新しい雇い主はイケメン公爵様⁉ 4
翌日。私とクラリスは昨夕急いでまとめた荷物を、馬車に積んでいた。
といっても大した量はない。王宮に来て色々与えてもらった服や装飾品は、ほとんど丁重にお返ししたからだ。
元々持っていたものと、買ってもらった少しの衣服。それだけで十分である。
「準備ができたなら、そろそろ出発するぞ。さあ、乗れ」
荷物を積み終えたところで公爵様に声をかけられた。本来使用人が主人と同じ馬車に乗るなんてことはありえないのだが、今回は幼いクラリスが一緒とのことで、特別に同乗させてもらえることになったのだ。
「はい、ありがとうございます。それでは皆様、お世話になりました。シャル、色々とありがとう。元気でね」
「おせわになりました! シャル、またね」
見送りに来てくれたシャルとお付きの方、数名の侍女さんたちに向かって、クラリスとふたり、感謝の気持ちを込めて挨拶をする。少し寂しいけれど、手紙を送り合おうと約束したし、また会える日が来るといいな。
「ああ、ふたりとも元気でな。また会おう」
社交辞令じゃない、心から会いたいと思っている「またね」が、なんか嬉しいな。
「公爵、ふたりを頼んだぞ」
「はい」
名残惜しく思いながらも、まずクラリスを馬車に乗せる。そして私も……と馬車に足をかけたところで、シャルに耳を貸してと手招きされた。
「ミレーヌ、公爵のこと、頼んだよ?」
「え? あ、うん?」
とりあえずそう返事をしてしまったのだが、シャルは満足そうに頷いて離れてしまった。そしてひらひらと手を振られたので、そのまま馬車に乗り込む。
〝頼んだよ〟って……。私に言うの、間違ってない? でも、さっきは公爵様に私たちのことを頼んだってちゃんと言ってたし。どういうこと?
不思議に思いながらも、クラリスとともにシャルたちに手を振り返す。最後に乗り込んだ公爵様が席に座ると、ゆっくりと馬車が動き始めた。
「三人とも、元気でな!」
いつまでも見送ってくれているシャルの姿が見えなくなるまで、私たちは馬車の中から手を振り続けたのだった。
* * *
「行ってしまわれましたね」
「ああ。寂しくなるな」
ミレーヌたちを乗せた馬車の姿が見えなくなって、シャルたちはゆっくりと王宮の中へと戻った。
普段大人びた言動をとる主が、素直に〝寂しい〟という言葉を使ったことに、シャルの秘書官は少し驚く。いつもならば、そのような感情的なことを言わないからだ。
「まあ公爵ならば、ふたりを大切にしてくれるだろうから、安心して任せられる。その逆もそうだ。ミレーヌならば、あの公爵に付き合ってやれるはずだ」
これからどうなるか楽しみだと、シャルは笑う。珍しく心からの笑みを浮かべる主の姿に、秘書官も表情が和らぐ。
「手紙、書いてくださいますかね」
「ミレーヌのことだ、きちんと約束を守ってくれるだろう。それにクラリスも、がんばって字を覚えて書くからねって息巻いていたからな。楽しみに待とうじゃないか」
年相応の少年のように、友人からの便りを楽しみにする姿が微笑ましくて、秘書官は頷いた。そして、よい友人ができてよかったですねと返す。
「ああ、次に会える日が、待ち遠しいな」
執務室に戻り、シャルはいつものように席についた。今日も今日とて、机の上には山のような書類が積み上がっている。
そんな執務机のサイドテーブルの上に、かわいらしい包装の袋が置いてあることに秘書官は気付いた。
「これが気になるか? ふふ、開けてみるといい」
そう促され、秘書官は袋を手に取った。そして丁寧にリボンをほどいてみると、中にはクッキーが入っていた。
「ミレーヌとクラリスが昨日くれたんだ。お世話になったお礼だって言ってね」
本当に気の利く女性だと秘書官が感心していると、シャルが「ただねぇ……」と言ってため息をついた。
「たぶん、本人たちは気付いてないんだろうけど……」
なにやら含んだ言い方をするシャルに、秘書官は眉を顰めた。これまでの経験から、これは面倒ごとの臭いがするぞと、さらに眉間の皺を深くする。
「まあ、公爵のところで面白いことになりそうだし? とりあえず気付かないふりをしておこうか。ふふ、本当にあの子たちは俺を楽しませてくれるなぁ」
くすくすと楽しそうなシャルに、秘書官はクッキーの入った袋を返した。シャルはそのままクッキーをひとつ取り出すと、ぱくりと口にした。
「うん、美味しい。ほどよい甘さで、疲れが吹き飛ぶよ。さてさて、これから面白いことになりそうだね。ああ、近くで見守れないことが残念でたまらないよ」
楽しそうな、しかしどこか黒い気配を感じる笑みに、われらが王太子殿下の悪い癖が始まったと、秘書官は深いため息をつくのであった――。
* * *




