戦いとその終わりに
「【数多の道より択び望むことを成せる喜びと、荒れ野の茨を踏みしめ征く気高き孤独。ともに携えて歩め】」
後ろからまだ詠唱は続いている。
もう少し時間を稼がないといけない。
そう思ったところで、空中に網のように広がっていたワイヤーが絡み合った。
一本の巨大な綱のようになったそいつが空中で竜巻のように回転する。
どう仕掛けてくるのかは分かった。
そして、さっきまでとは雰囲気が違う。さっきまではこっちを殺さないように戦っていたっぽいけど、これは違う。
動きから殺気が感じられた。
避けたいところだけど……後ろには檜村さんがいる。
つまり受け止めるしかない……止められるか?
『今からでも停戦を認めます。無意味に抵抗をする必要はありません』
風切り音の中に混ざってそいつの抑揚のない声が聞こえてくる。
脅しとかそういう感情さえも感じさせない。
「一刀!断風!」
鎮定を上段に構えて意識を集中する。
風が鎮定に巻き付いた。手に感じる重みが増す。
「岩斫!」
「パワーなら任せろ!」
渦からはじき出されるように飛んできた綱と鎮定とハンマーがぶつかり合う。
骨が砕けたかというくらいの衝撃が来て体が空中に浮いた。一瞬の間があって体が地面に叩きつけられる。
背中と肩が焼けるように痛んだ。
息が詰まる。
「大丈夫?片岡。早く立ちなさい!」
漆師葉さんの声が上から降ってきた。
詠唱中の檜村さんの背中、その向こうには国分さんの背中が遠くに見える。かるく10メートルくらいは飛ばされたのか。
おもわず手の中の鎮定を確かめるけど……折れてはいなかった。
背中が痛むけど痛いとか言ってる場合じゃない。
鎮定の柄を力を入れて握りなおした。
痛みはあるけど手足は動く。多分骨は折れてない。少なくとも戦うのに支障はない。
ただ、こいつ……単純なパワーなら間違いなく今までで一番強い
今のを食らったらまず間違いなく死ぬ。シンプルな物理攻撃であるだけにそれが実感できた。
でもこの痛みは決断の痛みだ。
自由に選んだ結果だ。負けるわけにはいかない。
『今からでも停戦を認めます。無意味に抵抗をする必要はありません』
そいつが同じことを繰り返して渦巻き回転が速くなった。またあの一撃が来る。
国分さん一人だと止められない。
「まだ終わんないの?」
「多分もう少しで終わる」
……はずだ。そうでないとやばいぞ。
漆師葉さんが頷いてサーベルを構えた。
「合わせるわよ!根性見せなさい、片岡!ホワイトジェイティン!」
「そっちもね!一刀!破矢風!七葉!」
今から走っても間に合わない。
これで動きを止める。気力を込めて鎮定を振り下ろす。
うなりをあげて風の斬撃が飛ぶ。
同時に地面を走った影から壁のように影の刃が立ち上がって影と風の刃が同時にそいつを切り裂いた。
何かに引っかかったように回転が遅くなった……どうやら効果あり。
切られた部分のワイヤーが絡み合ってまた元に戻った。でもこの数秒が値千金。
「【我が司るものを与えよう。今より汝は自由なり】術式開放!」
檜村さんの詠唱が終わってガラスが砕けるような音が響いた。
◆
前に大阪の地下で戦った時に使った魔法だ。
音と同時に巨大な綱みたいになっていたワイヤーが巻き取られるように球に戻った。
球の表面にひびが入って赤と白の光が明滅する。
そいつが意味不明な音を発するけど……なんとなくわかった。ダメージはある、でもまだ死んでない。
「止めを!」
あと一回分の詠唱の時間を稼ぐのは多分無理……ここで仕留める。
もう強い風の斬撃を飛ばすのは厳しい。球に向かって走る。
「しぶといんだよ、この野郎!」
国分さんが踏み込んでハンマーを振り下ろした。
ハンマーが球を叩くと黒い破片が飛び散ってひび割れる。
「おら!さっさとくたばれ!」
ハンマーが何度も叩きつけられてガンガン音がする。
球がゆがんで抵抗するように球の表面に光が走るけど、さっきみたいにワイヤーがすぐに傷を修復するなんてことはない。
「そこどいて、国分!」
漆師葉さんがサーベルを突き出す。
漆師葉さんの影から黒いものが湧き出して、頭上に巨大な漆黒の槍が浮かび上がった。
「食らいなさい!ホワイトジェイティン!スティングレイ!」
国分さんが横に飛ぶと同時に、漆黒の槍が飛んで球をまっすぐに貫いた。
貫かれたところから球全体にひびが広がった。悲鳴のような耳障りな機械音声が響く。
球まであと5歩ってところで、球から不意にワイヤーが伸びた。
ワイヤーが鞭のよう振り回された。まだ戦えるのか。
走りざまに鎮定を振り下ろす。軽い手ごたえがあってワイヤーが切れて断片が空中を舞う。
ワイヤーはさっきみたいに再生はしなかった。最後の抵抗か。
球が間近に迫った。もう間合の中だ。最大火力でここで終わらせる。
「一刀、断風!岩斫!」
踏み込んで風を纏わせた鎮定を振り下ろす。
鎮定の刃が球が真っ二つに両断した。
これでさすがに終わったと思いたいけど。
鎮定を構えて球を見る。二つの分かれた球の表面がもう一度明滅した。
『非・・…理的・…・・…要解・析……」
わずかなノイズのような声を発して、球体がばらばらに砕け散った。
◆
「大丈夫ですか?」
突然声をかけられて我に返った。
目の前にギルドの隊服を着た女の人がいた。
ついさっきダンジョンマスターを倒したと思ったけど……気づくとダンジョンの入り口の駐車場にいた。
銀座で戦った時もそうだったけど、新宿系ダンジョンは討伐したらそのまま地上に戻されるらしい。
ダンジョンの痕はもうなくなっている。
「大丈夫です。疲れましたけど」
これは偽らざる心境だ。
あと少し長引いていたらヤバかった。ぶつけた背中の痛みも今更戻ってきた気がする。
檜村さんたちはどうなったかと思ったけど、横を見ると同じようにギルドの人と何か話をしている。
檜村さんがこっちに駆け寄ってきた。
「大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です」
痛みはあるけれど、多分骨には異常はなさそうだ。
体を動かしてみるけど、そういう感じの本当のヤバイ痛みはない。檜村さんが安心したように笑顔を浮かべて、寄り添うように体を寄せてきた。
髪から汗と香水のような甘い香りが漂った。
「無事でよかった」
「お互いに」
あいつは今までと違って明確に後衛の檜村さんを狙ってきた。
どうにかしのげたけど、危なかったな。
「しかしどうにか倒せたが……次は厳しいな」
檜村さんが言う。
「大阪で戦った時より手ごたえがないというか、効きが悪かった……なんというか硬かったよ」
大阪で戦ったあれよりも強かったんだろうか。たしかにあの魔法の一撃で終わらなかった。
それとも対策してきているってことだろうか。新宿系は蟲とは違う意味で嫌な相手だな。
駐車場のコンクリートの上にはさっきまでダンジョンマスターの部屋にいたらしい人たちが倒れていて、家族の人や役所の人が抱え起こしていた。
少なくともあの場面ではだれもケガとかはしていなかったはずだけど、ダンジョンの中でずっといたなら、どういう状態かはわからない。
救急車のサイレンが近づいてきた。
何事もなければいいけれど。
そんなことを考えていたら、檜村さんのスマホが小さく着信音を鳴らした。
檜村さんがスマホを取り出して大きく息を吐く。雰囲気が緩むのが僕にも感じられた。
「どうかしました?」
「……本当に、ありがとう、片岡君」
檜村さんがスマホの画面を僕に向けた。
そこには魔討士協会のアプリの通知が出ていた。しかも、赤ラインで重要、の但し書き付きだ。こんな通知は初めて見た。
『三位昇格の要件を満たした可能性があります。早急に魔討士事務所で詳細の確認をしてください。なお、三位昇格に当たっては一定の審査と本人の同意が…




