好き嫌い(主に野菜)が多く、着替えではボタンもろくに止められない。これはもう、中高生男子、いや、三歳児だと思って接するのが一番だなと開き直ったのは、つい一週間前のことだ。
「本当にピーマン炒めにしたい気持ちは封印して……。そうね、二日酔いならさっぱりと食べられるものがいいでしょうね」
今日の朝食は、フルーツ中心にしようかな。
二日酔いに効くものといえば、ウコンが代表的だろうか。しかし、そんなものはこの世界で見たことがない。
続いて有名なのは、しじみの味噌汁かな。あとはお粥なんかも聞いたことがある。けれど、そのどれもがこの世界で耳にした事がない。まあ仕方ないよね、ヨーロッパ風の世界だし、出汁だの味噌だのお米だのは、少なくともこの近隣の国にはないようだ。
となると、食べやすいのは野菜やフルーツ。しかしうちのご主人様は野菜にはうるさい。……悪い意味で。そうなるとフルーツが無難よね。
「あとは、パンとかスクランブルエッグとか、軽くつまめるものかな。料理長に言えば、すぐに用意してもらえそう」
メニューが決まったところで厨房に着いたので、料理長にあれこれとお願いしておく。飲み物を用意し、食堂の準備を整えたところで、アドルフ様が現れた。
「改めまして、おはようございます。すぐにお料理をお運びします」
「ああ」
まだなんとなく気だるげだが、二日酔いで頭がガンガンというわけではなさそうだ。蒸しタオルのおかげか、顔のむくみもないし顔色も悪くなく、足取りもしっかりしている。これなら朝食もそれなりに食べてもらえそうね。
「お待たせいたしました」
料理を並べ終えると、アドルフ様は机に並んだ料理をざっと見渡した。ふん、と鼻を鳴らすと、フォークを手に取った。
よしよし、食べる気になったわね。
先ほども言ったが、アドルフ様はなかなか食事の好みがうるさい。うるさいというか、偏食というか、気分によって食べたり食べなかったりと、めんど……こほん、気分屋さんだったりする。
だから料理人たちは、日によってアドルフ様がなにを食べたいのかわからず、まるで賭けのように料理を作っている。せめてこれが食べたいとか、今日はあっさりしたものがいいとか、なにか言ってくれればいいんだけどね。一切そんな発言がない。




