宇都宮ダンジョンの深奥・下
「おい!」
国分さんが呼びかけるけど、人影が横に飛ぶようにして姿が消えた。
あそこに曲がり角があるらしい。
「見た?」
漆師葉さんが僕らを見る。
全員が幻を見たってことはないだろうけど……少し遠かったし、ダンジョンの壁が発する赤い光でそれなりに明るいとはいえ、外みたいにはいかない。
ただ、なにかがいたのは間違いなさそうだ。
「今の……人間かしら?」
「あからさまにおかしいよな」
国分さんが言う。
定着ダンジョンの、しかもこんな深い位置に人がいるなんて普通に考えればありえない。
「でも誰かが入ってるかも、って話だったでしょ」
「こんなとこまで素人が来れるかよ」
「今日みたいに何も出なければ来れるかもよ?」
漆師葉さんが茶化すように言うけど、その顔には不安げな表情が浮かんでいた。
僕だって目の錯覚だったか、とか思わなくもない。
何もいなければ確かにここまでこれるかもしれないけど……普通はそんなことはあり得ない。
ていうか、そもそも魔討士以外が定着ダンジョンの入るなんてことは無い。
今日のこの状況も静かすぎで不気味だ。
敵が出ないままこんな深くまで来れて運がいいな、なんて風にはとても思えない。
「だけどよ……誰かいるかもってなら、行くしかねぇよな」
国分さんが不安を押し殺すように強い口調で言った。
漆師葉さんと檜村さんが頷く。
確かにそれはそうなんだけど。
ただ、何度か戦ってわかっている。新宿系には明らかに知性がある。
だからこそ作為を感じる。ていうか、あからさまに誘いっぽい。
ただ、進むしかないのも事実なわけで。
「それに、今日はダンジョンを攻略に来たんだもの。怪しいから帰ります、なんてわけにはいかないでしょ」
「まあ、確かに」
単に攻略するだけなら、一度引き上げることもありかもしれない。
でも、誰かがいるのを見てしまった以上、下がるわけにはいかないか。
「サポートチーム、聞こえるか?7階層に人がいた。そっちも誰かいないか調べてくれ」
『了解しました。捜索してみます』
国分さんがインカムに言うと、その相手の声が通路に響いた。
もう一度誰かが姿を見せたりしないかと思ったけど、そういうことは無く、何事もなかったように通路は静かなままだ。
「ちょっと待ちなさい。少し探ってみるわ」
漆師葉さんが言ってサーベルを一振りした。
「バイオレットリリー!」
漆師葉さんが言って、サーベルの切っ先を床に突き刺す。同時に漆師葉さんの影が通路の床を伸びていった。
影の先端が曲がり角で直角に曲がる。漆師葉さんが髪をかき上げて遠くを見るように目を細める。
「廊下が伸びてるだけで何もいないみたいね。少なくとも待ち伏せとかはないわ」
「それ、影で探知とかできるわけ?」
「ふふん、その通りよ。どう、片岡。このあたしの才能は。恐れ入ったかしら?ならほめていいわよ」
伸びていた影がすっと足元に戻ってきて、漆師葉さんがどや顔で胸を張る。
「恐れいったりはしないけど、凄いね」
進行方向の索敵をできるだけでかなり便利だ。
そういえば前に仙台で戦った時も影に潜って移動とかもしてたし……攻撃一辺倒ってわけではないらしい。結構万能だな。
「マリーチカにしごかれてるのよね。あの子、本当にスパルタで大変なのよ」
「マリーチカ?」
「あたしの剣の名前。あんたの刀もそうなんでしょ。名前ありの刀だって聞いたわ」
「まあね」
「アンタは稽古つけてもらってないわけ?」
漆師葉さんがサーベルを掲げて言う。
……そうなのか、鎮定とは会う機会があまりないというか、殆ど接触がない。
呼べば姿を現してくれるのかもしれないけど、何となく呼ぶにはどうしても気恥ずかしさがある。
……自分から出てきてくれないものだろうか
◆
角を曲がるとまた長い通路が伸びていた。
まっすぐ長く伸びた廊下に分岐はなくて、向こうには部屋が見える。
「どうやら……お待ちかねらしいな」
国分さんが言って前に進み出た。
「こっからは戦闘モードで行こうや。頼むぜ」
「了解です」
「任せなさい」
鎮定を構えて意識を集中すると体の周りを風がふわりと舞った。
なかなか稽古を付けたりはしてくれないけれど、それでもいつも通り鎮定は力を貸してくれる
漆師葉さんが黒いサーベルを一振りして、檜村さんが深呼吸した。
国分さんがハンマーを構えて通路を進む。その左後ろに漆師葉さん、僕は右後ろ。
その後ろには檜村さん。
通路に無機質な足音が響いて、部屋が近づいてきた。
マップなんてなくてもわかる。この通路の先にダンジョンマスターがいる。
◆
国分さんがハンマーを構えたまま部屋に飛び込んだ。
教室より広い部屋、その真ん中にはワイヤーか何かが絡み合ったような1メートルくらいの球が浮かんでいた。
球だのキューブだの、相変わらず新宿系はよくわからないけど……こいつがダンジョンマスターだろうか。
球の左右には10人以上の人が、床に置かれたキューブの上に座っていた。
60歳は超えていそうな男の人から僕よりも年下っぽい女の子まで、年齢も性別もばらばらだ。
全員が眠るようにうつむいていて全く反応がない。
漆師葉さんがその人たちを見て息をのんだ。
近づこうとして一歩踏み出しかけたけど、国分さんが漆師葉さんを手で制した。
「罠かもしれねぇ、ちょっと待て」
「生きてるんでしょうね……」
「わからねぇ」
国分さんがハンマーを構えたままで言う。
僕と檜村さんはたまたま戦ったことがあるけど、多分、この二人は新宿系が人を攫ったり操ったりしていることは知らないんだろう。
また前みたいに操られた人と戦うことになるんだろうか
……正直言って人と戦うのはかなり抵抗がある。
こいつらに操られた人は多少の攻撃は受け付けない。
それでも、万が一とか思ってしまうわけで、人の姿をしているだけでどうしても切っ先が鈍ってしまう。
それに一人でもかなり強かった。
この人数を一度に相手にするのは、正直言ってかなり厳しい。
ただ、椅子に座っている人は全く動きを見せない。
球も不気味なくらいに静かに空中に浮いたままだった。
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