新しい雇い主はイケメン公爵様⁉ 1
シャルル王太子殿下(変わらずシャルと呼ばせてもらっているけれど)の力を借りて無事にフォートリエ王国へと入国した私たちは、なぜか今、王宮に滞在している。
「ど、どうしよう……。暇すぎて、死にそうだわ……」
「おねぇちゃん、しんじゃダメー!」
ばったりと大きすぎるベッドに倒れ込む。そんな私に、クラリスが慌てて駆け寄ってきた。
入国して早々、フォートリエの王宮へと招かれた私たちは、シャルに行く当てもないだろうから、とりあえずここで暮らせばいいと言ってもらえた。そうして広すぎる部屋へと案内され、豪華すぎる食事と清潔な衣服を与えられ、散歩だの読書だのお茶だのと日がな一日のんびり過ごしている。もうふた月も。
いや、普通の貴族令嬢の生活としては、これで合っているのかもしれない。場所が王宮というだけで、こんな感じで蝶よ花よと育てられるのが当たり前なイメージはたしかにある。
だけど、中身がバリバリ働きながら家事育児こなしてますな大家族の長女の私には、この生活は苦行でしかない……!
「は、働きたい……! 誰か、私に、仕事を……やることをなにか下さいー‼」
漫画だったら、「うおぉぉぉぉ!」という擬音がついたであろう私の心からの叫びに、クラリスが困惑しているのがわかる。わかるけれど、もう我慢できない。なにもしないでのんびりまったりぐーたら生活は、私には無理!
「おねぇちゃん、やどでもたくさんおてつだいしてたもんね。おそうじとかおりょうり、すきなんだもんね。すきなことなんだもん、やりたいよね」
「わかってくれる……? クラリス、やっぱり天使!」
幼いながらに私の気持ちに寄り添ってくれるクラリスを、ぎゅっと抱き締める。
クラリスと一日中いられるのは、それはそれで楽しい。でも、クラリスにとってもこの生活が続くのはいいことじゃないと思うのだ。
「それにね、やっぱり生きていく上で仕事は大事なのよ。なにもせずにご飯がもらえたり、綺麗な服が着れるのは、当たり前のことじゃないの」
これは貴族だろうが平民だろうが、なんなら王族だろうが同じことだ。やらなければいけないことに違いはあれど、みんな何かしらの責任をもって働いている。
与えられるだけの環境に慣れてしまうのは、教育的にもよくない。
「クラリス、私たちが働けるようなところを探してもらおうと思うのだけれど、いいかしら? こんな風に贅沢な暮らしはできないけれど、お姉ちゃん頑張って働いて、住む場所も探すから! だから、クラリスもお手伝いして、助けてくれる?」
嫌だと断られても説得しないと。そう思いながらクラリスの目を見つめて話をする。
けれど、私の心配をよそに、クラリスはにっこりと笑った。
「もちろん! えへへ、わたしなんかにも、おねぇちゃんのことたすけられるなんて、うれしいな。シャルといっしょにいれないのはさみしいけど、ときどきあえるなら、それでいいよ。わたしもがんばるね!」
「て、天使!? うちの妹が天使すぎるー!!」
素直でかわいくて頑張り屋さんなクラリスをぎゅうぎゅうと抱き締めた私は、早速侍女さんに頼んで、シャルに話をする時間を取ってもらうことにしたのだった。
「なんだ、ここの暮らしはお気に召さなかったのか?」
「いや、そういうわけじゃないのよ! とても快適だったし、とてもよくしてもらって感謝しているわ!」
事情を話すと、シャルは目に見えてしゅんと落ち込んだ。忙しい中時間を取ってもらったのに、悲しい気持ちにさせてしまったことに申し訳なさが湧き出す。
王太子であるシャルは、十二歳にして大人顔負けに国政に携わっている。いわゆる天才というやつらしく、わずか三歳にしてひとりで本を読み、知識を深め、十歳で父である国王陛下とともに会議に出席するようになったらしい。
話には聞いていたけれど、こうして直にその姿を見ていると、その異常さがひしひしと感じられる。
しかも、今ではいくつかの政策を任されているんだって。つまり大変忙しい。このお茶の席も、一時間だけという時間制限つきだ。
「だけどその、なにもしないでお世話になるだけっていうのは、違うと思うの。友人だからって、親切にしてくれたのは嬉しかったわ。でも、私たちもずっとこのままここにいるわけにはいかない。住むところを見つけて、仕事を探して、自立して生きていきたいの」
ここにいるのが嫌なわけではないのだと説明すると、シャルは少し間があったものの、わかったと頷いてくれた。
「うん、さすが俺が認めた友人だ。一生このまま怠惰で贅沢に暮らしていきたいとなどと考えないのは、ミレーヌのよいところだな。それにクラリスも、姉を助けてがんばっていきたいなんて、しっかりしているじゃないか」
「えへへー」
褒められて嬉しそうなクラリスを見て満足げなシャルに、とりあえずわかってくれてよかったとほっとする。
「では、住み込みで働けるようなところを紹介しよう。ちょうど当てがあるんだ」
「え、そこまでお世話になるわけには……」
反射的に遠慮しようとしたのだが、「ストップ」と手で制されてしまった。
「クラリスもいるんだ、おかしなところに行かれては困る。俺の紹介するところなら、安心して送り出せる。友人を心配して助けになりたいというこの気持ちを、汲んではもらえないか?」
シャルの正論に、ぐっと詰まる。たしかにこの国に疎い中で、いわくつきの賃貸を借りたり変な仕事に当たったりしないとは言い切れない。そしてそれにクラリスを巻き込むわけにはいかない。
「うう……。そうね、じゃあお願いします」
負けたわ……と項垂れる。その上友人としての厚意まで持ち出されてしまっては、断れるわけがない。
シャルはこれまた満足そうに微笑んだ。でも、本当に助かるわ。
「料理や掃除など家事全般が得意で、多少ではあるが書類整理や計算などもできるとのことで間違いないか? では、雇用主候補に話をつけるのに、二、三日時間をもらうぞ。その間なにもしないというのも嫌なのだろうから、侍女の仕事をいくつか手伝ってくれるか? その間のクラリスの世話は侍女に頼めばいいし、もちろん給金も弾む。支度金にしたらいい」
「あ、ありがとう、シャル!」
私の要望に完璧に応えてくれたシャルに、感激する。あと二、三日でもじっとしていられないと、よくわかったわね。その上支度金のことまで気にかけてくれるなんて、なんて気遣いに溢れているのか……!
「いや、俺としても好都合なんだ。ミレーヌならば、安心して送り出せる」
どこかほっとした様子のシャルに首を傾げたものの、お茶会はそのまま和やかに終わり、私とクラリスは自室へと戻った。
最後に秘書の方(町で一緒だった人だった!)がこっそり教えてくれたのだが、シャルは本当にいつも忙しくしていて休憩もろくに取ろうとしないらしく、こうして誘ってくれて助かりましたと言ってくれた。
時間を取らせてしまって悪かったなと思っていたんだけれど、少しの息抜きになったのならよかったのかな。
それにしても、優秀な王太子様っていうのも大変だ。大人びているなと思っていたけれど、大人になるしかなかったのかもしれない。
もしそうなら、私とクラリスだけは、十二歳のシャルとして、ひとりの友人として接したいな。
「おねぇちゃん、どうしたの?」
「あ、ごめんね。ええと、もう少ししたらここから出て行くでしょう? なかなか会えなくなるかもしれないから、その前にシャルになにかしてあげられないかなぁって思って」
「そっか……」
クラリスとふたり、うーんと悩む。そうだ、侍女のお仕事の手伝いをしてもいいって言われたし、空いている時間に厨房のすみっこを借りて、お菓子でも作ろうかしら。
「おかし! うん、つくってあげたい!」
「侍女さんたちに聞いてからね? 作ってもいいよって言われたら、一緒に作りましょう?」
色々お世話になったお礼も兼ねて、時々休憩を取って、無理しちゃダメだよって言って渡そう。
ふふ、なんだか楽しくなってきた。
「じゃあ私はお仕事のお手伝いをしてくるから、ここでお利口に遊んで待っててね」
「はぁい! おねぇちゃん、がんばってね!」
早速お仕着せ姿に着替えた私は、クラリスに見送られて久々のお仕事へと向かうのだった。




