↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/45

毒葡萄

 第十話

 毒葡萄


 墓地で回収した資料によって、《第一保管施設》という名前はレアニスにとって最優先目標になっていた。しかし、敵も馬鹿ではない。死霊術師達が持っていた文書は途中で焼却処理されており、肝心の施設の正確な位置までは記されていなかった。

 結局のところ、また地道な調査に戻るしかない。

 カールはそう結論付けていた。

 本部の応接室では回収した資料が机一杯に広げられている。花屋の通信記録、パン屋の暗号表、誘拐事件の関係者名簿、死霊術師達の輸送ルート。それらを一つ一つ照らし合わせながら、共通点を探していた。


 そんな中、カレンは窓際で葡萄酒を飲みながら優雅に葡萄を食べていた。




「美味ぇ」




「緊張感って知ってるか?」




 カールが聞く。




「知ってる」




「どこに置いてきた」




「家じゃね?」




 全く反省していなかった。




 その時、受付係が慌ただしく部屋へ入ってくる。




「緊急依頼です」




 珍しく表情が固い。

 応接室の空気が少し変わる。




「毒殺事件が発生しています」




 依頼人は王都商業連合だった。

 王国経済を支える大商人達の集まりである。

 彼らが持ち込んだ資料には、ここ一ヶ月で発生した不可解な死亡例がまとめられていた。

 被害者は三十七人、全員が急性中毒で死亡している。




「毒物の種類は?」




 カールが尋ねる。




「特定できていません」




 商会の代表者が答える。




「共通点は一つだけです」




 そう言って机の上へ一本の葡萄酒を置いた。




「全員が死亡前にこの銘柄を飲んでいました」




 部屋の空気が冷たくなる。




「つまり毒入りってことか」




 来夏が呟く。




「ええ」




 代表者は頷いた。




「しかも流通経路を調べても何も出てこない。王国の検査機関でも毒物は発見できませんでした」




「検査をすり抜ける毒か」




 カールは酒瓶を手に取った。




 ガラス。


 栓。


 ラベル。


 どれも高品質だが違和感がある。

 軍時代、彼は化学兵器対策訓練も受けていた。その経験が警鐘を鳴らしている。




「怪しいな」




「何が分かった?」




 セレンが聞く。




「分からん」




 カールは正直に答えた。




「だが何かある」




 結局いつもの勘だった。

 まず被害者全員の購入経路を調べることになった。

 丸一日掛けて整理した結果、一つの名前が浮かび上がる。


 《ヴィンス商会》


 王都では中規模程度の流通業者だった。

 特別有名でもなければ特別怪しくもない。

 だが被害者達が購入した葡萄酒は、必ずそこを経由していた。




「黒だな」




 カレンが即答する。




「早いな」




「怪しいからだ」




「雑すぎる」




 もっともカールも同じ結論へ辿り着いていた。

 偶然にしては重なりすぎている。

 問題は証拠だった。


 翌日。


 レアニスはヴィンス商会の監視を開始した。

 王都南部の倉庫街にあるその施設は、一見するとごく普通の流通拠点だった。

 荷馬車が出入りし、労働者が荷物を運び、酒樽が積み上げられている。

 しかしカールには不自然に見えた。


 警備の配置。


 見張りの位置。


 巡回間隔。


 それらが商会としては過剰だったのである。




「兵士上がりがいるな」




 双眼鏡を覗きながら呟く。




「分かるの?」




 来夏が聞く。




「あいつら立ち方が軍人だ」




「そんなこと分かるの?」




「分かる」




 理解されなかった。




 夕方になると、倉庫の様子が変わり始める。

 昼間は動かなかった特定の樽だけが地下へ運び込まれていた。

 そしてその時に限って警備が増える。




「面白くなってきたな」




 カールは小さく笑った。




「完全に秘密がある」




「潰すぞ」




 カレンが拳を鳴らす。




「待て」




「またか」




 不満そうだった。




「証拠を押さえる」




「面倒臭ぇ」




 だが今回は素直に従った。


 深夜。


 倉庫への潜入が始まる。


 カールは工具箱を開き、いくつかの金属部品を取り出した。




「また超変なの作るのか」




 来夏が言う。




「今回は盗聴器だ」




 壊れた懐中時計を分解し、内部へ超小型の受信装置を組み込んでいく。

 異世界人には理解できない技術だったが、アメリカでは何度も使った手法だった。

 十分後には立派な盗聴器が完成していた。




「便利だな」




 セレンが感心する。




「だからアメリカは偉大なんだ」




「話が飛躍してる」




 来夏が呆れる。


 盗聴器を設置してから三十分後。


 ようやく収穫があった。




『今日の分を運べ』




 地下室から声が聞こえてくる。




『楽園計画本部から急げと言われている』




 レアニス全員の表情が変わった。




「まただ」




 ティナが呟く。




「どこにでもいる」




 楽園計画。


 またそのキーワードだった・・・さらに会話は続く。




『第一保管施設の在庫も足りない』




『転移者用サンプルも不足している』




『毒薬の出荷を優先しろ』




 カールは録音装置を操作しながら顔をしかめた。




 転移者。


 毒物。


 第一保管施設。


 全部繋がっている。




「当たりだな」




「当たりだ」




 カレンの笑顔が獰猛になる。




「よし」




 立ち上がる。




「殴る」




「今度は止めない」




 カールもライフルを構えた。


 次の瞬間、地下倉庫の扉が吹き飛んだ。


 正面から突入したカレンが警備員を殴り飛ばし、そのまま敵集団へ突撃する。迎撃に出た男達はまともに反応できなかった。拳が振るわれるたびに人間が吹き飛び、棚や樽へ叩き付けられていく。


 ティナも《ロータス・クイーン》を発動し、床下から伸びた植物で敵を拘束する。蔦は生き物のように動き、逃げようとした男達を容赦なく地面へ押さえ付けた。


 来夏は《メビウス・ゲート》を利用しながら戦場を駆け回る。壁と天井を利用した立体機動で敵の背後を取り、鋭い蹴りを叩き込む。


 セレンもまた格闘術で敵を制圧しながら、《ザ・ミラーズ》で武器の軌道を狂わせていた。


 一方のカールは後方から状況を観察していた。


 誰が指揮官か。


 誰が逃亡経路を知っているか。


 誰が一番重要か。


 その答えはすぐに見つかった。

 地下通路へ向かって走る男がいる。

 高級な服装に護衛付き。

 明らかに責任者だった。




「いたな」




 引き金を引く。


 銃声が響く。


 男の肩が弾け飛び、そのまま床へ転がった。




「動くな」




 カールはゆっくり近付く。




「楽園計画について話せ」




 男は血を吐きながら笑った。




 その笑顔を見た瞬間、嫌な予感がした。




「遅い」




 次の瞬間。


 男は奥歯に仕込んでいた毒を噛み砕いた。




「チッ」




 カールが舌打ちする。




 また口封じだ。

 しかし今回は無駄ではなかった。

 地下室の最奥から回収された資料の中に、一冊だけ異質な書類が混じっていたのである。

 そこには大量の関係者名と取引記録が記されていた。

 そして、その中に一つの名前を見つけた瞬間、カレンの動きが止まった。




「……は?」




 誰もが彼女を見る。

 書類に記されていた名前。




 《ギルバート・オルタニア》




 カレンの父親。

 王国最大級の麻薬王。

 そして彼女が最も嫌う男だった。




 カレンは無言で資料を握り潰した。

 いつもの狂犬の笑みではない。

 怒りだった。




 楽園計画は、ついにレアニスの誰かの過去へと手を伸ばしたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。