Hside じゃんけん
(6)
腸の世界はいつだって薄暗い。あたりには血糊と到底身元の確認できそうにない骸と汚れた角材や雑多な工具とが散らばっている。その深部の壁には大きな金庫が埋まっている。大の男が立ち上がって手を伸ばしてようやく届くか否かの高い位置に大層大きな金庫が埋まっている。そして腸の世界にはそれを守る門番がふたりいる。
片方は來禅といい長い金髪を腰のあたりで結っている。顔には幾つかの傷が見られる。笑った顔が無邪気な男だが常にその身体に潜む暴力性を持て余している。最近は常に何かしらのトレンドを持っているが、昔から逆立ちだけは一貫して好きでよくしている。
もう片方はオズという。オズは一見すると武士のような風貌である。青い浴衣を着崩していて常に帯刀している。気分によっては竹帽子まで被っている。彼は金庫の下にどっしりと座り目を閉じて物を考えていることが多いが何を考えているのかはよくわからないしわかったからなんだということばかり考えていたりするのが彼である。
そしてオズは今日もまたよくわからないことを言い出す。
「じゃんけんをしよう」
唐突にオズが言う。
それまで無意味に3時間も逆立ちをしたままでいた來禅が顔を向ける。「は?」
「じゃんけんをしよう」
オズはいつも通り胡坐で腕を組み目を瞑っている。瞑ったまま話している。
「いいけどさぁ…」言いながら來禅は逆立ちを解除し弧切離弧切離と首を鳴らす。「どうしてまた?」
「私が思うに」普段通りのもったいぶった口調でオズは言う。「じゃんけんというものは中々興味深い」
「はぁ… そうか?」
「うむ」そこでようやくオズは目を開いて來禅を見る。
「私たちは暇を持て余しているな」
「おう」確認するかのようなオズの言葉に來禅は頷く。
「あのガキンチョとの約束でな」
「うむ。あのガキンチョとの約束で」
「……」「……」
黙るふたりの顔からは具体的な感情は読み取れない。
”あのガキンチョ”とは誰のことを指しているのだろうか。
…それはともかく、腸の世界に至るまでの彼らの日常は組み手によって形成されていた。
來禅とオズとの戦闘能力は全くの五分であり、バトルジャンキーと断ずるに行き過ぎない彼らはお互いが最良の暇潰しであった。
しかし今やその暇の潰し方はどうやらその”あのガキンチョ”のせいで封じられているらしい。
「それで考えたのがじゃんけんなわけ?」
「うむ」解せない様子の來禅に、オズは両の手を自らの前に出す。
「こう…、じゃんけんというのはだな。振り上げた拳を下ろすまでの間に三択を決定し場に出た記号で勝敗を決定するわけだ」
言いながら、オズは右手にぐー、左手にちょきを作ってみる。
「この場合は右手が勝つ」
「じゃんけんくらい知ってるよ」
「場に出るまで相手が何を出すのかわからないから、これは博打の一種といえる…」
「そうかな… うん」
「しかしだ」そこでオズは首を捻る。
「普通の人間がやるのならともかく、私たちの動体視力でなら、場に出すまでに相手の出す拳の形がわかるのではないか…」
「……ん?」
「また、私たちの反応速度ならば、相手の記号が読めた時点で、振り下ろすまでに自らの手を変更できるのではないかと思ってな…」
「……んんん?」
來禅も首を傾げる。
そして少しの沈黙が訪れる。
來禅が言う。
「オレら今までじゃんけんしたことなかったっけ」
「おそらくない」オズはそう即答する。
「そうだったっけ…」來禅は頭上を見る。「獲物を取るのとかって完全に順番制だったかな」
「とにかく、やってみればわかるだろう」
そう言ってオズは立ち上がり、右手で空を掴む仕草をする。
來禅は目を細めて向き合う。
そしてこういうときはきちんと都合よく百蛇の方面から突風が届く。
ヒュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……
「やってみるか」
來禅も右手を前に構える。久しぶりに緊張を感じていた。それはオズも同様だった。
空気が変容し始める。彼らの放つ無言の威嚇に空気が踊り始める。
どんな形であれ彼らがこうして対峙するのは一年弱ぶりのことだった。
來禅は考える。自分の手でシミュレートをして考える。――もしもちょきが出るのなら、拳は中途で人差し指と中指とが出張る。ぱーが出るのなら、拳全体が緩む。ぐーならば不動だ。
相手の手を読んでこちらの手を換えるならばはじめはぐーにしておくのが最も臨機応変で良いだろうとそう考える。
(とりあえず、最初はぐーだ…)
そしてその言葉は來禅にある疑問を呼ぶ。
「なぁ」と來禅が問い掛ける。
「なんだ」
「どうして”さいしょはぐー”っていうんだ? じゃんけんするときって」
「……」
オズは少々考えてから言う。
「最初がぱーだったらなんか面倒だろ…」
「……なるほど」
確かに。
それが本当に由来なのかはわからないがとりあえず納得をする。
そして再度向き合う。
空気は度々彩られることがある。とはいえその色取りは必ずしも外面から内部を探れるものとは限らない。この時彼らを纏っていた空気は不思議な気色をしており、その中に詰まっているだろう感情は多岐に渡り不明瞭だったが、とにかくも最も比重の強い感覚は戦闘における高揚に近いものだった。つまり彼らはこの時ばかりは熱中し暇を忘れていたのである。
二人は同時に言う。
「さいしょはぐー」
じり、と構える二人の視線は互いの右手に向いている。
彼らはどちらも相手の拳の流動とその変移を捉えきる自信があった。
両者は共に久方ぶりの高揚感を胸に秘止秘止と感じていた。
「じゃんけん…っ」
そして――
ポン、と出されるはずの音は ――何故か、ボン!、だった。
遥か先、百蛇の方面から、鋭い爆発の音が響いた。
「は??」
前触れのないことに二人は一斉にそちらを注視する。來禅は目を凝らし百蛇の様相を確認する。際立った変化は無い。ただ僅かに煙が舞っていることは判る。
煙?
それは熱膨張と不完全燃焼が齎すものである。腸の世界においては人為的にしか発生しないものだ。
「……来客か」
オズが呟く。來禅は頷く。
二人の顔はどことなく暗い。少々の苛立ちまで感じているように見受ける。
(せっかくのいい時に…)
ちなみに、彼らの門番史上において来訪を歓迎されなかったのは今までもこれからもこの時にやってきた爆弾使いだけである。




