狂犬女王の休日
第五話
狂犬女王の休日
王国最強のアサシンチーム《レアニス》には、一つだけ奇妙なルールがあった。
仕事がない日は休む。
徹底的に休む。
それも全力で休む。
カールは最初、その話を聞いた時に冗談だと思った。
だが実際は違った・・・本気だった。
「今日は休みだ」
朝一番にカレンが宣言した。
「誰も働くな」
「上司の口から出る言葉じゃねぇな」
カールは呆れた。
「仕事はどうする」
「明日やる」
「昨日もそう言ってたぞ」
「だから今日も明日やる」
理屈としては間違っていない。
間違っていないが納得もできなかった。
「スパ行くぞ」
カレンが言う。
「は?」
「スパだ」
「暗殺者が?」
「美容は大事だろ」
そう言われると反論しにくい。
実際、カレンは恐ろしく美人だった。
口を閉じていれば王女でも通る。
開くと全部台無しになるだけで。
王都東地区、高級温浴施設。
貴族や富裕層が利用する大規模施設だった。
広大な庭園、天然温泉、蒸気浴場、マッサージ設備まで揃っている。
カールは入口を見上げながら眉をひそめる。
「俺も入るのか」
「当然だろ」
「場違いだ」
「マスク被ってる時点でどこでも場違いだ」
来夏が言った。
それは少し傷つく。
「ボクは温泉楽しみ」
「ワタシも」
セレンは嬉しそうだった。
ティナに至っては既にパンフレットを読んでいる。
「美容に良い植物があるらしい」
「お前、本当に花好きだな」
「好き」
珍しく即答だった。
数時間後。
カールは休憩室でコーヒーを飲んでいた。
男湯を利用した後である。
マスクだけは外さなかった。
アメリカでも異世界でも素顔は秘密だった。
理由は格好いいから、本人はそう言っている。
「暇だな」
休息そのものは嫌いではない。
だが身体を動かさないと落ち着かない、軍人時代からの癖だった。
そんな時受付付近が騒がしくなる。
泣いている貴族、慌てる従業員、不自然な緊張感。
カールは無意識に立ち上がっていた。
「何があった?」
近くの従業員へ声を掛ける。
「お客様のお嬢様が……」
「誘拐されたそうです」
嫌な予感がした。
十分後。
レアニス全員が会議室へ集められていた。
休暇は強制終了である。
「誘拐?」
カレンが不満そうに言う。
「休み潰されたんだけど」
「そこじゃないだろ」
カールが突っ込む。
被害者は伯爵家の令嬢、年齢十二歳。
三十分前までロビー付近で確認されていた。
しかし現在は行方不明で身代金要求はなし。
目撃者もいない。
「面倒臭ぇな」
カレンが机へ足を乗せる。
「殺す相手がいるなら楽なんだけど」
「まだ事件だと決まったわけじゃない」
「お前そういうこと言って、毎回事件じゃねぇか」
確かにその通りだった。
現場検証はすぐに始まった。
カールはまず誘拐現場とされる中庭を確認する。
足跡はない。
争った形跡もない、血もない。
だが違和感はあった。
「これか」
石畳の隅に小さな傷がある。
普通なら気付かない。
しかし軍人時代の経験が警鐘を鳴らしていた。
「何かあった?」
セレンがやって来る。
「金具の痕跡だ」
しゃがみ込み観察する。
「馬車じゃない」
「じゃあ?」
「檻」
誰かを運搬した跡だった。
「やっぱり誘拐か」
セレンの声が沈む。
一方で来夏は施設中を走り回りながらゲート設置場所を探していた。
ティナは周辺の植物へ話しかけるように情報収集している。
カレンだけは相変わらず自由だった。
「犯人出て来ねぇかな」
「出て来てもお前は最初から殺そうとするだろ」
「当たり前だろ」
清々しいほど物騒だった。
夕方になった頃。
ようやく突破口が見つかる。
「見つけた」
ティナだった。
「植物が覚えてる」
周囲が集まる。
「何だって?」
「庭園の樹木」
ティナは静かに説明を始めた。
彼女のスキル《ロータス・クイーン》は植物を自在に操る能力だが、それだけではない。
植物が見聞きした情報を読み取ることもできる。
「あの子は連れ去られた」
「誰に?」
「男達」
「何人だ」
「五人」
一気に情報が揃う。
「行き先は?」
「北区画」
カールは地図を広げた。
そして表情を険しくする。
「最悪だな」
「どうした?」
カレンが身を乗り出す。
「この方向……冒険者ギルドの管理区域だ」
部屋が静かになった。
最近の事件で何度も名前が出ている組織。
冒険者ギルド。
猫密売。
花屋。
幹部の不正。
そして今回の誘拐。
「繋がったな」
カレンが笑う。
「偶然じゃねぇ」
その笑みは獲物を見つけた猛獣そのものだった。
「久しぶりに面白くなってきた」
一方でカールは嫌な予感を覚えていた。
偶然ではない。
だからこそ危険だった。
誰かが裏で動いている。
しかもかなり大規模に。
「急ぐぞ」
カールが立ち上がる。
「犯人が動く前に潰す」
レアニスも続く。
狂犬女王の休日はこうして終わった。
そして誘拐事件は、思っていた以上に大きな陰謀へ繋がっていくことになる。




