新しい雇い主はイケメン公爵様⁉ 5
王宮を出発して、丸二日。私たちは公爵領に入り、領地の中心地に立っている新しい職場、セルヴェ公爵邸に到着していた。
「こ、ここが公爵邸……」
「おっきーい! おうきゅうとおなじくらい、おっきいしキレイだね!」
思っていたよりもものすごく豪華なお屋敷に圧倒される。クラリスは目を輝かせてすごいすごいと言っているが、普通の貴族のお屋敷ってこんなに大きくて豪華なものなの?
貧乏弱小貴族令嬢だった自分には、よくわからない。正直、シャルリエ子爵家よりも倍以上大きい気がする。
「おかえりなさいませ、公爵様」
その上出迎えもものすごく豪華だ。整列した使用人たちの一番前で頭を深々と下げているのは、執事長かしら? 眼鏡をかけて白髪を綺麗に整えた、きっちりした印象の壮年の男性だ。
「ああ。先に手紙で伝えていた通り、スーザンの……ああ、いや。私専属の侍女を連れてきた」
あ、公爵様、言い直した。出発の前日、シャルに『代わりと言うのはよくない』と言われたことを気にしているのね。
「ミレーヌと申します。王太子殿下からのご紹介を受け、こちらで働く機会をいただきました。至らぬ点も多いと思いますが、よろしくご指導くださいませ」
執事長らしき方に深々と頭を下げて挨拶する。そして顔を上げ、今度は私の隣で緊張した面持ちでいるクラリスの紹介をする。
「こちらは妹のクラリスです。公爵様のご厚意により、ともにこちらでお世話になることとなりました。まだ幼いためさほど仕事はできませんが、皆様のお邪魔にならないよう、できそうなことから少しずつ教えていこうと思います」
「えと、クラリスです。よろしくおねがいします」
さすがに大人数の前で挨拶をするのは、ちょっと緊張するようだ。私の服の裾を摘まみながら、少し頬を染めているクラリスもかわいいけどね。
子連れということで反感を持つ人もいるかもしれないわねと、使用人たちの様子を窺う。いくら王太子殿下の紹介とはいえ、大歓迎!とはいかないだろう。
……そう、思ったのだが。使用人たちの表情を見ていると、ほぼほぼ全員がクラリスの様子にほんわかしている気がする。
「こほん」
そんな中、執事長らしき男性は冷静だったようで、皆を窘めるように咳払いをした。
「こんなかわいらしい方がふたりも来てくださるとは、屋敷が華やぎますね。私はこのセルヴェ公爵家で執事長の職に就いております、オリバーと申します。最初は慣れないでしょうが、少しずつ仕事を覚えてくださいね。これからよろしくお願いいたします」
予想通り執事長だったオリバーさんは、そう言って穏やかな笑みで迎えてくれた。
妹の分まできりきり働けよ!と言われても仕方ないと思っていたのだが、まったくそんな発言はなかった。それどころか、気遣いの言葉までいただいてしまった。
「あ、ええと、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ひょっとして公爵邸はホワイト企業なのかしら? 公爵様自体がとってもいい人だから、自然と使用人たちも心根のよい人だけが残ったのかな?
「挨拶は済んだな。オリバー、あとは任せたぞ」
そう言うと、公爵様はスタスタと屋敷の中に入っていってしまった。そして残された私たちは、オリバーさんに使用人棟へと案内してもらうことになった。
「わぁ……ひろーい!」
「本当……。あの、こんな素敵な部屋をいただいてしまって、よろしいのでしょうか?」
使用人棟に着いて、私たちの部屋だと言われた部屋の扉を開けると、そこは十畳ほどの、ふたりで過ごすには十分な広さがあった。ベッドや姿見、簡易机や寛ぐためのソファと小さな机も置いてあり、見習いの使用人が使うのには立派すぎるのでは?と思うくらい、色々と整っている。
クラリスも気に入ったようで、目を輝かせてきょろきょろしている。
正直、シャルリエ家の自室よりもいい部屋だ。私の部屋が異常だったのか、この部屋が使用人のものにしては豪華すぎなのか、いったいどちらなのだろうか。
「ほっほっ、公爵家で働く者は、誰もがこれくらいの部屋をいただいておりますよ。ですので、そう恐縮せずとも大丈夫です」
どうやら前者だったようだ。そんな気はちょっとしていたけれど。
「ですが、幼い妹さんがいらっしゃるとのことで、家具については年齢に合わせたものを用意するようにと、公爵様より事前に伺っておりました。気に入ってもらえたなら、なによりです」
「公爵様が、ですか?」
予想外の事実に、目を丸くする。改めて家具を見てみると、シンプルながらも、たしかに色合いやデザインが幼い子ども向けの、柔らかい雰囲気のものになっている。
「手触りも柔らかく、肌に優しいものにしてみました。それからおふたりに似合いそうな服もいくつかクローゼットに用意しました。容姿、髪や瞳の色も聞いておりましたので、それに合わせてやってくれとのご命令で」
にこにこと告げるオリバーさんの言葉に、胸が温かくなる。
到着してすぐは、「あとは任せた」なんて淡白な感じだったけれど、公爵様、そんな風に気遣ってくださっていたんだ……。
「ありがとうございます。オリバーさんもお忙しいのに、こんなに色々とご用意していただいて。私、このご恩に報いることができるよう、精一杯がんばらせていただきます!」
「わたしも、おてつだいがんばります!」
クラリスとふたり、意気込んで宣言する。そんな私たちの反応に満足したのか、オリバーさんはまたもやほっほっと笑った。
「期待していますよ。さあ、今日は疲れたでしょうから、荷物をほどいてこの部屋でゆっくりお休みください。後ほど食事もこちらに持ってこさせましょう。ちなみにこちらも公爵様のご配慮ですので、遠慮しないでくださいね。明日の朝、六時半に私がこちらに参りますので、クローゼットに入っている侍女服に着替えておいてください。公爵様のお目覚めとお支度から仕事が始まりますよ」
「わかりました。ご配慮、感謝します」
さらに細やかな配慮に驚きつつも、ありがたく甘えることにしよう。長時間の移動で、私もクラリスも疲れているのは間違いないもの。
後で食事を運んでくれる侍女に色々聞くと良いですよと言い残し、オリバーさんは部屋を出て行った。




