Hside 閃光
(5)
オズは暫くそのままにしていたが埒が明かないことを悟るとふーっと長い息を吐いて呼び掛けと歩みを止めた。静かに目を閉じたのはおそらく一秒か二秒。次に開いた時には右手が業物”暁”の鞘を握っていた。
「あまり無駄に体を動かしたくはないんだがな」
そう呟くと細い切れ目をさらに尖らせて百蛇の無数の穴を俯瞰する。
穴の奥から突風が吹く。オズの着る和服(しかしその軽さは殆ど浴衣)の胸部分がはためく。
「世話のかかる連中だ…」
オルトロスらは騒ぐことを完全に止めオズの挙動に注視していた。
人に限らず全ての命は常に終る可能性を持っている。それは自明のことであり我々はそのような潜在的過酷の中で生を転がしている。しかしその事実を常に自覚しているわけでは勿論ない。大抵の生命体は明日を夢見て睡眠を取る。そこには生物全体に宿る普遍的平和性が在る。が、今この瞬間はオルトロスらにとってはその限りではなかった。
この時ほど彼らが哀しい生の本質を身に感じ取ったことはあるだろうか。生とはつまり閃光なのだ。閃光のような一瞬を生命は飛び越え飛び越え永らえているのだ。それは断続的なものであり決して連続はしていない。常に断たれ得るのである。
次の瞬間には死んでいるという状況がこの時彼らにとってはまるで現実なのだった。
「●」
そして現に永遠のブラックアウトを知り血飛沫を吹かせたのはオルトロスの群れの中の二匹だった。
オルトロスらは何が起こったのかが理解できない。
オズが一瞬だけ消えたことは彼らの動体視力で何とか判ったたがその次の瞬間――まさに瞬間・「一瞬」後には――二頭のオルトロスの死体を携えて同じ場所に居たことに対する理解までは回らない。
どうやった? という疑問すらわいてこない。
オズの放った閃光に未だ心が奪われ拘束されている。
チャキンと音がする。オズが暁の刀身を鞘に仕舞った音である。
オズはふんと鼻をならし傍に落ちている二頭の死骸を一瞥するとその首根っこを存外に持ち上げのそのそとその場を離れていった。
体を強張らせていたオルトロスらが再び動き出すことが出来たのは丸一刻後のことだった。
斬られなかったオルトロスまでもがその身に刃を感じ取っていたのだ。精神的不安は彼らを緊張というに酷すぎる疲労を残していた。おそらく彼らは暫くは安眠できない。
來禅は百蛇の方角から近付いて来る音を敏感に察知して身構えたがすぐに解除した。その強さを感じ取りその強さが既知のものであると知りそれがオズにしか出せないものだということを理解しているからである。
腸の世界の中央部(アラウンド金庫30メートル)の明るい部位にオズが姿を現す。肩に二頭のオルトロスを抱いている。
「おーっ お疲れだにゃー」
そう言う來禅は既に火を作っている。
オズは肯くとオルトロスを來禅の方へ投げる。するともうオルトロスは口から尻まで角材で貫かれた状態で焚き火の上に設置されている。全く彼らの手さばきは早すぎる。
オルトロスの丸焼きの味は大層酷かった。
食後、來禅とオズは壁に埋め込まれた金庫の真下の定位置に座りながら口の中をモガモガと動かしていた。奇妙な後味が離れなかった。
「最近あいつら来ないなー」
爪楊枝を口先で弄びながら來禅が呟く。「諦めちゃったってことはないよなー」
あいつらとはこの金庫を狙う人々のことであり、同時に今もそこらに転がっている死骸連中のことでもある。
オズはいつもように目を瞑って黙祷の姿勢を取っているが今はきちんと來禅の話をきいているらしい。「私は別に諦められても構わないんだがな」と來禅に返す。
「あいつら弱いから?」
「……」
沈黙は必ずしも肯定を意味しない。來禅はふぅんと口を尖らせる。
「うそつけよ。じゃあ今度から全部オレ一人でやっちゃっていいのかにゃ?」
「そうとは言ってない」
「ほらやっぱりやりたいんだ」
「……」
黙ったまま座り込むオズは実は先ほどの狩りの際の運動により少し火を点けてしまっている。その火照りを感じながらオズは内心で來禅の感想に酷く共感している。オズも来客を望んでいた。
來禅は「よっ」という掛け声と共に片腕で逆立ちをする。結んだ長い髪が地面にふぁさりとかかる。
「あくまでオレの予感なんだけどさー」來禅は言う。
「そろそろもう少しマトモなのが来ると思うんだよにゃー」
その瞳は百蛇の方を眺めている。深い黒色の瞳には口調とは裏腹に希望や光などは見出せないがその理由が何故かはわからない。いつの間にか彼の語尾ににゃーが定着しつつある理由もわからない。
実はオズも同じように百蛇の方を向いている。オズはまたもや來禅の意見に賛同している。口にはしないが。
二人は次なる刺客をこうして待ち続けているのだ。
「その猫口調をやめろ」
そして唐突にオズは言う。
「にゃんで?」來禅が疑問する。
「気色悪いからだ」
そう言うオズの口元は少し緩んでいてそっちの方が気色悪いと來禅は内心思う。




