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炎の街

 第十一話

 炎の街


 ギルバート・オルタニアという名前が発見されてから三日が過ぎていた。


 レアニス本部にはいつも通りの空気が流れているように見えたが、カールには違いが分かっていた。カレンが苛立っている。普段なら仕事がないことに文句を言い、暇潰しに誰かへ絡みに行く。しかし最近は違った。応接室の窓際に座り、外を眺めたまま黙っている時間が増えている。


 父親の名前。


 麻薬王ギルバート・オルタニア。


 その名前を見た時の表情をカールは見逃していなかった。

カレンは過去を語らない。

だが完全に気にしていない人間の顔でもなかった。


「出かけてくる」


カレンは普段しない淑女の表情に苛立ちを乗せて本部のゲストハウスを出ていった。

行先こそ言わなかったがカールには察しがついていた。

父親のいる実家だ。


―オルタニア家、ラウンジ


ラウンジでブランデー入り紅茶を飲むカレンと初老の執事が話している。


「オルタニア家は葡萄栽培で財を成した一家でございます。お嬢様もお遊びをやめて家業を継ぐか跡継ぎを残されては―」


「葡萄栽培だぁ?ワインの造酒にかこつけてヤクを裏で売るだけだろーが」


「ははは、分かっておられるならお父様もお話が早いでしょう」


「そのお・と・う・様の事なんだけど、今どこにいるんだ?」


「旦那様はお忍びの旅行中でございます」


「ちっ、また愛人か・・・」


手癖の悪い父親は現在行方不明らしい。


「帰るわよ」


カレンは勢いよく紅茶を飲み干すと自宅を後にした。


―レアニス本部


カールは回収した資料を整理しながら第一保管施設について考えていた。


 死体の輸送。


 誘拐された孤児。


 転移者。


 違法薬物。


 そして楽園計画。


 全てがそこへ集まっている。

問題は敵がこちらを警戒し始めていることだった。最近の事件では証人が揃って口封じされている。

資料も意図的に処分されている。誰かが指揮している。それも相当に優秀な人間が。




「難しい顔してんな」




 ソファへ寝転んでいたカレンが言う。




「考え事だ」




「似合わねぇ」




「お前よりはな」




「テメー喧嘩売ってんのか」




「いつもだろ」




 カレンが何か言い返そうとした瞬間だった。


 遠くから低い振動音が伝わってくる。


 一度。


 二度。


 三度。


 直後、王都北部の空へ巨大な黒煙が立ち昇った。




「爆発だな」




 カールは反射的に立ち上がる。




 数秒後。


 今度は別の方向で爆発が起きた。


 窓ガラスが震える。


 三回目。


 四回目。


 王都のあちこちから煙が上がり始めた。




「面倒なことになった」




 カールの表情が険しくなる。




「いや」




 カレンは立ち上がりながら笑った。




「面白くなってきた」




 現場へ到着した時には街の一角が炎に包まれていた。

商業区にある大型倉庫群の一つが完全に崩壊している。衛兵達が必死に消火活動を行っていたが追い付いていない。住民達は叫びながら避難し、周囲は混乱そのものだった。

カールは崩れた建物の近くへしゃがみ込み、焼け焦げた瓦礫を拾い上げる。


 火薬の匂い。


 爆圧の痕。


 飛散方向。


 魔法ではない。




「どうだ?」




 セレンが近寄ってくる。




「爆薬だ」




 カールは黒い粉末を見つめた。




「それも素人じゃない」




 爆発は正確すぎる。

支柱だけを破壊している。

被害も必要以上に広がっていない。

つまり狙ってやっている。




「軍人か?」






「たぶん訓練経験者だ」




 その時、一人の情報屋が息を切らせながら駆け寄ってきた。




「まただ!」




「何がだ」




「別の場所も爆破された!」




 地図を広げる。


 するとカールの顔が変わった。




「全部同じか」






「何が?」




 来夏が覗き込む。




「全部楽園計画の拠点だ」




 猫密売組織。


 違法倉庫。


 麻薬保管庫。


 偽造身分証の製造施設。


 これまでレアニスが追っていた組織と全て繋がっている。




「証拠隠滅だな」




 ティナが呟く。




「だろうな」




 問題は誰がやっているかだった。爆破は夜になっても続いた。レアニスは王都中を駆け回ることになる。そして五件目の現場で異変が起きた。燃え盛る建物の向こう。屋上に誰かが立っていたのである。

炎を背に立つその姿は異様だった。黒いコートにガスマスク、そして背中には大量の爆薬を収納した装備。




「いたぞ」




 カールが低く呟く。




 男はこちらを見下ろしていた。


 まるで待っていたかのように。




「テメーが犯人か」




 カレンが叫ぶ。




 男は少しだけ笑った。




「やっと来たか」




 ガスマスク越しの声が響く。




「レアニス」




「お前は誰だ」




 カールが尋ねる。




 男は数秒沈黙した。




「ファイアフライ」




 それだけだった。




 だが次の瞬間。


 男の手から金属球が放り投げられる。




「伏せろ!」




 カールが叫ぶ。




 大爆発。




 炎と衝撃波が周囲を飲み込む。


 石畳が砕け、近くの建物の窓ガラスが全て吹き飛んだ。




「ヒャハハハ!」




 カレンが笑う。




「面白ぇじゃねぇか!」




 完全に戦闘モードだった。


 ファイアフライは異常な爆弾使いだった。


 ただ投げているわけではない。


 距離。


 地形。


 相手の移動速度。


 全て計算している。


 セレンが飛び出せば着地点へ爆弾が落ちる。


 来夏がゲートを開けば出口に爆弾が飛ぶ。


 ティナの植物を迂回するように爆炎が広がる。


 熟練者だった。




「軍歴があるな」




 カールは分析する。




「しかもかなり実戦的だ」




 爆発の癖を観察する。


 投擲フォーム。


 間合い。


 火薬配合。


 使っている装備。


 見覚えがあった。




 ありすぎた。




「あの野郎……」




 嫌な記憶が蘇る。




 父親だった。




 パイロ・フェニックス。




 スーパーヴィラン。




 全身を特殊パワードスーツで武装し、世界中を暴れ回った怪物。


 第二次世界大戦末期には戦場へ現れ、ナチス残党狩りを続けたことで有名な男だった。


 軍人ではない。


 英雄でもない。


 だが本人は正義を信じていた。

 見つけたナチスは皆殺し。犯罪者も皆殺し。 気に入らない連中もぶちのめす。イカれた白人至上主義者。アメリカではヴィランと呼ばれたが、一部の人間からは崇拝されていた。恐怖による秩序、暴力による正義・・・それを信じる犯罪者達から。そして目の前の男も、その一人だった。


 戦闘中に回収した通信機。


 資料。


 爆弾の設計図。


 それらを合わせると一つの事実が見えてくる。




「信者か」




 カールが呟く。




 ファイアフライの本名はエリック・ドーソン。


 元犯罪組織の爆発物技師。

少年時代からパイロ・フェニックスに憧れ続けた男だった。




 倉庫を爆破したのも。


 仲間を消したのも。




 全て"掃除"のため。




「親父の真似だ」




 カールは吐き捨てる。




 パイロ・フェニックスは証拠を残さない。


 敵も味方も口封じする。




 ファイアフライも同じだった。




 ただ違う点がある。




 親父は怪物だった。




 目の前の男はただの模倣犯だ。


 その瞬間だった。


 カールはライフルを構える。


 狙うのは頭じゃない。


 肩でもない。




 腰の爆薬パック。




 引き金を引く。




 銃声。




 爆薬へ命中。




 直後。




 轟音が夜空を揺らした。




 ファイアフライの身体が吹き飛ぶ。




 屋上が崩壊する。




 炎が上がる。




 レアニス全員が視線を向ける。




 しかし煙が晴れた時、そこに男の姿はなかった。




 逃げられた。




 まただ。




 だが無駄ではない。




 現場には一冊の資料が落ちていた。




 カールはそれを拾い上げる。




 《第一保管施設 最終移送計画》




 そう書かれている。




 ページをめくる。




 転移者。


 死体。


 薬物。


 実験資料。




 全てが三日後、第一保管施設へ集められる。




 そして最後のページには、ファイアフライ自身の名前も記されていた。




 《爆破主任 エリック・ドーソン》




 カレンが獰猛に笑う。




「決まりだな」




 その目は久しぶりに本気だった。




「三日後、全部ぶっ壊す」




 第一保管施設。


 楽園計画。


 ギルバート・オルタニア。


 そしてパイロ・フェニックスの崇拝者。


 長く続いた事件は、ついに一つの場所へ集約されようとしていた。



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