ボクのぬいぐるみ返せ!
第七話
ボクのぬいぐるみ返せ!
リュドミラとの戦いが終わって二日後。
レアニス本部は久しぶりに静かだった。
ティナは薔薇園で植物の手入れをしている。
セレンは厨房で昼食の準備をしている。
カレンは昼寝中。
カールは事件資料の整理をしていた。
いつも通り、平和と言っていい。
少なくとも昼までは。
「……」
部屋の隅で来夏が固まっていた。
「どうした」
カールが声を掛ける。
返事がない。
「おい」
「……」
「死んだか?」
「死んでない!」
来夏が勢いよく立ち上がる。
「大変なんだよ!」
「何がだ」
「モフ丸がいない!」
沈黙が落ちた。
「モフ丸?」
「モフ丸!」
来夏は本気だった。
「ボクの一番大切なぬいぐるみ!」
「ぬいぐるみか」
「ぬいぐるみだよ!」
「新しいの買え」
「テメェぶっ殺すぞ!」
珍しく怒鳴られた。
しかたなく事情を聞く。
モフ丸、熊のぬいぐるみ。
来夏が日本にいた頃から持っていた私物。
転移した時にも偶然所持していたらしい。
「つまり思い出の品か」
「そうだよ」
来夏は頷いた。
「友達から貰ったんだ」
その言葉でカールは少し考えを改めた。
単なるぬいぐるみではないらしい。
「最後に見たのは?」
「昨日の夜」
「部屋には鍵を掛けてたか?」
「掛けてた」
「窓は?」
「閉めてた」
案外まともな事件かもしれない。
カールは立ち上がった。
「調べるぞ」
来夏の顔が明るくなる。
「本当!?」
「暇だからな」
「ありがと!」
抱き付こうとしてきたので避けた。
「暑苦しい」
「今感動してたのに!」
現場は来夏の部屋だった。
大量のぬいぐるみが棚に並んでいる。
ベッドの上にも机の上にも窓際にもある。
「凄いな」
セレンが感心する。
「全部集めたの?」
「うん」
来夏は少し誇らしそうだった。
しかしカールは別のことへ注目していた。
窓。
鍵。
床。
足跡。
周囲の状況。
「侵入されてるな」
「本当?」
「窓だ」
指先で窓枠をなぞる。
金属工具でこじ開けた痕があった。
「外部犯だ」
「じゃあ盗まれたんだ」
来夏の顔が険しくなる。
「絶対許さない」
その時にカレンが部屋へ入ってくる。
「何だ?」
「ぬいぐるみが盗まれた」
「くだらねぇ」
即答だった。
「解散」
「解散じゃない!」
来夏が叫ぶ。
「ボクのモフ丸だぞ!?」
「知らねぇよ」
「酷い!」
レアニスは今日も平和だった。
だが皮肉なことに、事態は思った以上に面倒だった。
夕方。
アサシンギルドの情報網から連絡が入る。
王都で最近、転移者ばかりを狙う窃盗事件が多発しているという。
「転移者だけ?」
セレンが首を傾げる。
「そうらしい」
カールは資料を読む。
「現代文明の持ち物が標的になってる」
ライター。
腕時計。
手帳。
スマートフォン。
乾電池。
雑誌。
そしてぬいぐるみ。
「意味分かんねぇな」
カレンが言う。
「超怪しい・・・転移者マニアとかじゃないの?」
来夏が真顔で言う。
「怖いこと言うな」
しかし少なくとも偶然ではなさそうだった。
翌朝。
調査は思わぬ方向へ進展する。
「見つけた」
来夏が突然言った。
「何を?」
「モフ丸」
全員が振り向く。
「分かるのか?」
カールが聞く。
「モフ丸の中に目印がある」
来夏は胸を張った。
「ほつれた時に縫ったから」
そして少し得意そうに笑う。
「ゲート用のマーキングもしてた」
《メビウス・ゲート》。
来夏のスキルは設置した目印の位置を感覚的に捉えることができる。
その応用だった。
「場所は?」
「南区画」
「距離は?」
「三キロくらい」
十分近い。
カールは即座に地図を開いた。
「行くぞ」
「待ってた!」
来夏が立ち上がる。
問題の場所は古い倉庫街だった。
今は使われていない区域である。
「人いるな」
カールは双眼鏡を覗いた。
「十人以上」
「突っ込むか」
カレンが拳を鳴らす。
「待て」
「またか」
最近のカレンはよくこの台詞を聞いていた。
「情報を取る」
カールは工具箱を開く。
「今回は何だ?」
「盗聴器」
「便利だな、それ」
セレンが感心する。
壊れた懐中時計を改造する。
外見はそのまま。
中には小型送信機。
異世界の技術では再現不可能な代物だった。
「完成」
「魔道具?」
「違う」
「じゃあ何?」
「アメリカだ」
誰も理解できなかった。
盗聴によって判明した事実は予想外だった。
《転移者回収計画》
そう呼ばれる組織が存在していたのである。
倉庫内では複数の男達が会話していた。
「次の転移者はいつ来る?」
「三日後だ」
「資料は?」
「楽園計画本部へ送る」
カールの表情が変わる。
楽園計画。
またその名前だった。
猫密売事件。
花屋の暗号通信。
誘拐事件。
そして今回。
全て同じ名前へ繋がっている。
「当たりだな」
「どうする?」
カレンが笑った。
「決まってる」
カールはライフルを構える。
「突入だ」
次の瞬間。
カレンが扉を蹴破った。
轟音。
「全員死ねぇぇぇっ!」
狂犬女王が突撃し敵が悲鳴を上げる。
ティナの植物が床を突き破り、男達の足を絡め取った。
来夏はゲートを利用して倉庫の二階へ跳ぶ。
セレンは格闘術で武装集団を次々と制圧していく。
そして。
「モフ丸!」
倉庫の奥で叫び声が響く。
来夏だった。
両手でぬいぐるみを抱き締めている。
「良かった……」
本気で泣いていた。
「そこまでか?」
カールが呆れる。
「もちろんだよ!」
「家族だから!」
理屈は分からない。
だが失った物が戻った喜びだけは理解できた。
戦闘が終わった後。
カールは回収した資料を机の上へ並べる。
その中には組織図の一部があった。
最上段には大きくこう書かれていた。
《楽園計画》
そして、その下に並ぶ幾つもの名前。
花屋。
密売組織。
冒険者ギルド幹部。
転移者回収班。
全てが一本の線で繋がり始めていた。
レアニスはまだ知らない。
彼らが追っている敵が王都だけでなく、この国そのものを蝕んでいることを。




