六人の娘たち・前編
第三十八話 六人の娘たち・前編
吹雪の向こうに廃要塞が見えた。
山頂へ築かれた巨大な石造建築、数百年前の軍事拠点だったらしく雪に埋もれながらも圧倒的な存在感を放っており、その最上階にパイロ・フェニックスがいる。
カールはそう確信していた。
だが同時に理解している。
簡単には辿り着けない。
あの男が待っている以上、その前に必ず壁がある。
そして予想は正しかった。
要塞へ続く最後の橋へ到着した瞬間、吹雪が止んだ。
異常だった。
今まで嵐のように吹いていた風が突然消え、雪も落ちない。
まるで誰かが天候そのものを停止させたようだった。
「いるな」
カールが呟く。
セレンも頷く。
ティナも植物の感覚で察知している。
そして。
橋の中央へ六つの人影が現れた。
スノウ。
ゴルディ。
黒猫の少女。
マリオネット。
スカーレット。
アイリス。
パイロが育てた六人の能力者達だった。
以前戦った時より近い。
以前より強い。
そして以前より覚悟が決まっているように見えた。
「父は上にいます」
スノウが言う。
「知ってる」
カールが答える。
「会わせないよ」
黒猫の少女が言った。
「それが仕事だから」
「なら倒して行く」
「うん」
少女は静かに頷く。
「そうなる」
戦闘は前触れなく始まった。
最初に動いたのはスカーレットだった。
空間切断。
長刀が振るわれた瞬間、橋そのものが斜めに切り裂かれる。
轟音。
雪煙。
崩壊。
数十トン規模の石材が谷底へ落下した。
カールは跳ぶ。
セレンも。
ティナも。
一歩遅れていれば終わっていた。
同時にゴルディが動く。
黄金粒子。
数千本規模の武器群。
空全体が金色へ染まる。
王都で見た時以上の物量だった。
空が敵になる。
そんな光景だった。
ティナが前へ出る。
《ロータス・クイーン》。
雪原を突き破りながら巨大樹木が発生する。
森。
いや。
要塞そのものを飲み込むほどの大森林。
ティナは明らかに以前より強くなっていた。
仲間を失った後も能力の研究を続けていたのだろう。
樹木が黄金の武器群を迎撃する。
蔦が空を覆う。
根が地面を支配する。
戦場そのものを書き換えていく。
「ティナ」
ゴルディが笑う。
「綺麗です」
「嫌い」
ティナが即答する。
「すごく」
植物達が一斉に襲い掛かった。
一方。
セレンはマリオネットと対峙していた。
透明な糸。見えない斬撃。触れれば終わり。危険極まりない能力。だがセレンの瞳に迷いはなかった。
《ザ・ミラーズ》。
空間反転。
糸の軌道が狂う。
方向感覚が反転する。
マリオネットが初めて表情を変えた。
「またそれ」
「効くでしょ」
「嫌いです」
「私もあなた嫌い」
珍しく即答だった。
そして中央。
カールはスノウ、アイリス、黒猫の少女を相手にしていた。
三対一。
状況は最悪だった。
しかし。
軍人としては慣れていた。
銃声。
爆発。
閃光。
煙幕。
連続起爆。
雪原が吹き飛ぶ。
橋が砕ける。
現代兵器の嵐だった。
アイリスが笑う。
「やっぱり好きです」
「何がだ」
「その戦い方」
「気持ち悪いな」
「父も同じこと言います」
「最悪だな」
本当にそうだった。
黒猫の少女が手を振る。
巨大な魔獣群が出現する。
雪原を埋め尽くすほどの数。
それでもカールは止まらない。
手榴弾。
起爆。
ライフル射撃。
魔石爆弾。
爆炎が雪原を赤く染める。
オーバードライブを使わなくても十分強い。
それを初めて六人は理解していた。
長い戦闘の末。
全員が傷付いていた。
スノウの肩から血が流れる。
ゴルディの盾は砕けている。
マリオネットの糸は半分以上失われた。
ティナも満身創痍。
セレンも血塗れだった。
カールも立っているのがやっとだった。
その時。
不意にスノウが笑う。
戦闘中には似つかわしくない穏やかな笑みだった。
「やっぱりですね」
「何がだ」
カールが聞く。
「父が気に入る理由」
彼女は振り返る。
要塞の頂上。
パイロが待つ場所を見る。
「行ってください」
静かな声だった。
「私達じゃ」
「もう止められない」
他の五人も黙っている。
反対しない。
誰も。
風が吹いた。
吹雪が戻る。
六人の少女達は道を開ける。
最後の橋。最後の階段。その先。
パイロ・フェニックス。
全ての元凶。全ての始まり。
そしてカールの父親。
「父を殺してください」
スノウが言う。
「私達は」
「もう疲れました」
その言葉だけを残して。
六人の少女達は静かにその場へ立ち尽くした。
カールは何も言わない。
ティナも。
セレンも。
ただ前を見る。要塞最上階。そこに待つ炎の怪物を。
決着の時が来ていた。




