うちの天使な妹が、実は……? 4
「時間を取らせて悪かったな」
「いえいえ。私たちこそ、楽しい時間をありがとう」
お茶を飲みながら、私たちは色々な話をしてまったり過ごした。そうしてそろそろカフェでの休憩を終えようと席を立った時、シャルのお連れの方が見つかった。
お連れの方はかなり焦っていたようで、出会えた時には泣いて喜んでいた。それなのにのんびりお茶をしていて、なんだか申し訳ない気持ちになった。
ということで、三人の時間はここで終わり。お別れだ。
ほんの数時間一緒に過ごしただけだが、別れが寂しい。それだけシャルと仲良くなれたということでもあるのだけれど。
「また、あえる……?」
どうやらクラリスも寂しく思っているようで、私の服の裾をぎゅっと握り、眉を下げてそんなことを言う。
また会いたいという気持ちはよくわかるのだが、私たちはこれから国境を越えてもう少し旅をする予定だ。偶然また会える可能性は、かなり低いだろう。
「会えるといいな。俺も、そう思ってるよ」
「! うん!」
なんと答えたものかと悩んでいると、シャルが迷いなく言った。
下手に期待させるわけでもなく、現実を突きつけるわけでもない。ただ素直に、〝また会いたい〟という気持ちを伝える言葉が、とても素敵だなと感心した。
「私も、また会えると嬉しいな。その時は、また一緒にお店を回ったり、お茶をしましょうね」
「ああ。次は友人として、一緒に過ごそう」
そう言うとシャルは、ひらりと手を振り、ぺこりとお辞儀をするお連れの方と共に去っていった。
友人として、か。そう思ってもらえたのが嬉しいな。
「さて。私たちはそろそろ宿に行きましょうか。混みそうだし、明日は早めに申請しに出かけましょう。はぐれないように、しっかり手を繋いでいてね」
「はぁい」
ふたりきりに戻り、ちょっぴり寂しい気持ちを抱えながら、私たちは宿屋へと向かったのだった。
ーーこの時の私は、知らなかった。まさか、クラリスがあんな能力を隠していたなんて。
その日の夜。
「おねぇちゃん、だいじょうぶ……?」
「うん、ちょっと痛いけど、大丈夫。ドジしちゃってごめんね」
心配そうに覗き込むクラリスの頭を撫でる。
借りた部屋のベッドに腰掛けた私の足首には、氷袋が乗せられている。先ほど挫いてしまったのだ。
大したことがないのは本当だ。夕飯を食べに食堂へと歩いていた時、脇を走ってきた子どもがぶつかってきて、バランスを崩してしまった。その子の方に倒れそうになってしまったので、無理に体を捻った際、足も変な方向に捻れてしまっただけなのだから。
二、三日大人しくしていれば腫れも引くだろうし、普通に歩けるようになるだろう。
ただ、それまではここに滞在しなくてはいけないということなのだが。
うーんと考え込む。滞在中のお金はなんとかなるが、できるだけ早く住む場所を決めて働き口を探し、安定した生活が送れるようにしたかった。
それに、身動きとれない私に合わせて、クラリスを一日中この部屋で閉じ込めておくのもかわいそうだ。ひとりで外に出すわけにはいかないし、部屋の中に遊べるようなものもない。
賢い子だからわかってくれそうだけど、それでもずっと部屋の中はつまらないよね。
「……おねぇちゃん、はやくなおったら、うれしい?」
クラリスの声にはっと我に返る。空色の綺麗な瞳が、私を真っ直ぐに見つめていた。
「そうね、クラリスに心配かけちゃうし、早く治したいなと思うわ。三日くらいあれば歩けるようになると思うから、それまでここに泊まりましょうか」
深刻な顔を見せちゃだめだったわねと反省し、にっこりと微笑む。クラリスだって不安なんだから、いつも通りに振る舞わないと。
けれどクラリスは、なぜかゆるゆると首を振った。どういう意味だろう。
「……あのね、たぶんわたし、なおせるよ。おねぇちゃんのケガ、いますぐに」
そんな馬鹿なと思いながらも、真剣な表情のクラリスに、ぐっと息を呑む。
するとクラリスは、氷袋をどかし、そっと手のひらを私の腫れた足首にかざした。そしてゆっくりと口を開く。
「いたいの、とんでいけ」
か、かわいぃぃぃぃー! なにそれ、前世の〝いたいのいたいのとんでいけー〟的なやつ!?
予想外のクラリスの行動に、思わず両手で口元を覆う。かわいいがすぎる妹に、変な声を聞かせるわけにはいかない。
悶えたいのを必死に抑えていると、クラリスの手のひらから柔らかな光が放たれた。
「えぇっ!? なに、これ」
足首がじんわりと温かい。それに痛みも和らいでいく。
まさか、これは。
「噓でしょ。まさか、光魔法……?」
本でしか読んだことのない、稀少な魔法。この世界のほぼ全員が魔法を使える中で、光魔法の使い手は、国にひとりいるかいないか程度だと言われている。
しばらくして光が消えると、足の腫れも痛みもすっかりなくなっていた。
「……よかった、なおった。ひさしぶりにつかうから、ちょっとしんぱいだったけど」
クラリスの口ぶりだと、使うのはこれが初めてではなさそうだ。色々聞きたいところだけれど、とりあえず。
「ありがとう、クラリス。もう痛くないわ」
「どういたしまして」
感謝の気持ちを込めて、クラリスをぎゅっと抱き締める。そのまま膝に乗せて、えへへと嬉しそうなクラリスにいくつか質問することにした。
「クラリス、今のは、魔法? あなた、光魔法が使えたの?」
「うん、たぶん。三さいのときだったかな……きゅうにつかえるようになったの。おとうさんとおかあさんから、だれにもおしえちゃだめ、ひみつだよっていわれてたの」
話を聞くと、どうやら初めて魔法が使えたのは、クラリスがご両親と住んでいた家の近くの草原で遊んでいた時。ケガをした小鳥を見つけて、かわいそう、治してあげたいと思ったら使えたらしい。
普通、魔法は十歳頃から使えるようになる。あまり幼いと、魔力のコントロールが難しいためだろうか、それ以前に教えようと思ってもなかなか使えない。
それなのに、三歳ですでに光魔法が使えただなんて。
「もうすこしおおきくなったら、くわしくおしえてくれるひとのところにいこうって、いわれてたの。めずらしいまほうだから、わるいひとにみつかったら、ゆうかい? されちゃうんだって。だから、かぞくだけのひみつだよって」
なるほど、たしかに幼くして光魔法に目覚めたとなれば、注目を浴びるのは間違いない。下手をすると、無理矢理両親と引き離されて利用される可能性だってある。
だからきっと、ご両親はある程度の分別がつく、普通に魔法が使える歳までは隠しておき、その間に信用できる機関を探そうと考えたのかもしれない。
あまり幼いと異端の目で見られることもあるし、悪い大人に騙されやすいから。
もう亡くなってしまったご両親は、どれだけクラリスを心配しただろう。たったひとり残してこの世を去ることになってしまい、どれだけ悔やんだだろう。
「おねぇちゃん? ないてるの……?」
同じように家族を残して死んでしまった前世の私。でも、美怜の家族は、両親も兄弟もいる。私なんかの比にならないくらい、クラリスのご両親は無念だったに違いない。
「ごめん、大丈夫よ。クラリスはとっても大切に育ててもらったんだなぁって、安心しただけ。クラリスのお母さん代わりにはなれないけれど、おねえちゃんとして、これからもたくさんクラリスのこと、ぎゅってするからね」
「うん。わたしね、おとうさんとおかあさん、だいすきだったんだ」
涙ぐむクラリスを、もう一度ぎゅっと抱き締める。肩越しにくすんくすんと泣く声が聞こえて、私もまた涙が溢れる。
「秘密だったのに、治してくれて、ありがとう」
「だって、おねぇちゃんだもん……。わたしの、おねぇちゃんだもん」
〝家族だけの秘密〟
本当の姉だからと言われたみたいで、嬉しくて。クラリスの頭を撫でながら、「ありがとう」と囁いた。




