Dside 朝食
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朝、目が覚めて歯を磨きながら部屋の外に出てみると、廊下の向こう側からアリサがやってくる。服装もパジャマではないし既に目もパッチリしていてきちんと覚醒していることに秋人は思わず歯磨き粉を垂らして驚く。
「おはよう秋人。垂らしちゃってるわよ」
アリサがちょんちょんと口元を指すので秋人は慌てて掬うと一旦洗面台に戻り手を洗いながら歯磨きもやめてしまう。即座に口を濯いて開けっ放しの扉越しにアリサに言う。
「どうしたんだよアリサ。一番乗りなんて珍しいなんてもんじゃない。こんなに早起きされても飯はまだだぜ?」
「ウルキスに呼び出されたのよ。たぶん例の件だと思うけど、それで仕方なく早起きしたの」
「はーん…」
「せっかく起きたんだから久々に朝御飯食べるわ。すぐ戻ると思うから、大急ぎでよろしくね」
欠伸と共にすいーっと移動するアリサの後姿を目で追いながら、秋人は「例の件」について思い返す。おかしなことに、同僚のひとりルビドクが未だ仕事から戻ってきていないという話だ。アリサが呼び出されるということはおそらく未解決のままなのだろう。秋人は苦い顔をする。「あいつ、まさかへまったのか…」と呟く。しかしめったなことは考えるべきではない。秋人はぶんぶんと首を振り、自室を見渡す。
ベッドではアニマルファイターズ2号のテトラと3号のキャトルがそれぞれ爆睡している。テトラの方は豪快な寝返りを打っておりキャトルは猫らしく布団に丸まって寝息を立てている。秋人は昨夜押しかけてきてトランプを数戦した後に自室に帰らずに寝入ってしまった同僚たちをじと目で睨むが対象は眠っているため当然意味は無い。彼女らがベッドを占拠してしまったせいで秋人はまたもソファで眠ることを余儀なくされていたのだった。とはいえソファの寝心地はベッドに勝るとも劣らないほどなのだが。
時刻は5時半を指していた。秋人は部屋を出てミーティングルームへと向かう。歩きながらアリサのことを考える。アリサが昼前に起きているのをみるのは初めてではないかと記憶を探るがそれは全く冗談ではないようで秋人は思考を深めざるを得ない。アリサを昼前に起こすほどの事態が起こっているならばそれはemergencyといって差し支えがないような気がする。それに実際におかしいのだ。今回のことは。今までになかったわけではないとはいえ。
ミーティングルームとは名ばかりで実際は単なる居間である。がーっと自動ドアが開くとそこには酒のにおいが広がっていて秋人は顔を歪ませる。麻雀卓に突っ伏したまま眠っているKの姿が見える。またソファには哀歌が座ったまま寝ている。ふたりの顔はほんのりと赤い。
「マジかよ…」と一人ごちて秋人はとりあえず空いた酒瓶をまとめはじめる。部屋の温度調整を適温にし、Kと哀歌にそれぞれ薄いカーペットをかけてやる。その時哀歌が細身の割に大きな胸をしていることを知り思考が停止する。ウェストに比べてその上部は見れば見るほど明らかな盛り上がりをしている。少し遠目にみると今まで気付かなかったのは今も普段もよく着ているタートルネックの柄のせいだということがわかる。しかし秋人はすぐに邪念も振り払って何も気付かなかったことにする。というのは無理な話で秋人はテーブルの上のツマミを回収しながらもちらちらと哀歌の方を見る。すると「なーに見てんだよあきとぉぉ」と後ろから声がかかり一気に直立不動になる。
見るとKがいつの間にやら目覚めていて、机に突っ伏したままの姿勢でニヤニヤと秋人を見ている。
「とうとう哀歌の隠れ巨乳に気付いたなぁ?」
「な、なんの話ですかねKさん……」
狼狽を笑顔で隠そうとする秋人を見るKの目は泥沼の中に浮かぶガラスの欠片のように輝いている。
「べつに隠さなくったっていいじゃーん。男が全員おっぱいに目が無いことくらい知ってるし何より哀歌の胸なんか地味にムカつくしくらい大きいし好きなだけ揉んじゃっていいよもう」早口でそんなことを言うがトンデモない。
秋人が片付けを止めKの方へ近づき「まだ酔ってるんだよ。部屋戻って寝てください」と言うと「酔ってないし起きてるし揉んでいいって!」と意味不明な返しをされたまらない。続けて「おなかへった」と一転無垢な声で言うので調子が狂いながら秋人は同時にアリサのことも思い出しとりあえず彼女たちの分と自分の分の朝御飯を作り始める。
昨日はバケットだったので今日はライスにする。冷蔵庫から冷凍された御飯を取り出して熱したフライパンに油少々とバターとをひいて炒める。隣のフライパンではベーコンを相当数入れてじっくり弱火で焼く。そのまた隣には3個の卵を投入しスクランブルエッグにする。焼いている間にほうれん草を軽く茹でトマトとパプリカをカットしそれぞれ揃えてツナを中央に配置しアンチョビを振りかけてサラダを完成させる。冷蔵庫から手製のドレッシングを取り出しとりあえずそれらを机へと持っていく。するとKがのそのそと移動してきてサラダをはむはむ食べ始めるので急いでライスとベーコンとエッグとを揃えた皿も持っていく。「Kはオレンジジュースだよね?」と言うとKはとても嬉しそうに笑うので注いでやる。「ありがと」と言ってKはそれを飲む。
ウィンナーを焼いて昨晩から用意してあったニンジンの冷製スープを人数分に分けたところで哀歌がにおいに目覚める。「あ、秋人くんにKおはよう」と言って眠たそうな目をこすりながらテーブルに座るので秋人は「おはよう」と返しながらもKが先ほどのことを言い出すのではないかと内心びくびくしているがKは存外何も言わずに食事を続けているのでほっとして哀歌には天然水を出す。「ありがと」と微笑んで飲む哀歌の胸にまた目がいきそうになるが我慢し、哀歌の分もプレートに置いて出す。哀歌は笑顔で頭を垂れるとゆっくりと手をつけ始めた。
サラダ好きのKが殆ど食べてしまいそうになるから今度はアボガドのサラダを作っているとアリサが部屋に入ってくるのでライスやその他を熱してアリサの分もテーブルに出す。「うひゃーアリサがもう起きてるよめっずらしー」と言うKの傍で秋人はアリサは先ほどと違ってクマのぬいぐるみを持っているのでおそらく一度部屋に戻って来たのだろうと考えるがそんなことに意味は無い。秋人はもう一度「おはよう」と言って大盛りのプレートとミルクを出す。「ありがと」と言って受け取ったアリサはやはり眠いのか難しい顔のままそれを飲み干す。すると美味しかったのか少し目が開く。
「あら。K、あなた少しお酒くさいわよ。また飲んでたの」とKに言う。
「哀歌とね。たいした量じゃない。それよりどうして早起き?」
「問題は量より頻度だと思うわ」
質問を無視するアリサにKはアリサではなくアリサの持つクマのぬいぐるみの目を何故かきっと見返す。
「ごめんねアリサ。私が誘ったの。寝付けなくて」
哀歌の台詞に一考したあと「ならいいわ」と言ってスープを飲みはじめるアリサにKが「なんでだよ!」と怒る。
はやくも騒がしい朝になってきたなと思いながら秋人は失笑する。しかし笑ってばかりもいられないのだとアリサの姿を見て思い出す。アボガドのサラダを整えながら秋人は訊いた。
「ウルキスは何だったって? アリサ」
アリサが秋人を見る。長い睫の下にある青と緑のオッドアイに吸い込まれそうな気持ちになる。頬は真っ白でかつふっくらしている。室内でも決して外さない唾の帽子にドレス調の服が相俟っていつ見てもアリサは人形のようだ。
アリサは秋人を見つめたまま口だけを動かして言った。
「……ルビドクがあと数日帰ってこないようなら、今度はわたしを送るって」
秋人は身構える。「ルビドクは失敗したのか?」思わず言ってしまう。
「成功はしていないだろうけれど、かといって失敗したというのも早計ね。生きて帰ってくれば分けよ」
「もちろん生きて帰ってくるだろうけど…、不思議だぜ。成功しない? あのルビドクが?」
秋人はその同僚の巧みな腕と戦闘力を思い返す。そうすると不思議でならない。一体どんなミッションでうまくいかないというのだろう。
「でもルビドクは甘いところもなかったではないわ」
そりゃそうだけど! 秋人はそう言いたいが口にはしない。隣でKが「なーんだへまったのかルビドクのやつ。ぷぷー」と言って笑い、そしてすぐにモガモガと口を押さえる。哀歌が睨んでいるので、おそらく哀歌の<the end of S>にかかったのだろう。「ひゃめりぇー」というくぐもったKの抵抗に哀歌がようやく視線を逸らし解除する。部屋には暫くKのぜぇぜぇいう息とアリサの食器とナイフとのぶつかる音と哀歌の極小さく咀嚼する音だけが響く。
するとそこに瑠奈が入ってくる。「ちーす」今日の瑠奈の髪の色は赤だった。ぞんざいに椅子に座ったあと「秋人ー。あたしフレンチトースト食べたいー」と言う。「おはよう」と返す秋人はそれでまた動き出し、食材を確認する。余裕で作れる。「ちょっと待ってろ」と瑠奈に言うと「うぃー」という返事と少し遅れて「好きだよ秋人ー」という声が届く。はいはい。いつもの瑠奈の軽い冗談なのにKは一瞬ぴくんと反応してしまうがとりあえずはそれに気付いた者はいないようで安心する。危ない危ない。
トーストを砂糖と牛乳と溶き卵とに浸ける頃に「おいしそうなにおいがするー」「するー」と言いながらアニマルファイターズ2号のテトラと3号のキャトルが眠そうな目を擦りながら部屋に入る。アニマルファイターズはとにかく甘いもののにおいを嗅ぎ付けるとどこからでもやってくるのだ。あらかじめ予測していた秋人はきちんと余分にトーストを用意してある。「おーう。でもきちんとサラダ一皿食べたらな」と言うとふたりは嫌そうな顔をしてぶーぶー言うが醤油ドレッシングで作ったアボガドサラダは美味しいらしく普通に食べ始めるし哀歌がまだ手のつけていないライスやウィンナーまで食べ始めるのでそれらも別途用意して出してやる。甘いものもそうだが基本的に食欲旺盛らしい。
Kや哀歌やアリサが食後の紅茶を飲んでいる頃になって梓が登場する。相変わらず不機嫌そうな顔をしている梓に秋人が「おはよう」というと顔を真っ赤にして何度も肯く。それは人に内気な大人しさを覚えさせる。しかし「梓はアップルジュースだよな」と言うと途端に「そうだけど何か!? はやくしなさいよねっ」と急かされるので秋人は少し焦る。それで出すと今度は上目遣いで小さく「あ、ありがとう…」と言われるので何だか一定ではない人物が梓である。
Kと哀歌が自室に戻り、アニマルファイターズと瑠奈がソファに移ってテレビを観始めると、アリサが大きな欠伸をして「寝なおすわ」と言って席を立つ。アリサが「12時に起こしてちょうだい」と残して去っていくと暫く来客が途絶えていたのでとりあえずテーブルに座ると正面に位置した梓がよくわからないことを早口で言うなり猛スピードで部屋から出て行ったので不思議に思いながら秋人も自分の分を食べていると凱が現れるのでまた立ち上がりウィンナーを焼き始める。「おはよう」秋人が言うと「おう」と返す凱は普段とは違い少し元気がない。「お前もきいてるよな? ルビドクのやつがやっちまったって」凱が言うので、秋人は頷く。
「あいつの今回の仕事は知ってるか?」凱のその問いかけの答えは知らない。彼らは基本的にメンバー間での仕事内容の吐露はしないのだ。
ソファに腰掛けてヘッドフォンで音楽を聴いている瑠奈の横顔を見ながら、秋人は答える。「いや、知らない。どんなんだ?」
すると凱は頬をポリポリと掻きながらこう答える。
「盗みだってよ。ちょっと面倒なところにある金庫の中身を盗ってこいってだけ。簡単そうに思えるけどなァ」
”ちょっと面倒なところ”。
”金庫”。
ふぅん。秋人は少々記憶を辿った。2年という数字が出た。我々<dead・end>はここ2年の間、ひとつも仕事をミスしていなかった。久々の突っ掛かりに、意識が集中力を殺がれて、長く焼きすぎる。しかし焦げたウィンナーも、凱のぞんざいな舌には全く美味しく頂かれた。




