六人の娘たち・後編
第三十九話 六人の娘たち・後編
要塞へ続く最後の橋の上で雪が静かに降っていた、つい先程まで殺し合っていたはずなのに不思議なほど穏やかな空気が流れており、スノウ達は道を塞いでおらず武器も下ろしている、敵のはずだった、実際に多くの人間を傷付けてきた、レアニスを苦しめてきた、それでも今の六人からは敵意が感じられなかった。
「父を殺してください」
スノウはもう一度言った。
その声に迷いはない。
カールは少女達を見る。
「理由を聞こう」
誰も動かない。
吹雪だけが橋の周囲を流れていく。
最初に口を開いたのは黒猫の少女だった。
「覚えてない」
小さな声だった。
「本当の名前」
「親は?」
カールが聞く。
「知らない」
少女は首を振った。
「物心ついた時には捨てられてた」
雪の中だった、飢えていた、凍えそうだった、死ぬはずだった、そこへ現れたのがパイロだった。
「生きるか」
父はそう言った。
「死ぬか」
「だから生きた」
少女は淡々と話す。
感情がないのではない、語り慣れすぎているのだ。
次にゴルディが話し始める。
彼女は貴族の娘だった。
能力が発現した。
その結果、家族は彼女を売った、研究材料として、能力者として、人間ではなく、商品として。
「父が壊しました」
ゴルディが微笑む。
「その研究所を」
大量の死体、炎、血、そして生き残った自分。
「だから感謝してます」
「今も?」
セレンが聞く。
ゴルディは少し黙った。
そして。
「分かりません」
と答えた。
アイリスは違った。
戦争孤児だった。
国境紛争、焼かれた村、死んだ家族、一人生き残った少女、パイロは彼女へ武器を与えた、銃を教えた、戦術を教えた、生き方を教えた、だから。
「尊敬してます」
アイリスは言う。
「でも」
「父は止まれない」
「だから終わらせないといけない」
スカーレットは笑いながら話した。
だがその瞳は少し悲しかった。
彼女は闘技場で育った。
能力者同士を戦わせる地下施設、観客が賭けをするための場所、そこで何十人も殺した、子供の頃から、ずっと、そして最後に現れた男がいた、パイロだった。
「全部壊して」
「私も連れ出して」
「好きに生きろって言った」
「だから好きだった」
小さく笑う。
「でもあの人」
「誰も幸せにしない」
それだけだった。
マリオネットは最も短かった。
「父がいなければ死んでた」
「父がいたから壊れた」
「それだけです」
彼女は糸を見つめる。
人を操る能力。
誰かの意思を奪う能力。
そして気付いた。
自分自身も操られていたことに。
ずっと。
パイロという男に。
最後にスノウが前へ出る。
六人の中心、最初に現れた少女、最も古くからパイロの側にいた娘、だから全員が黙った。
「私は七歳でした」
スノウが言う。
「父と会った時」
雪山だった。
親に捨てられた。
能力は危険だから。
化け物だから。
そんな理由だった。
だから死ぬ予定だった。
そこへパイロが来た。
「強くなれ」
「世界を殴り返せ」
父は言った。
そして育ててくれた、戦い方を教えた、生き方を教えた、家族になった。
「だから」
スノウは空を見る。
「大好きだったんです」
「今も」
「多分」
雪が降る。
誰も口を挟まない。
「でも」
スノウの声が震える。
「父は私達を見ていない」
「最初から」
「ずっと」
「カールさんだけなんです」
静寂。
橋の上の空気が凍り付く。
「父は私達を育てました」
「守ってくれました」
「救ってくれました」
「でも」
「誰も愛してなかった」
「戦わせるための道具でした」
六人全員が黙っている。
否定しない。
それが答えだった。
「だから」
スノウが涙を流す。
今まで見たことのない顔だった。
敵ではなく。
ただの少女の顔だった。
「終わらせてください」
「私達じゃできない」
「父を殺せるのは」
「あなただけです」
カールを見る。
まっすぐ。
祈るように。
長い沈黙が流れる。
やがてカールは要塞を見上げた。
最上階。
あの男が待っている。
全ての元凶パイロ・フェニックス。
「分かった」
カールは答える。
「終わらせる」
スノウが少しだけ笑った。
他の少女達も。
初めて。
戦いではなく安堵したように。
そして彼らの背後、要塞最上階、大きな窓の前でパイロ・フェニックスは全てを見ていた。
六人の娘達。息子。最後の舞台。全部。
老人は静かに酒を飲む。
そして笑う、嬉しそうに。
心の底から。
「ようやくだ」
「やっとここまで来たか」
炎の怪物は立ち上がる。
長い物語が終わる、父と子、どちらかが死ぬ、その時が目前まで迫っていた。




