花屋の暗号
第四話
花屋の暗号
浮気調査の依頼によって、猫密売組織と冒険者ギルド幹部の繋がりが見え始めた。
とはいえ証拠はまだ乏しい。
カールとしては、ここで慌てて動くべきではないと思っていた。
軍でも警察でも同じだ。
確信を得る前に飛び込めば、追う側が返り討ちに遭う。
だが問題は自分の仲間だった。
「ぶっ殺してから調べれば?」
カレンが真顔で言った。
「駄目だ」
「何でだよ」
「証拠がない」
「死体なら作れるぞ」
「それは証拠じゃない」
話が進まなかった。
来夏が苦笑する。
「カレンって毎回それだよね」
「簡単だからな」
実にアサシンらしい考え方だった。
そんなやり取りをしていた頃、アサシンギルド本部に一本の連絡が入る。
依頼ではなく情報提供だった。
王都西地区で活動する小さな花屋。
そこの常連客が異常な頻度で失踪しているという。
最初は都市伝説扱いだった。
しかし調べてみると不可解な点が多い。
客だけではない。
配達員に仕入れ業者、近隣住民・・・花屋と関わった人間が何人も姿を消していた。
「また面倒そうだな」
カールは報告書へ目を通した。
「失踪事件?」
「表向きはな」
ティナが珍しく興味を示している。
「花屋の名前は《ローズ・ガーデン》」
彼女の目が僅かに細められた。
植物好きのティナにとって花屋は無視できないらしい。
「調べたい」
「珍しいな」
カールが言う。
「お前が積極的なのは」
「花が好きだから」
それだけ・・・だが十分過ぎる理由らしい。
翌日。
レアニスは花屋の調査を開始した。
《ローズ・ガーデン》は王都西地区の片隅にある小さな店舗だった。
外から見れば何の変哲もない花屋。
店主も愛想の良い中年女性である。
「普通だな」
来夏が言う。
「普通すぎる」
カールは周囲を見回した。
違和感がある・・・だが正体が掴めない。
店へ入ると花の香りが広がっている。
棚には大量の花束、観葉植物、鉢植えとどれも丁寧に管理されていた。
「いらっしゃいませ」
店主が笑顔を向ける。
「何かお探しですか?」
「いや」
カールは適当に答えた。
「ちょっと見てるだけだ」
その間、ティナは真剣な表情で店内を眺めていた。
普段は無表情な彼女にしては珍しい。
「どうした?」
カールが小声で尋ねる。
「おかしい」
「何がだ」
「花の並び方」
ティナは特定の花壇を指差した。
薔薇、百合、向日葵、ラベンダー。
確かに並んでいる。
しかしカールには違いが分からない。
「普通に見えるが」
「違う」
ティナは首を振った。
「意味がある」
その言葉でカールも興味を持った。
その日の夜、レアニス本部。
ティナは大量のメモを書き散らしていた。
「分かった」
突然そう言う。
「何が?」
来夏が聞いた。
「暗号」
部屋が静かになる。
「花言葉か?」
カールが尋ねる。
「違う」
ティナは紙を机へ広げた。
「配置」
花壇の並び、鉢植えの順番、色、大きさ、位置・・・全てに意味があった。
「情報伝達用の暗号」
ティナが断言する。
「誰かが花を使って連絡を取り合ってる」
「なるほどな」
カールは頷いた。
ようやく繋がった。
失踪事件。
花屋。
不自然な客。
全て説明できる。
「諜報組織か」
「たぶん」
「面白ぇ!」
カレンが立ち上がる。
「やっぱりぶっ壊そう!」
「落ち着け」
「何でだよ」
「まだ証拠がない」
カールは独自に監視を始めた。
まず購入した花束へ小型盗聴器を仕込む。
元々は懐中時計だった物を分解して作った自作品だった。
魔法ではない・・・機械だ。
当然ながら異世界人には理解されない。
「それ盗聴器?」
来夏が聞く。
「そうだ」
「どういう仕組み?」
「説明すると長い」
「説明できるの?」
「たぶん」
本人も完全には理解されないと思っていた。
三日後。
盗聴の成果が現れた。
花屋の地下に隠し部屋が存在していたのである。
そしてそこへ出入りする人物の名前も判明した。
「やっぱりな」
報告書を見たカールは呟く。
「誰だったの?」
セレンが聞く。
「冒険者ギルドだ」
空気が変わる。
地下施設を利用していたのは冒険者ギルド所属の人間達だった。
しかもただの冒険者ではない。
幹部クラスが複数人含まれている。
猫密売組織。
浮気調査。
今回の花屋。
全てが冒険者ギルドへ繋がり始めていた。
「腐ってんな」
カレンが笑う。
「やっぱり冒険者共は嫌いだ」
「向こうもそう思ってるぞ」
カールが言う。
「俺がいた頃からアサシンギルドを犯罪者扱いしてた」
「犯罪者だし」
来夏が言った。
「それはそう」
セレンも頷いた。
「納得するな」
カールは頭を押さえた。
その時。
ティナが小さく呟いた。
「まだいる」
「何がだ?」
「黒幕」
静かな声だった。
「花屋を使ってる人間じゃない」
「もっと上」
誰も笑わなかった。
ティナは滅多に勘で話さない。
植物の観察眼はレアニスでも一流だった。
「面白くなってきたな」
カレンが獣のように笑う。
「だったら一番上まで辿り着こうじゃねぇか」
バラバラだった事件は少しずつ繋がり始めていた。
そしてレアニスはまだ知らない。
その先に待つものが、王国全体を揺るがす陰謀であることを。




