Hside 食事
(2)
いつ寝たのか定かではなくいつ目覚めたのかも不明瞭だった上にそもそも睡眠を取っていたのどうかかまでよくわからないが、とにかくその日先に四肢を動かしたのは來禅の方だったし先に口を開いたのも彼だった。
何の前触れもなく來禅はひょいと逆立ちをし、「魚のモノマネ」と言った。
それに対しはじめオズは一切の反応をしなかったが三十分ほどして
「それじゃトラだろ……」
とボソリと感想を吐いた。
また暫くして來禅は「だよな」と言って逆立ちを解いた。
「…………」「…………」
刻々と時間の過ぎた後、急に彼らは同時に「アハハハハハ」と笑い出した。目は笑っていなかったし口も微動だにしなかったがどこからか出ているふたりの笑い声が腸の世界に木霊した。
擁護のために書いておくが彼らは今現在精神的トランス状態というか連日の勤務の末に思考力が著しく低下している。
単純にいえば疲れているのだ。
しかし、彼らの任は金庫を守ることだがこのような密室、腸の世界、に長時間あってはひょっとしたら自分たちの方が金庫の中にいるのではないかもしそうならば守るべき金庫に守られているとは自分は一体何なのかと錯覚し混乱してしまうこと必至であり、そんな常人なら発狂確定の条件においてこの程度で済んでいるとは寧ろ彼らの精神力に恐れ入るべきなのだ。
何せ彼らの駐屯は本日付で34日目に突入しているのである。
暗い中で、たった二人。
勤務している。
「時に來禅よ」
座禅を組み目を閉じたままオズが話しかけた。
「なんだ?」
通算44周目になる雑誌から目を離し、來禅が応える。
「いい加減腹が空かぬか」
「腸の世界」のどこか近くで、水が一滴零れ落ちる。
ぴちょーん。
…沈黙が流れる。
「空いたのか? オズ」
「空いた……気がする」
「空いたんだな?」
「かもしれない」
「空いたんだろう」
「そういうこともあり得る」
「……正直に言えよ」
「…………くるっくー」
「なんだそれ」
「鳥のマネ」
「…………」
「…………」
「……にゃー」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ねこのマネ」
「…………」「…………」
ふたりは俯いた。
グゥ~とどちらかの腹が鳴る。
彼らはもう丸3日何も口にしていない。
食事。
彼らにとって食事は切実な問題である。彼らは基本的に質より量の大喰らいだがそれでもある程度の水準の美食は求める。
とはいえこの腸の世界。
「上」から調達してきたストックの食料が尽きると状況は悲惨なものになる。
彼らは決して馬鹿ではないが実のところをいうと馬鹿なので本来ならば滞在につき充分なだけの食料を計画通りにダイジェストしていかないから用意した食料は大体一週間もしないうちに切れるしそうなると「奴ら」が腸の世界に入るために通る「百蛇」と呼ばれるルートに住む動物とも魔物とも知れない生物を幾体か狩って食わなければならなくなるのだ。
しかし美食。
そんな生物を焼いて食べるのは美食とは程遠い。
なので彼らは食料が尽きると食事から敬遠する姿勢をとる。まさに今がそうだ。
そしてその空腹感が彼らの精神的トランス状態に拍車をかけているのは悲しい事実だ。
時を追うにつれ判断力が鈍っていく。…
來禅とオズは顔を見合わせると神妙に頷いた。
「仕方ない」
「行くか」
いくら不動を貫くことで消費カロリーを抑えているにせよ3日も絶食状態であるのは耐えかねる。
オズは首の骨をポキポキと鳴らして言った。
「前回狩りに行ったのはどちらだったか」
來禅が答える。
「確かオレだ」
「では今度は私が行こう。留守を頼む」
オズは重い腰を上げると自らの武器である業物"暁"を携え、よろよろと歩き出した。
「御要望は? 客人」
「肉」
來禅は即答する。
「かしこまった」
言いながら、「百蛇」へ向かうオズは闇に姿を消した。
残された來禅は虚ろな目で「がんばってにゃ~」とつぶやいた。
にゃ~は今の彼のトレンドなのかもしれない。




