Hside 腸の世界
(1)
何時だったか、腸の世界、と彼らの内のどちらかが呼称してから、「そこ」はそう呼ばれるようになった。腸の世界。世界……「世界」とは言うものの「そこ」はそんなには広くない。しかし狭いと言い切れるほどに狭くもない。正直に言うと正確にはよくわからないから実はどうこう言えない。比較が悪いのなら言いなおせばいいかもしれないからそうするが世界という言葉を伴うならば間違いなく狭い。しかし部屋という言葉を伴うならば間違いなく広い。まあまあ。「そこ」はそれくらいの規模だ。
「そこ」は単純な言い方をすれば地下室ということになる。空気は汚れていてとても衛生が悪く薄暗い。血糊が張り付いていたり右腕だか左腕だかだけがコロンと落ちていたりする。当然においもする。ゆえに、腸の世界?
この場所への行き方は判明しているだけで36通りある。無数に及ぶ蛇道の末に行きつくのがここだ。そしてこの世界に駐屯している彼らだけが楽に地上と行き来できる方法を知っているがそれは「奴ら」には知られてはいないしこの先も知られてはいけない。
彼ら彼らと言うが彼らはすぐそこにいる。ふたりのおとこ。壁に背をあてて座り込んでいる。とても暇そうである。
來禅は雑誌を広げてはいるが読んでいない。それはもう43回も読んでしまったから下手をすると次のページが何をどう宣伝しているかそっくりそのまま暗唱できるかもしれないくらいでありそんな雑誌は読むだけ無駄である。手持ち無沙汰なので広げているだけだ。
オズは目を閉じているが寝てはいない。おそらく何か考え事をしている。涼しい顔の下で何を考えているかはわからないがわかったところでだからなんだというようなことばかり考えているのが彼である。
來禅とオズ。このふたりが腸の世界の門番だ。
彼らが背を任せている壁には巨大な金庫が埋め込まれている。それを守るのが彼らの役目なのだ。
そのまま数時間が経過して、突然來禅が口を開く。
「ごろごろにゃ~」
この発言に意味はない。別に彼はごろごろもしていないし猫のような人間でもない。さらにいえば彼が語尾ににゃ~とつけたのは彼の人生史において今が初である。
「にゅん!」
カッと目を見開いてオズがそう応える。当然これにも意味はない。
そしてオズはすぐにまた目を閉じて何かの考え事にうつった。
今日の会話というか発声はこれくらいだった。
彼らは疲れていた。精神的に。




