うちの天使な妹が、実は……? 6
「驚かせてしまったな。だが、おまえたちを友人だと思っているのに違いはない。こうしてまた会えたことを、嬉しく思う」
なんだか表情まで変わった気がする。昨日は年相応な表情も見せてくれたけれど、これが〝王太子〟の顔ということだろうか。
また会えて嬉しいって言葉は心からのものだと思うし、すごく嬉しい。でも、昨日と同じではいられない、よね?
「それはもう驚いたけれど……いえ、驚きましたが」
「シャル! わたしもうれしいよ!」
シャルの正体がこれから向かおうとしている隣国の王太子殿下だったと知り、どう接してよいものかと思っていると、それまでじっと話を聞いていたクラリスが喜びの声を上げた。
「むずかしいおはなし、おわった? よくわかんないけど、シャルってえらいひとだったのね。それで、わたしとおねぇちゃんをたすけてくれるんでしょ?」
きらきらとしたクラリスの瞳には、ただただ純粋な気持ちしか見えず、裏心などない。それがわかっているのだろう、シャルがぷっと噴き出した。
「ああ、もちろんだ。クラリスとミレーヌは、俺の友人だからな」
「ゆうじん? おともだちのこと?」
首を傾げるクラリスに、シャルの表情が一層緩まる。
「そうだ。友だちだ。友だちを助けるのは、当たり前のことだからな!」
「ありがとう、シャル! シャルがこまったときは、わたしとおねぇちゃんでたすけるからね!」
て、天使だ……! 天使がふたり、ここにいる……!
拝みたくなる気持ちを必死に抑え、少年少女たちのやり取りを見守る。私だけではなく、受付の男性とお連れの方も、尊いものを見るように目を細めている。
「では、このふたりは通してもよいな」
シャルの声に、大人組がはっとする。いけないいけない、国境を越える申請の途中だったわ。
「もちろんです。書類にサインをいただくなど手続きはございますが、まず問題なく通るかと」
「わかった。それくらいはさせてもらうさ」
着々と話を進めようとするシャルと受付の男性に、おずおずと声をかける。
「あ、あの……本当に、よろしいのでしょうか? その、昨日知り合ったばかりの私たちを、そう簡単に信用してはいけないのでは……」
隣国の王太子殿下、しかも年齢よりもかなり聡明みたいだけれど、まだ子どもには違いない。ほら、悪い大人に騙されたりとか、あるじゃない?
子どもの言うことをそんな簡単に許可してしまって、受付の人もいいのかしら? そこらの貴族令息だか令嬢だかが「友だちだから通らせてあげて~」と言っても、許可するわけにはいかないだろう。
難しい顔をする私に、シャルも苦笑いだ。
「まぁミレーヌの言うことにも一理あるが、そもそも悪い人間は、そんなことを言ったりはしないぞ?」
「そうよ、わたしもおねぇちゃんも、わるいひとじゃないわ!」
きっぱりと言い切るシャルに、クラリスも力強く頷く。
「それはそうなのだけれど。やっぱり信用のある大人の方が相手でないと、難しいのではないかと思……」
「口を挟んで申し訳ありません。もちろん普通はそうなのですが。殿下はその、特別ですので」
私の声に被せてきたのは、シャルのお連れの方だった。昨日合流した際にひと言ふた言話しただけだが、すごく寡黙で真面目そうな方だなという印象の男性だ。
すると、受付の男性もそれにうんうんと頷いた。
「殿下は弱冠十二歳でありながら、いくつかの国家施策を任されている、いわば天才です。その類稀な知識と緻密な分析・計算能力、加えて素晴らしい行動力で隣国フォートリエを支えていらっしゃるのです! そのような方が大丈夫とおっしゃっているなら、いくら多少お若くても、許可は間違いなく下ります! 大丈夫です!」
……この人、シャルのファンかしら? そう思ってしまうくらいの熱量で、シャルのすごさを語られた。
たしかに、フォートリエ王国の王太子は幼くして優秀だと、数年前から耳にしていた。シャルリエ家にある限られた書物と使用人や街での噂話くらいでしか情報を得られなかったので、それほど多くはないけれど。それでもその業績は、我が国、ラングレー王国にも広く知られている。
そういう方のお墨付きであれば、許可も下りるという言い分はわかるけれど……。
「そんなに悩まなくてもいいじゃないか。許可をもらえれば、ミレーヌも助かるだろう? なにをそんなに迷うことがあるんだ?」
心底わからないとシャルが首を捻る。そんな様子にも、私は違和感を覚える。
昨日シャルと初めて会った時から、すごく聡明でしっかりした子だなとは思ったけれど。それでもやっぱり、子どもは子どもだ。正しく〝子ども扱い〟されていないっていうのは、どうなんだろうと思う。
隣国の王太子様を相手にこんなことを思うのも、無礼な話なのかもしれないけれど。
「……なんだか、シャルを利用するみたいなことは、嫌だなって思いまして。私が昨日出会って、仲良くなったのは、王太子殿下ではなく、〝シャル〟だから……」
私の言葉に、シャルは目を丸くした。
よく意味のわからないことを言ってしまったと思う。上手く伝えられないけれど、それでいいのかなって思うし、私はシャルを十二歳のひとりの男の子として接したいと思っている。だから、王太子殿下の力を借りることに迷いがあるのかもしれない。
「……だが、俺の力を借りなければ、実際困るだろう?」
「うっ。そ、それは……はい、すごく、困ります……」
シャルのド正論に、がくりと項垂れる。そう、間違いなく困るし、シャルの申し出はありがたすぎるものだ。
「ならば利用してくれ。ミレーヌの気持ちはありがたいが、それではクラリスに辛い思いをさせてしまうだろう? ふたりを助けたいという俺の気持ちも尊重してほしい」
はっと顔を上げると、優しげな翠の瞳と目が合った。
「ミレーヌは真面目だな。だが、そんなところが好ましい。俺は、そんなミレーヌとクラリスだから友人になりたいと思ったし、助けたいと思うんだ。たしかに昨日は〝シャル〟としてふたりと出会ったが、俺であることに変わりはない。今の、王太子としての俺も、ふたりの友人でいさせてほしいのだが……ダメか?」
少しだけ悲しそうな表情。シャルにこんなことを言わせてしまうなんて、私の馬鹿ー!
「ご、ごめんなさい。素直にお言葉に甘えればよいものを、ぐちぐち言って、困らせて、不安にさせてしまいまして」
慌てて謝る。そうよね、シャルの気持ちも考えないといけなかったのに。
「では、俺の厚意を受け取ってもらえるということで、いいだろうか?」
「……はい。申し訳ありません、大変助かります。よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げると、シャルは満足げに笑った。
「では、こちらの俺のこともよろしく頼む。ああ、他人行儀にされると寂しいからな、敬語なぞいらんぞ。シャルにしてくれたように、気楽に話してくれ。呼び名もシャルで。」
にこにこと嬉しそうな表情が、本心だと物語っている。ちょっと気後れはするけれど、これはもう私の負けだ。
「……わかったわ。ありがとう、シャル。これからもお友だちとして、よろしくね」
観念してそう言うと、くいくいっとクラリスが私の服の裾を引っ張った。
「ええと、いっけんらくちゃく? シャルといっしょに、あっちのくににいけるってこと?」
話の行く末を、ずっと黙って見守ってくれていたクラリスの頭を撫でる。
「うん。シャルに助けてもらうことにしたわ。だから、ね? クラリスもお礼を言おうか」
ぱあっと顔を明るくさせてクラリスがシャルに向き直る。
「たすけてくれてありがとう、シャル!」
「ああ。どういたしまして」
晴れやかに笑うふたりを見て、これでよかったのかなと息をつく。
自分にとって正しいと思ったことが、相手にとってもそうだとは限らない。ここは私が折れるのが正解だと思おう。
……ちょっと私たちに都合がよすぎな気はするけどね。まあクラリスのためにも、お言葉に甘えさせていただこうか。
「さて、では早速行こうか。我が国、フォートリエ王国へ」
「シャル、ありがとう」
「やったー! しゅっぱーつ!」
差し出してくれたシャルの手をとり、私たちは無事に国境越えを果たしたのだった。




