盗まれた死体
ここから文体に口出ししてみました
第九話
盗まれた死体
パン屋の地下アジトを襲撃してから三日後。レアニス本部の机の上には、これまで回収した資料が山の
ように積み上げられていた。猫密売組織、花屋の暗号通信網、誘拐事件、転移者を狙う窃盗団、そして
楽園計画。別々に見えた事件は少しずつ一本の線で結ばれつつあったが、その中心だけが未だ霧の中に
隠れている。
カールは椅子へ深く腰掛けながら地図を睨んでいた。王都各地へ赤い印が付けられている。その大半は既に潰した拠点だ。しかし東部森林地帯にある《第一保管施設》だけは依然として正体不明だった。
「難しい顔してんな」
ソファに寝転んだカレンが退屈そうに言う。
「考えるのは趣味じゃないだろ」
「撃つ前には考える」
「私は殴る前しか考えねぇ」
「大差ない」
カールは資料を閉じた。こういう時はいくら考えても進展しない。新しい情報が必要だった。
ちょうどその時、本部の扉が開いた。入ってきたのは王都中央墓地の管理者を務める老人だった。
顔色は悪く、数日まともに眠れていないことが一目で分かる。
「助けてください」
老人はそう言って深々と頭を下げた。
「死体が盗まれているんです」
カールは眉をひそめた。
「墓荒らしか?」
「最初はそう思いました」
老人は震える手で数枚の報告書を差し出した。
「ですが違うんです。棺だけじゃありません。墓石ごと、墓そのものが消えているんです」
部屋の空気が変わった。
来夏が報告書を覗き込み、セレンもその横から目を通す。写真には確かに空き地だけが写されていた。
掘り返された跡すらほとんど残っていない。
「何基だ?」
カールが尋ねる。
「一週間で三十七基です」
冗談のような数だった。
「三十七?」
来夏が目を丸くする。
「そんなに盗めるの?」
「普通なら無理だな」
カールは静かに答えた。
「だから調べる価値がある」
その日の午後、レアニスは王都中央墓地へ向かった。
丘の上に広がる墓地は静寂に包まれていた。風の音しか聞こえない。
だがカールは到着してすぐ違和感を覚える。消えた墓の周辺だけ土の色が微妙に違っていた。
しゃがみ込み、指先で地面を触る。
湿り気。
土の硬さ。
草の潰れ方。
軍人時代から培った観察癖が自然と情報を拾い上げていく。
「何か分かった?」
来夏が後ろから覗き込む。
「運び出してるな」
カールは墓地の奥を指差した。
「それもかなりの重量物を」
地面には僅かな轍が残されていた。普通の人間なら見落とす程度だが、彼には十分だった。
墓石。
棺。
遺体。
全てまとめて運搬した痕跡である。
さらに周囲を調べていたカールは、小さな黒い金属片を拾い上げた。手の中で転がしながら観察する。
「どうだ?」
カレンが尋ねる。
「厄介だな」
「何がだ」
「これ、転移者の工具だ」
全員の表情が変わった。
異世界ではほとんど見られない加工技術だった。
「また転移者か」
セレンが呟く。
「最近多くない?」
「多すぎる」
カールも同感だった。
そして転移者の裏には毎回楽園計画の名前があった。
その日は墓地全域へ監視装置を設置することになった。
もちろん異世界の魔道具ではない。
カールが持ち込んだ廃品を改造した自作装置だった。
壊れた懐中時計。
細い金属線。
鈴。
反射板。
見た目だけならガラクタだが、侵入者があれば即座に反応する。
「毎回思うけど便利だな」
セレンが感心する。
「アメリカの科学力だ」
「意味は分かるけど分からない」
来夏が呆れた。
その夜。
墓地は濃い霧に包まれていた。
カール達は近くの監視小屋から様子を見張っている。
時刻は深夜を回った頃だった。受信装置が小さく反応を示す。
「来た」
カールの声と同時に全員の表情が引き締まる。
墓地の北側。
十数人の黒ローブの集団が姿を現した。
彼らは慣れた動きで墓石へ近付き、何かの儀式を開始する。
すると地面が震え始めた。
「まさか」
来夏が息を呑む。
墓が崩れる。
土が盛り上がる。
そして次の瞬間、白骨化した腕が地中から飛び出した。
「死霊術師か」
カールが低く呟く。
地面から次々に骸骨のモンスター、スケルトンが現れる。十体、二十体、三十体。数が多い。
しかも全て武器を持っていた。
「面倒だな」
カールはライフルを構える。
「どうする?」
セレンが聞く。
「いつも通りだ」
その瞬間、カレンが笑った。
「待ってました!」
狂犬女王が一直線に飛び出す。
最初に接触したスケルトンの胸骨へ拳を叩き込み、そのまま上半身ごと粉砕した。
さらに回し蹴りで二体目を吹き飛ばし、空中に浮いた骨格へ追撃の肘打ちを叩き込む。
骨片が雨のように散るが、本人は全く気にしていない。
「ヒャハハハハッ!」
心底楽しそうだった。
一方、ティナは静かに両手を地面へ向ける。
「《ロータス・クイーン》」
土を突き破って現れた巨大な蔦がスケルトン達を一気に拘束する。
植物は生き物のように蠢きながら骨を締め上げ、音を立てて砕いていく。
逃げ場を失った敵は次々と地面へ沈んでいった。
来夏は《メビウス・ゲート》を発動し、墓石と墓石の間へ瞬時に通路を作り出す。そこへ飛び込んだ彼女は死角から敵集団へ接近し、鋭い回し蹴りで頭蓋骨を粉砕した。さらにゲートを利用して位置を変え、別の敵へ攻撃を叩き込む。その動きは戦場を跳ね回る弾丸そのものだった。
セレンも前へ出る。
「ワタシはお前を殺す!」
珍しく興奮していた。
《ザ・ミラーズ》が発動し、突撃してきたスケルトンの身体が上下左右反転する。
平衡感覚を失った敵が転倒した瞬間、容赦ない蹴りが頭部へ炸裂した。
カールは全体を観察していた。
敵の位置。
死霊術師の数。
指揮系統。
戦場ではまず頭を潰す。
その原則は異世界でも変わらない。
スコープ越しに一人の男を捉える。
豪華なローブを纏った護衛付き。
明らかに指揮官だった。
「いたな」
呼吸を止める・・・引き金を引く。
銃声が響き、弾丸が夜空を切り裂いた。
次の瞬間、指揮官の頭部が後ろへ弾け飛ぶ。
すると異変は即座に現れた。
スケルトン達の動きが止まる。
武器を落としその場に崩れ落ちる。
「親玉か」
カールはライフルを下ろした。
戦闘は十分ほどで終わった。
生き残った死霊術師達は拘束され、馬車の中から大量の資料が発見される。
その中には人体実験の記録や輸送計画書も含まれていた。
そして全員の視線が一枚の書類へ集まる。
《第一保管施設搬入記録》
そう書かれていた。
ページをめくる。
死体。
孤児。
転移者。
薬品。
全ての搬送先が同じ場所になっている。
「やっと掴んだな」
カールが静かに言う。
その言葉にカレンは獰猛な笑みを浮かべた。
「次は決まりだ」
彼女は立ち上がる。
「第一保管施設をぶっ潰す」
これまで追い続けてきた事件が、ようやく一つの場所へ繋がった瞬間だった。
そしてレアニスはまだ知らない。
その施設の奥で待っているものが、王国そのものを揺るがす真実であることを。




