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消えた三毛猫

 第二話

 消えた三毛猫


 アサシンギルドの朝は奇妙だった。

 カールがそう思う理由はいくつもある。

 一つ目は、建物の地下から断続的に悲鳴が聞こえること。

 二つ目は、廊下で暗殺依頼の話をしていた二人組が、その十分後には酒場の新作スイーツについて真剣に議論していたこと。

 三つ目は、王国最強の暗殺チームだと言われるレアニスのメンバーが、想像以上に自由だったことだ。

 レアニス担当の連絡役になってから三日。

 カールは早くも常識というものを捨て始めていた。




「おい」




 朝食の席でカレンが言った。




「連絡役」




「俺には名前がある」




「覚えるの面倒だ」




「カールだ」




「長い」




「五文字だぞ」




 カレンは完全に無視した。

 人の話を聞かないタイプらしい。

 ティナは眠そうな顔のままパンを食べている。

 来夏は何かのパズルを組み立てていた。

 セレンは朝からスープを作っている。

 異世界最強クラスの暗殺チームとしては緊張感が足りなかった。




「今日の仕事は?」




 セレンが尋ねる。




「依頼書次第だな」




 カールは机の上の束へ視線を向けた。

 連絡役になったことで事務仕事も兼任するようになったのである。

 本人としては射撃より面倒だった。

 依頼書を一枚ずつ確認する。


 護衛、密輸調査、債権回収、資格剥奪工作。

 例によってろくでもない案件ばかりである。

 その中に一枚だけ妙な依頼があった。

 カールは二度見した。




「何だこれ」




「どうした?」




 カレンが聞いた。




「猫探し」




 沈黙。




「猫?」




 来夏が顔を上げる。




「猫だ」




「猫ってあの猫?」




「それ以外に何がある」




 カレンが依頼書を奪った。

 そして数秒後、眉間に皺を寄せる。




「ふざけてんのか」




 依頼人はローゼンベルク伯爵家令嬢。

 依頼内容。

 愛猫ミルクの捜索。

 報酬・・・なんと金貨三十枚!




「高くね?」




 来夏が率直に言った。




「猫一匹だよ?」




「貴族だからだ」




 カールは答える。




「俺の知っている金持ちも似たようなもんだ」




 アメリカにもいた。

 犬や猫の誕生日会へ大金を使う人間が。

 金持ちの価値観は時々理解できない。

 もっとも依頼書を読み進めるうちに、カールは別の違和感を覚えていた。

 猫が消えたのは三日前。

 窓は施錠されていた。

 警備犬は吠えていない。

 目撃証言もない。

 しかし猫だけが消えている。

 偶然にしては出来すぎていた。




「行ってみるか」




 カレンが立ち上がる。




「どうせ暇だしな」




「お前、仕事を暇潰し扱いするな」




「テメー連絡役の癖に生意気だな」




 いつもの言い合いをしながら、一行は屋敷へ向かった。

 ローゼンベルク伯爵家の屋敷は王都でも有数の豪邸だった。

 大理石の門。

 美しく整えられた庭園。

 巨大な噴水。

 正面だけでカールの知る一般家庭十軒分くらいありそうだった。




「税金の無駄遣いだな」




「貴族だから」




 セレンが言う。




「そういうもの」




 カールは納得しなかった。

 だが納得できないことは世の中にたくさんある。

 それも知っていた。

 出迎えたのは依頼人のエリシアだった。

 年齢は十六歳くらい。

 金髪の美少女だが目元が赤い。

 泣いていたのだろう。




「お願いします! ミルクを見つけてください!」




 勢いよく頭を下げる。

 カールは軽く手を上げて制した。




「最後に見たのは?」




「三日前の夜です」




「敵はいるか?」




「敵?」




「お前や両親を恨む奴だ」




 少女は困惑したような顔になった。

 普通の冒険者なら聞かない質問だからだ。

 しかしカールは違う。

 猫そのものには興味がない。

 事件に興味があった。

 事情聴取を終えると、彼はすぐに現場の確認を始めた。

 猫が消えた部屋の窓、床、家具、空気、それぞれ細かく調べていく。

 その姿は冒険者というより刑事や探偵に近かった。




「何か分かった?」




 来夏が聞く。




「侵入された形跡がある」




「本当?」




「ああ」




 窓枠を指差す。




「ここだ」




 肉眼では見落とすほど小さな傷があった。

 細い金属を差し込んだロックピックの跡。

 つまり誰かが鍵を開けて侵入したのである。




「猫泥棒?」




「たぶんな」




 カレンの表情が楽しそうになる。




「だったらぶち殺していいか?」




「まだ早い」




「つまらねぇな」




 カールは無視した。

 代わりに工具箱を取り出す。

 異世界へ持ち込んだ私物だった。


 配線。


 金属片。


 小型電池。


 半田ごて。


 この世界の人間から見ればゴミにしか見えない。




「また始まった」




 来夏が呟く。




「今回は何を作るの?」




「追跡装置だ」


 来夏は転移者である。

 昔の00何とかとか言うスパイ映画で見た奇妙な秘密道具を作っているカールに興味津々だった。

 残りのメンバーは見向きもしない。


「魔道具じゃなくて?」




「違う」




「じゃあ何?」




「追跡装置だ」




 説明しても理解されないので諦めた。

 三十分後。

 小型受信機が完成する。

 異世界の技術水準では再現不可能な代物だった。




「これ何するの?」




 セレンが興味深そうに覗き込む。




「猫を探す」




「それだけ?」




「それだけだ」




 全員がよく分からない顔をした。

 その日の夕方ようやく手掛かりが現れた。

 アサシンギルド御用達の情報屋から連絡が入ったのである。

 王都南区画の廃倉庫街で大量の猫が目撃されたという。

 普通の数ではない。

 数十匹規模。明らかに異常だった。


 レアニスは現場へ向かった。

 倉庫街は静かだった。

 人通りはない。

 しかしカールはすぐ異変を察知する。

 監視されている。

 建物の影、屋根、窓、視線がある。




「いるな」




「誰が?」




 来夏が小声で聞いた。




「見張りだ」




 双眼鏡を取り出す。

 軍用を改造した私物だった。

 異世界人から見るとよく分からない筒でしかない。

 しかしカールには十分だった。


 視界を拡大し敵を確認する。

 武装を人数を巡回経路も頭へ叩き込む。

 五分後には概ね把握できていた。




「八人」




「なんで分かるんだよ」


 カレンが言う。


「これで見たんだよ」


 呆れて双眼鏡を差し出すカール。

 カレンはそれを手に取って辺りを見渡した。

 その後の不思議そうな顔は全く持って奇妙だった。


「油断するな」




「するかよ」


 カールの助言にカレンが悪態をつく。


 カールはさらに観察を続ける。

 やがて倉庫の大扉が開いた。

 中から檻が運び出される。


 猫。


 猫。


 猫。


 そしてまた猫。


 その一匹の三毛猫を見た瞬間、依頼書の絵が脳裏に浮かんだ。




「見つけた」




「いた?」




「ミルクだ」




 来夏達も見る。

 確かに一致していた。




「猫密売組織か」




 ティナが呟く。




「全然普通の依頼じゃなかった」




「この世に普通の依頼なんてねぇよ」




 カールはそう言いながら拳銃の安全装置を確認した。

 カレンは楽しそうに笑っている。

 ティナは植物を操作する準備を始めた。

 来夏は壁際へ何かを貼り付ける。

 セレンも手袋をはめ直した。


 ただの猫探し。


 そう思っていた依頼は、いつの間にか犯罪組織壊滅任務へ変わっていた。

 そしてカールは知っている。

 こういう時、大抵の場合は猫より人間の方が面倒なことになるのだ。

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