毒葡萄
第十話
毒葡萄
墓地で回収した資料によって、《第一保管施設》という名前はレアニスにとって最優先目標になっていた。しかし、敵も馬鹿ではない。死霊術師達が持っていた文書は途中で焼却処理されており、肝心の施設の正確な位置までは記されていなかった。
結局のところ、また地道な調査に戻るしかない。
カールはそう結論付けていた。
本部の応接室では回収した資料が机一杯に広げられている。花屋の通信記録、パン屋の暗号表、誘拐事件の関係者名簿、死霊術師達の輸送ルート。それらを一つ一つ照らし合わせながら、共通点を探していた。
そんな中、カレンは窓際で葡萄酒を飲みながら優雅に葡萄を食べていた。
「美味ぇ」
「緊張感って知ってるか?」
カールが聞く。
「知ってる」
「どこに置いてきた」
「家じゃね?」
全く反省していなかった。
その時、受付係が慌ただしく部屋へ入ってくる。
「緊急依頼です」
珍しく表情が固い。
応接室の空気が少し変わる。
「毒殺事件が発生しています」
依頼人は王都商業連合だった。
王国経済を支える大商人達の集まりである。
彼らが持ち込んだ資料には、ここ一ヶ月で発生した不可解な死亡例がまとめられていた。
被害者は三十七人、全員が急性中毒で死亡している。
「毒物の種類は?」
カールが尋ねる。
「特定できていません」
商会の代表者が答える。
「共通点は一つだけです」
そう言って机の上へ一本の葡萄酒を置いた。
「全員が死亡前にこの銘柄を飲んでいました」
部屋の空気が冷たくなる。
「つまり毒入りってことか」
来夏が呟く。
「ええ」
代表者は頷いた。
「しかも流通経路を調べても何も出てこない。王国の検査機関でも毒物は発見できませんでした」
「検査をすり抜ける毒か」
カールは酒瓶を手に取った。
ガラス。
栓。
ラベル。
どれも高品質だが違和感がある。
軍時代、彼は化学兵器対策訓練も受けていた。その経験が警鐘を鳴らしている。
「怪しいな」
「何が分かった?」
セレンが聞く。
「分からん」
カールは正直に答えた。
「だが何かある」
結局いつもの勘だった。
まず被害者全員の購入経路を調べることになった。
丸一日掛けて整理した結果、一つの名前が浮かび上がる。
《ヴィンス商会》
王都では中規模程度の流通業者だった。
特別有名でもなければ特別怪しくもない。
だが被害者達が購入した葡萄酒は、必ずそこを経由していた。
「黒だな」
カレンが即答する。
「早いな」
「怪しいからだ」
「雑すぎる」
もっともカールも同じ結論へ辿り着いていた。
偶然にしては重なりすぎている。
問題は証拠だった。
翌日。
レアニスはヴィンス商会の監視を開始した。
王都南部の倉庫街にあるその施設は、一見するとごく普通の流通拠点だった。
荷馬車が出入りし、労働者が荷物を運び、酒樽が積み上げられている。
しかしカールには不自然に見えた。
警備の配置。
見張りの位置。
巡回間隔。
それらが商会としては過剰だったのである。
「兵士上がりがいるな」
双眼鏡を覗きながら呟く。
「分かるの?」
来夏が聞く。
「あいつら立ち方が軍人だ」
「そんなこと分かるの?」
「分かる」
理解されなかった。
夕方になると、倉庫の様子が変わり始める。
昼間は動かなかった特定の樽だけが地下へ運び込まれていた。
そしてその時に限って警備が増える。
「面白くなってきたな」
カールは小さく笑った。
「完全に秘密がある」
「潰すぞ」
カレンが拳を鳴らす。
「待て」
「またか」
不満そうだった。
「証拠を押さえる」
「面倒臭ぇ」
だが今回は素直に従った。
深夜。
倉庫への潜入が始まる。
カールは工具箱を開き、いくつかの金属部品を取り出した。
「また超変なの作るのか」
来夏が言う。
「今回は盗聴器だ」
壊れた懐中時計を分解し、内部へ超小型の受信装置を組み込んでいく。
異世界人には理解できない技術だったが、アメリカでは何度も使った手法だった。
十分後には立派な盗聴器が完成していた。
「便利だな」
セレンが感心する。
「だからアメリカは偉大なんだ」
「話が飛躍してる」
来夏が呆れる。
盗聴器を設置してから三十分後。
ようやく収穫があった。
『今日の分を運べ』
地下室から声が聞こえてくる。
『楽園計画本部から急げと言われている』
レアニス全員の表情が変わった。
「まただ」
ティナが呟く。
「どこにでもいる」
楽園計画。
またそのキーワードだった・・・さらに会話は続く。
『第一保管施設の在庫も足りない』
『転移者用サンプルも不足している』
『毒薬の出荷を優先しろ』
カールは録音装置を操作しながら顔をしかめた。
転移者。
毒物。
第一保管施設。
全部繋がっている。
「当たりだな」
「当たりだ」
カレンの笑顔が獰猛になる。
「よし」
立ち上がる。
「殴る」
「今度は止めない」
カールもライフルを構えた。
次の瞬間、地下倉庫の扉が吹き飛んだ。
正面から突入したカレンが警備員を殴り飛ばし、そのまま敵集団へ突撃する。迎撃に出た男達はまともに反応できなかった。拳が振るわれるたびに人間が吹き飛び、棚や樽へ叩き付けられていく。
ティナも《ロータス・クイーン》を発動し、床下から伸びた植物で敵を拘束する。蔦は生き物のように動き、逃げようとした男達を容赦なく地面へ押さえ付けた。
来夏は《メビウス・ゲート》を利用しながら戦場を駆け回る。壁と天井を利用した立体機動で敵の背後を取り、鋭い蹴りを叩き込む。
セレンもまた格闘術で敵を制圧しながら、《ザ・ミラーズ》で武器の軌道を狂わせていた。
一方のカールは後方から状況を観察していた。
誰が指揮官か。
誰が逃亡経路を知っているか。
誰が一番重要か。
その答えはすぐに見つかった。
地下通路へ向かって走る男がいる。
高級な服装に護衛付き。
明らかに責任者だった。
「いたな」
引き金を引く。
銃声が響く。
男の肩が弾け飛び、そのまま床へ転がった。
「動くな」
カールはゆっくり近付く。
「楽園計画について話せ」
男は血を吐きながら笑った。
その笑顔を見た瞬間、嫌な予感がした。
「遅い」
次の瞬間。
男は奥歯に仕込んでいた毒を噛み砕いた。
「チッ」
カールが舌打ちする。
また口封じだ。
しかし今回は無駄ではなかった。
地下室の最奥から回収された資料の中に、一冊だけ異質な書類が混じっていたのである。
そこには大量の関係者名と取引記録が記されていた。
そして、その中に一つの名前を見つけた瞬間、カレンの動きが止まった。
「……は?」
誰もが彼女を見る。
書類に記されていた名前。
《ギルバート・オルタニア》
カレンの父親。
王国最大級の麻薬王。
そして彼女が最も嫌う男だった。
カレンは無言で資料を握り潰した。
いつもの狂犬の笑みではない。
怒りだった。
楽園計画は、ついにレアニスの誰かの過去へと手を伸ばしたのである。




