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第一保管施設

 第十二話

 第一保管施設


 三日後、レアニスは王都東部の深い森林地帯へ足を踏み入れていた。これまで追い続けてきた全ての事件はこの場所へ繋がっている。猫密売組織、花屋の暗号通信網、転移者を狙った窃盗団、誘拐事件、死霊術師達による墓荒らし、毒葡萄事件。その全ての資料に共通して記されていた施設名が《第一保管施設》だった。カールは先頭を進みながら周囲の地形を確認していた。木々の密度、斜面の角度、視界の通り方、伏兵を置くならどこか。軍人時代から染み付いた癖だった。


 森を抜けた瞬間、全員が目の前の光景に言葉を失う。


 それは研究施設というより要塞だった。高さ十メートル近い外壁が施設全体を囲み、監視塔が複数建てられ、輸送用のレールまで敷設されている。外には大量の荷馬車が並び、武装した警備員達が巡回を続けていた。




「思ったよりデカいな」




 カレンでさえ少し驚いたようだった。




「思ったよりじゃない」




 来夏が呟く。




「完全に王国軍レベルじゃん」




 カールも同意見だった。これだけの施設を秘密裏に維持するには莫大な資金と人員が必要になる。その時点で楽園計画が単なる犯罪組織ではないことは明らかだった。




「王国の中枢まで食い込んでるな」




 そう言いながら双眼鏡を覗く。巡回パターンは軍式だ。警備主任には戦場経験者がいるらしい。施設そのものも防衛戦を前提として構築されている。




「面倒だな」






「殴れば壊れるだろ」




 カレンは相変わらずだった。


 レアニスは夜まで待機し、完全に日が落ちてから潜入を開始した。来夏の《メビウス・ゲート》で外壁内部へ侵入し、ティナの《ロータス・クイーン》で監視塔の視界を塞ぎ、セレンが巡回兵を無力化する。ここまでは驚くほど順調だった。だが地下施設へ続く搬入口の先で、全員の足が止まった。


 広大な地下区画。


 並ぶ檻。


 数え切れないほどの人間達。


 老人。


 子供。


 孤児。


 転移者。


 中には異世界人ではない顔立ちの者までいる。


 研究資料も大量に保管されていた。


 人体改造実験。


 能力強化試験。


 薬物投与記録。


 解剖報告書。


 どれも正気の人間が書くものではなかった。




「最低だな」




 カールは低く呟く。




 軍時代、犯罪組織の人体実験施設を何度も見たことがある。だがここまで大規模なものは初めてだった。施設中央へ進むと、一人の老人が待っていた。白衣姿の痩せた男で、まるで客を迎える執事のように穏やかな笑みを浮かべている。




「ようこそ」




 その声には恐怖も焦りもなかった。




「会いたかったですよ、レアニス」






「誰だテメー」




 カレンが睨みつける。




「エドワード・グラス」




 老人は優雅に頭を下げた。




「楽園計画統括責任者です」




 やはり黒幕だった。




「質問があります」




 グラスはむしろ楽しそうですらあった。




「どうして皆さんは怒るのですか?」




「は?」






「私は進歩を目指しているだけだ」




 老人は両腕を広げる。




「転移者は素晴らしい。異なる知識、異なる歴史、異なる文明を持つ存在です。その全てを研究すれば人類はさらなる高みへ到達できる」






「そのために人を実験台にしたのか」




 カールが言う。




「当然でしょう」




 まるで呼吸するくらい当たり前のことのように答えた。




 そして語られる過去は狂気そのものだった。


 若い頃のグラスは王国最高峰の研究者だった。しかし転移者と出会ってしまった。異世界から来る人間達は、この世界には存在しない技術や理論を知っている。その可能性に魅せられた彼は、やがて知識を得るだけでは満足できなくなった。


 身体構造はどう違うのか。


 脳は何が違うのか。


 魂は何が違うのか。


 五十年以上の歳月をかけて研究はエスカレートし、やがて人間そのものが研究材料になった。




「狂ってるな」




 カールが吐き捨てる。




「もちろんです」




 グラスは笑った。




「まともな人間は革命を起こしません」


 その瞬間、施設全体が揺れた。


 爆発だった。


 続いて二発。


 三発。


 天井が吹き飛び、大量の瓦礫と炎が研究区画へ降り注ぐ。




「待ちきれなかったか」




 グラスが笑う。




 そして爆炎の向こうから現れた男を見た瞬間、カールは顔をしかめた。


 ファイアフライだった。




「久しぶりだなァ!」




 背中には巨大な爆薬ユニット。腰には数十発の爆弾。全身が武器庫そのものだった。




「ホーク!」




 名前を呼ばれる。




「親父みたいになれたか!?」




 カールは即座に答えた。




「なれるわけねぇだろ」




 その瞬間、ファイアフライの動きが変わった。


 ファイアフライことエリック・ドーソンは、幼い頃からパイロ・フェニックスを崇拝していた。貧民街で育ち、暴力と犯罪の中で生きてきた彼にとって、力によって全てをねじ伏せるパイロは理想の存在だった。第二次世界大戦中にパワードスーツを着込み、ナチス残党を世界中で追い回した怪物。


 政府すら制御できなかった男。


 悪人達の間では伝説だった。


 もちろんカールから見れば、性格の悪い差別主義者のクソ親父でしかない。


 だがファイアフライにとっては違った。


 英雄だった。


 だからこそ許せない。


 息子が父親を否定することが。




「貴様に何が分かる!」




 ファイアフライが爆弾を投げる。




 爆発。




 爆炎。




 研究設備が吹き飛ぶ。




 しかしカールは既に移動していた。

相手の投擲角度、起爆時間、爆風の広がり、何もかもが読める。




「決定的に違うぞ」




 ライフルを構える。




「親父はもっと強かった」




 皮肉でも何でもない。


 事実だった。




「黙れェ!」




 ファイアフライが激昂する。




 そこへカレンが突っ込む。


 彼女の拳と爆炎が正面から衝突し、衝撃で周囲のガラスが全て割れた。普通なら肉片になる距離だったが、狂犬女王は笑っている。




「面白ぇな!」




 さらに踏み込む。




 ファイアフライは爆発の反動で空中へ飛び上がる。




 だがその瞬間、ティナの植物が足首へ絡みついた。




「捕まえた」




 《ロータス・クイーン》。




 床を突き破った巨大な蔦が男を拘束しようとする。


 しかし爆発。


 また爆発。


 植物が吹き飛ぶ。




 その隙に来夏がゲートを展開し、死角から飛び出して蹴りを叩き込んだ。




 セレンも《ザ・ミラーズ》で空間認識を狂わせる。




 一瞬だけ生まれた隙。




 カールは見逃さなかった。




 呼吸を止める。




 狙うのは頭ではない。




 背中だ。




 パワードスーツには遠く及ばないが、ファイアフライの爆薬ユニットもまた彼の象徴だった。




 銃声。




 弾丸は正確に爆薬パックへ命中する。




 次の瞬間。




 轟音。




 研究区画全体が揺れるほどの大爆発が発生した。

ファイアフライの身体が壁へ叩き付けられ、そのまま瓦礫の中へ消えていく。爆炎の向こうでグラスだけが笑っていた。まるでまだ何も終わっていないと知っているかのように。


そしてカールも気付き始めていた。この老人の計画は第一保管施設だけで完結するものではない。本当の核心はもっと深い場所にあり、今までの戦いはその入口に過ぎなかったのだと。

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