雪原突破
第三十七話 雪原突破
雪は止む気配がなかった。
北部山岳地帯へ足を踏み入れてから三日が経過しており、吹雪は日に日に強さを増し、人の手で作られた道は既に雪の下へ埋もれ、視界も悪く数十メートル先すらまともに見えない状況が続いていた。
そんな極寒の雪原をカール、セレン、ティナの三人は黙って進んでいた。
かつてレアニスと呼ばれた組織の生き残り。
誰も余計なことは話さない。
話題にしたくない名前があるからだ。
来夏。
カレン。
二人とももういない。
その事実だけが三人の間に残っていた。
雪を踏み締めながらカールは地図を確認する。
パイロの拠点まであと半日。
順調だった。
順調すぎるほどに。
だから嫌な予感がする。
「待て」
カールが立ち止まる。
セレンも足を止めた。
「敵?」
「いる」
ティナが先に答えた。
植物は少ない。
だが雪の下に眠っている根が教えてくれる。
近い、かなり。
その瞬間、雪原が爆発した。
轟音と共に白銀の世界が砕け散り、巨大な氷柱が地面から突き上がる。
三人は反射的に飛び退いた。
「来る!」
セレンが叫ぶ。
吹雪の向こう。
そこに少女が立っていた。
白い軍服、銀髪、蒼い瞳、年齢は十五歳ほどで、空気そのものが凍り付いている。
明らかに能力者だった。
「初めまして」
少女が一礼する。
「私はフロスト」
「七番目です」
「増えたな」
カールが頭を抱えた。
「七人目かよ」
「いっぱいいます」
「知ってる」
もう嫌というほど。
フロストは小さく微笑み、右手を上げる。
次の瞬間、吹雪が牙を剥いた。
暴風雪。
超低温。
氷結。
周囲数百メートルが一瞬で戦場へ変わり、雪が刃となり氷が槍となり風そのものが殺意を持つ。
自然災害だった。
能力というより天候操作に近い。
ティナが即座に《ロータス・クイーン》を発動する。
雪原を突き破って巨大植物が出現し、樹木、根、蔦、ありったけの植物を展開する。
だが凍る。
触れた瞬間全部。
一瞬で白い結晶へ変わって砕け散った。
ティナの顔色が変わる。
「嫌」
「すごく嫌」
植物使いにとって最悪の相手だった。
セレンも動く。
《ザ・ミラーズ》。
空間反転。
感覚狂乱。
上下、左右、重力、方向感覚、その全てを反転させる。
しかしフロストは止まらない。
吹雪そのものだからだ。
方向感覚を失っても関係ない。
風が勝手に殺しに来る。
「相性悪い」
セレンが珍しく舌打ちする。
「最悪」
「同感だ」
カールも答えた。
吹雪の中で銃声が響く。
カールだった。
ライフル、拳銃、連続射撃、さらに雪面へ手榴弾を投げる。
起爆。
爆発。
氷結地帯を強引に破壊し前線を押し上げる。
軍人としての戦い方だった。
能力より道具。
能力より戦術。
能力者相手の常套手段。
しかしフロストは笑っていた。
「父が言ってました」
少女が言う。
「あなたは面倒なタイプだって」
「嬉しくないな」
「私もです」
即答だった。
その瞬間、吹雪が割れる。
フロストが初めて前へ出た。
速い。
スノウやスカーレットと同等。
いや、雪原に限ればそれ以上だった。
氷の剣を生成する。
振るう。
空間が凍る。
地面が凍る。
全部凍る。
だが。
カールも待っていた。
閃光弾。
煙幕。
爆薬。
三連起爆。
視界を奪う。
吹雪を乱す。
風向きを変える。
能力者へ対するためだけに鍛えた戦い方だった。
その隙をティナが逃さない。
残された最後の植物。
一本だけ。
細い蔦。
それがフロストの脚へ絡み付く。
ほんの一瞬。
コンマ数秒。
しかし十分だった。
「セレン!」
カールが叫ぶ。
「任せろ」
《ザ・ミラーズ》全開。
世界が反転する。
上下も。
左右も。
全部。
フロストの認識が崩れる。
空間感覚が消える。
そして。
カールが距離を詰める。
拳銃。
至近距離。
連射。
氷の鎧が砕ける。
さらに爆薬。
起爆。
轟音。
爆煙が晴れる。
少女は膝をついていた。
傷付いている。
初めて。
「強いですね」
フロストが微笑む。
「知ってる」
「父が喜びます」
その瞬間。
転移陣が展開された。
スノウと同じ。
ゴルディと同じ。
撤退だった。
「待て」
カールが言う。
「パイロはどこだ」
少女は少し考えて。
そして微笑んだ。
「頂上です」
「ずっと待ってます」
「あなたを」
そのまま転移する。
吹雪だけが残った。
静寂。
雪原へ再び風が吹く。
カールは山頂を見上げた。
そこにいる。
パイロ・フェニックス。
全ての元凶。
来夏の死も。
カレンとの決闘も。
全部の始まり。
「行くぞ」
カールが言う。
「うん」
「行く」
セレンとティナも頷く。
残された距離は僅かだった。
決戦はもう始まっている。
そして山頂では。
パイロ・フェニックスが静かに笑っていた。
息子が来る。
その事実だけを心から楽しむように。




