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浮気調査は命がけ

 第三話

 浮気調査は命がけ


 猫密売組織を壊滅させてから三日後。

 レアニスの面々は珍しく平和な朝を迎えていた。

 ティナは庭園の手入れをしセレンは厨房で料理を作っている。

 来夏はソファでぬいぐるみを抱えながら居眠りをしていた。

 カレンはというと、豪華な長椅子へ寝転がりながら雑誌を眺めている。

 王国最強の暗殺チームとは思えない光景だった。

 もっとも、カールは既に慣れ始めていた。


 彼は応接室の机へ向かい、届いた依頼書を整理している。

 連絡役になってから分かったことだが、アサシンギルドの仕事は必ずしも人殺しではない。

 実際のところ半分近くは情報収集である。


 調査、監視、護衛、追跡、脅迫、恐喝。

 犯罪の匂いしかしないが、暗殺よりは平和だった。

 そんな中、一枚の依頼書が目に止まる。




「浮気調査?」




 思わず読み直した。




「また変なの来たな」




 カレンが面倒そうに言う。




「テメー最近そういう依頼ばっかだな」




「俺のせいじゃない」




 依頼人は宝石商のルドルフ。

 内容は妻の不貞行為の調査。

 報酬は金貨五十枚・・・しかも緊急案件らしい。




「何か怪しいな」




 カールは顎を撫でた。




「浮気調査にしちゃ金が良すぎる」




「罠?」




 来夏が覗き込む。




「あるいは何か隠してる」




 カレンが退屈そうに立ち上がった。




「まあとりあえず行くか」




「雑だな」




「暗殺者だからな」




 確かにその通りだった。


 依頼人のルドルフは王都でもそれなりに有名な宝石商だった。

 恰幅の良い中年男性で、高級そうな服を身に着けている。

 だが表情は明らかに疲弊していた。

 寝不足なのだろう。



「妻が浮気しているんです」




 部屋へ通されるなりそう言った。




「証拠は?」




 カールが聞く。




「ありません。しかし最近急に外出が増えまして……」




「愛人の特徴は?」




「分かりません」




「行き先は?」




「それも」




「なるほど」




 何も分からないらしい。




「お前、よく商人やってられるな」




 つい本音が出た。




「カール」




 セレンが小声で注意する。




「依頼人」




「悪い」




 悪いと思っていない顔だった。


 屋敷を出た後、レアニスは近くの喫茶店を借りて簡易作戦会議を行っていた。




「どうする?」




 来夏が尋ねる。




「尾行だろ」




 カレンが即答する。




「それじゃ素人と変わらない」




 カールは首を振った。




「まず監視体制を作る」




 そう言いながら彼はポケットからネクタイピンを取り出した。

 カレン達には銀色の普通の装飾品にしか見えない。




「何だァ、そりゃあ?」


 カレンが怪訝そうに尋ねる。


「監視装置だ」




「また始まった」




 来夏がうんざりした顔になる。




「今回は何が飛び出すの?」




 カールは机へ工具を広げた。

 小型レンズに金属片、微細な配線に蓄電池。

 異世界人にとって意味不明な道具ばかりである。

 慣れた手付きで組み立てていく。


 十分後。


 一見すると高級なネクタイピンが完成した。




「完成だ」




「何が変わったんだ?」




 カレンが聞く。




「鏡の代わりに使う」




「意味分かんねぇ」




 もっともだった。

 異世界には小型カメラという概念そのものがない。

 カールも説明を途中で諦めた。




「とにかくこれで見られる」




「そうか」




「納得したな?」




「全然分からん」




 予想通りの返事だった。



 その日の夕方。


 ターゲットである奥方の尾行が始まった。

 担当はカールだ。

 彼は通りの反対側を歩きながら対象を観察している。


 速度。


 目線。


 警戒心。


 訓練された人間かどうか。


 全て確認する・・・結果は黒だった。

 普通の貴族夫人とは動きが違う。

 路地へ入る前に必ず後方確認を行う。

 ガラスを利用して背後を見る。

 人混みに紛れる。


 まるで工作員である。




「これは浮気どころじゃないな」




 小型受信機へ小声で呟く。


 同じ頃。


 離れた建物ではセレンが待機していた。




『どうした?』




「対象がプロだ」




『暗殺者?』




「そこまでは分からん」




 だが嫌な予感があった。

 軍人時代の経験がそう告げている。

 尾行は王都北部の高級住宅街で終わった。

 女は一軒の屋敷へ入る。

 しばらくして別の男が現れた。




「いたな」




 双眼鏡を調整すると相手の顔が見えた。

 そしてカールは思わず沈黙した。




「……マジかよ」




『どうした?』




 来夏の声が聞こえる。




「面倒なことになった」




『だから何なのさ』




 男の顔は見覚えがあった。

 忘れるはずがない。

 冒険者ギルド幹部、しかも白銀の牙と繋がっていた人物だった。




「なるほどな」




 ようやく金貨五十枚の理由が分かった。

 これは単なる浮気調査ではない。

 政治問題である。


 翌日、レアニスの本拠地。



 カレン達は報告を聞いていた。




「つまり浮気してたと」




「してた」




「相手は」




「冒険者ギルド幹部」




 部屋が静かになる。




「面白くなってきたな」




 最初に笑ったのはカレンだった。




「冒険者ギルドか」




「だから高額だったんだろう」




 カールは頷く。




「依頼人も気付いてたんだ」




 問題はここからだった。


 ティナが珍しく口を開く。




「それだけじゃない」




「何?」




「この男」




 資料を机へ広げる。




「三日前、猫密売組織の摘発対象にも名前がある」




 空気が変わった。




「偶然じゃねぇな」




 カレンが笑う。




「全然関係ない依頼が繋がった」




 カールも同意だった。


 猫密売。


 冒険者ギルド。


 浮気調査。


 一本の線で結ばれ始めている。


 しかもあまり面白くない方向へ。




「テメー」




 カレンが言った。




「連絡役」




「カールだ」




「調べろ」




 狂犬女王は獲物を見つけた狼のような笑みを浮かべていた。




「私はこういう匂いが大好きなんだよ」




 こうしてレアニスは単なる浮気調査の裏に隠された陰謀を追うことになる。

 そしてその先には、冒険者ギルドとの本格的な対立が待っていた。

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