自由の意味は
不穏な沈黙が部屋に降りた。
「話を聞くから、その子の首からそれを外せよ……気になるだろ」
『拒否します』
言ってはみたものの、その球があっさりと拒絶した。
……いうだけ無駄だったか。
「で、提案ってなんだよ」
国分さんが硬い口調で聞く。
改めて周りで座っている人を見た。いったいどういう経緯でこの人たちがここにきて、ここにいるかはわからないけど
……さっきこいつがいうには、何らかの提案とやらを受けれた人たちってことなんだろうか。
『例えば、こうした場合……あなたたちの反応は、怒りと焦り』
その球が言葉を発すると同時に、国分さんがつけていた通信機が音を鳴らした。
「どうした?」
≪周りにキューブが現れました。そちらの状況はどうですか?ダンジョンマスターの討伐を急いでください!≫
国分さんがつけている通信機から大きめの声が聞こえた。
上で待機してくれている人たちからの通信か。国分さんと漆師葉さんが表情を強張らせて天井を見上げる。
どうにかできないか、と思ったけど……後ろの通路と周りの人を見る。ここであいつに背を向けていくわけにもいかない。
ここではどうにもできない……分かっているけど、腹立たしい。
「てめえの仕業か、おい!」
『行動予測と98%一致。やはり想定通りの反応です』
国分さんが声を荒げて、その球が感情を交えない声で応じた。
ダンジョンの仕組みはわからないけれど、こいつら新宿系は明らかに蟲系とは違う。
ダンジョンの中でユニットというかそういうのを生み出すくらいはやれそうだ。
『では提案します。我々の要望はあなた達がここにとどまってくれることです』
「はあ、何言ってんの、あんた?」
『我々はあなた達を解析してきました。仲間に危険が及べば焦る。人質を取れば怒る。優位に立てば調子に乗る。何かを失えば悲しむ。
あなた達は外部からの刺激に条件反射と脊椎反射で行動している。肉体が先に行動し、頭脳はその行動を追認するのみです』
「何が言いたいんだ?」
国分さんが首をかしげて言う
『あなた達は自由意志で行動していると考えているでしょうが、あなた達に自由意思はありません。人間は下等生物や自動機械と同じです』
「はあ?」
『ですが、だからこそあなた達の行動は予測可能です。我々はあなた達の望む世界を提供できます。悩みも苦しみもない世界であなたたちは安寧と幸せを享受できる』
球が視線を向けるように蠢いた。
周りの人たちは眠っているのかと思ったけど……夢のようなものを見せられているんだろうか。
『その対価として我々はあなた達の優れた魔素活用能力を利用する。双方に利益があります。
生命活動の危機の瀕するような戦闘や、理不尽に悩む必要はありません。
あなたたちにあなた達の望む夢を見せましょう。例えばこのようなものです』
そう言って同時に球がわずかな光を放った。
漆師葉さんと檜村さんが小さく声をあげてよろめく。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。ちょっと……その、映像が見えただけだよ」
檜村さんが頭を振って言う。
漆師葉さんが僕の方を見て顔をそらした。僕には何も見えなかったけど、いったい何を見たんだろうか。
『繰り返します。我々はあなた達の幸福を保証します。交戦は望みではありません』
「そんなのは……生きるって言わないのよ」
漆師葉さんが球を睨んで言う。
『何故拒絶するのかわからない。私の言っていることは事実に即しています』
「合理的とか、その方が得とか、錯覚がどうとか難しいことは心底どうでもいいわ、あたしが納得できていればそれが自由よ」
『その納得する決断というのは錯覚に過ぎないと言っています。条件反射と脊椎反射でありあなたは思考はしていない』
球が言うけど、漆師葉さんがサーベルを球に向けて胸をそらした。
「人間のことがわかってないわね、玉っころ。自由ってのはね、そう信じられることなのよ。あたしが自由と信じる限り、それが自由よ」
『繰り返しますが、それは錯覚です』
「だからなんなの?どうでもいい。あたしはあたしの自由を信じる。
だってあたしの世界の中心はあたしだもの。あたしが信じていれば、それで十分よ。
そうでしょ、片岡、国分。檜村さん」
あまりにも堂々と言うもんだから国分さんも檜村さんもあっけにとられたって感じだ
球体もなんか沈黙しているけど。
「敢えて合理的じゃない道をえらぶなら、それは僕の意思だ。なら、僕等は自動機械じゃないってことだろ」
考えるより先に体が動くことはある。
でもそれは咄嗟の場合だけだ。
例えば檜村さんと一緒に戦うことを選んだのも、今この場にいるのも僕の自由意志だ。
僕らは自由意志を持っている。
それに、楽な道、合理的な道とか言われると、あの涛早の顔が頭をよぎった。
合理的な道を行くのが正解だっていうなら、あいつの言うように戦いから手を引いてインフルエンサーにでも転身する方が正しいってことになってしまう。
でも、そうじゃないと考えたからこそ、僕はここに来た。
「合理的」にあんな風になるくらいなら、「合理的」な選択なんてお断りだ。
そして、なによりも……合理的で楽な道を選ばない。そんな人は僕の周りでもいる。
清里さんも、斎会君も、宗方さんも、伊勢田さんも、風鞍さんも、鹿渡川さんも。
それぞれ高い能力を持っていて、名声もあって、きっとお金も持っている。
魔討士として人のために命を懸けて戦う理由はない。
こいつの言葉を借りるなら、それは合理的な行動じゃない。
それでも自分の道を行くのは合理的とかそんな単純な理由で片付けられるものじゃない。
「自由って、そう信じられることだ。僕は仲間のために、檜村さんのために戦う」
『他者のため、特別な人のため、というのも、好意を得たいという反射行動にすぎません』
「それに、お前たちの夢の中にいるなら僕等はそれこそ自由じゃなくなる。支配は無用だ」
『繰り返しになりますが、それは合理的ではありません』
「それは重要じゃない」
どう進むにしても、楽かどうかより自分の意思で決めたい
もしかしたらそれは本当は幻なのかもしれない。でも納得していたい。
檜村さんの手が背中に触れた。言葉がなくても言いたいことは伝わる。
横で漆師葉さんが頷くのが見えた。国分さんとグータッチする。
球が沈黙した。
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