パン屋の暗号
第八話
パン屋の暗号
楽園計画。
その言葉は少しずつレアニスの周囲へ姿を現し始めていた。
・猫密売組織。
・誘拐事件。
・転移者窃盗団。
・花屋の暗号通信。
・そして暗殺者リュドミラ。
どの事件にもその名前が見え隠れしているが実態は掴めない。
組織の目的も分からないし首領の名前すら不明だった。
「嫌いなんだよな」
机へ足を乗せながらカレンが言う。
「こういうコソコソした奴」
「お前は大体嫌いだろ」
カールが書類を整理しながら答える。
「正面から来る奴以外全部嫌いだ」
「ただの脳筋じゃねぇか」
「何だとコラ」
今日も平和だったがそんな時だった。
本部へ一人の男が訪れる。
年齢は五十代半ば、小太り、髭面。
如何にも商人という見た目だった。
「依頼だ」
男は席へ座るなり言った。
「情報屋だ」
アサシンギルド御用達の古株である。
カールとも何度か仕事をしていた。
「面白い話を持ってきた」
「面白くなかったら殺す」
カレンが言った。
「毎回それ言うな」
男は慣れた様子で流した。
「王都南区画に妙なパン屋がある」
「パン屋?」
カールが顔を上げる。
最近そういう話が多い。
花屋、雑貨屋、商会・・・全部何かの隠れ蓑だった。
「店名は《金の麦亭》」
「何がおかしい」
「客がパンを買わない」
全員が首を傾げた。
「意味分かんねぇな」
カレンが言う。
「パン屋だろ」
「そのはずだ」
情報屋は頷く。
「だが連中は毎日パンを注文する」
「変じゃない」
来夏が言う。
「変だ」
男は首を振った。
「そもそも受け取ってない」
翌朝。
レアニスは問題のパン屋へ向かった。
パン屋《金の麦亭》は王都南区画の住宅街にあった。
店構えは普通で焼き立てのパンの匂いもする。
客もいる。
怪しい部分など見当たらない。
「普通だな」
セレンが言う。
「普通だ」
カールも同意する。
だからこそ怪しい。
「まず観察だ」
近くの建物を借りる。
現代の刑事や探偵ものでよくある奴だ。
一時的に隠れ家を借りて見張る。
レアニスの面々は年頃の少女たちなのにこういう事には興味がないらしい。
いや、だから興味がないのだろうか?
こういう事で盛り上がるのはだいたい少年である。
カールは窓際から双眼鏡を構える。
「監視開始」
「お前そういう時だけ活き活きするな」
来夏が呆れる。
「本職だからな」
実際その通りだった。
軍時代も、ヒーロー活動時代も、追跡と監視は何度も経験している。
半日後。
異変があった。
「いたな」
カールが呟く。
「何が?」
「客だ」
一人の男が店へ入りパンを注文する。
怪しげな紙袋を受け取る。
そして数分後、近くのゴミ箱へ捨てた。
「は?」
来夏が固まる。
「何それ」
「普通じゃない」
ティナも首を振った。
「パンを食べない」
「つまり」
カールの目が細くなる。
「パン以外が目的だ」
その日の夜。
作戦が始まった。
「潜入すんのか?」
カレンが聞く。
「違う」
「じゃあ何だ」
「パンを盗む」
「それ犯罪じゃねぇか」
「お前が言うな」
全員納得した。
数十分後。
レアニスはパン屋から回収した紙袋を調べていた。
最初は何もないように見えた。
だが。
「見つけた」
カールが言う。
紙袋の内側。
極小の文字列。
「暗号か」
セレンが覗き込む。
「たぶんな」
紙へ薬剤を塗る。
すると隠し文字が浮かび上がった。
「また変なことしてる」
来夏が引いていた。
「スパイ映画で見た」
「映画?」
「忘れろ」
説明が面倒で解読には時間が掛かった。
だがティナが異変に気付く。
「これ」
紙を指差す。
「数字じゃない」
「何だ?」
「棚番号」
全員が彼女を見る。
「パンの陳列位置」
花屋に続いて今回もティナだった。
植物好きの少女は妙な観察力を持っている。
「棚の場所で暗号にしてる」
「情報伝達か」
カールが頷く。
パン屋もまた通信拠点だった。
さらに調査を進める。
数日後、ついに決定的証拠を掴んだ。
夜中のパン屋の地下。
そこに人が集まっていた。
武装した男達、彼らは冒険者ギルドの関係者。
そして見覚えのある紋章。
楽園計画。
また同じだった。
「本当に何なんだよ」
来夏が呟く。
「どこ行っても出てくる」
「巨大組織なんだろ」
カールは写真代わりに記録装置へ映像を保存していく。
盗聴器も動作中だ。
すると男達の会話が聞こえてくる。
『次の転移者は東部拠点へ』
『実験施設の準備は?』
『問題ない』
『冒険者ギルド側も了承済みだ』
空気が凍った。
冒険者ギルド。
まただった。
「腐りすぎだろ」
カールが呆れる。
「俺がいた頃から嫌な奴はいたけどここまでじゃなかったぞ」
「もっと上がいるな」
ティナが言った。
「幹部じゃない」
「理事会か?」
セレンが呟く。
「もしかするとギルド長クラス」
誰も否定できなかった。
その夜。
レアニスはアジトを急襲した。
「突撃だぁぁぁ!!」
カレンが正面突破する。
扉が吹き飛び敵の悲鳴が上がる。
ティナの植物が地下室を埋め尽くした。
来夏のゲートが逃走経路を封鎖する。
セレンは格闘術で敵を制圧する。
そして。
カールのライフルが指揮官の足を撃ち抜いた。
「動くな」
倒れた男へ近付く。
「楽園計画について話せ」
男は笑った・・・嫌な笑みだった。
「遅い」
そう言い残した次の瞬間―
男は自ら毒を飲んだ。
「チッ」
カールが舌打ちする。
また口封じだった。
だが今回は違う。
回収した資料の中に地図があった。
王都東部、森の奥と印が付いている。
そして横にはこう書かれていた。
《第一保管施設》
レアニスはようやく敵の拠点へ辿り着くための手掛かりを手に入れた。
楽園計画という巨大な陰謀は、少しずつその姿を現し始めていた。




