灰になった場所
第三十六話
灰になった場所
レアニスが壊滅してから二ヶ月が過ぎていた。
王都の外れにある共同墓地には新しい墓標が二つ増えている。
来夏。カレン・オルタニア。
二人の名前が刻まれた石碑の前で、カールは一人立っていた。
季節は冬へ移り変わっている。
冷たい風が吹き抜けるたびに墓前へ置かれた花が揺れ、その度に静寂だけが深くなっていく。
レアニスは終わった。
少なくとも組織としては。
セレンは王都を離れた。
ティナも消息を絶った。
本部は閉鎖された。
かつて世界を相手に暴れ回っていた暗殺集団は、今や名前だけが残っている。
そして全部壊したのは自分だった。
カールは何も言わない。言葉にする資格などないと分かっているからだ。
「相変わらず顔が暗ぇな」
不意に声が聞こえる。
反射的に振り返る。
誰もいない。
当然だった。
聞こえるはずがない。
カレンは死んでいる。
それでも。
耳に残っている。
ずっと。
その日の夜。カールは古びた倉庫へ入っていた。
かつてレアニスが利用していた秘密拠点の一つである。
地下扉を開く。 照明を付ける。
そしてそこには大量の武器が保管されていた。
拳銃。ライフル。対物狙撃銃。爆薬。ロケットランチャー。魔石爆弾。
さらに壁面には大量の地図が貼られている。
パイロ・フェニックス。
スノウ。
ゴルディ。
スカーレット。
アイリス。
全員の情報。
数ヶ月かけて集め続けていた資料だった。
来夏が死んだ後カールは冒険者ギルドの情報網を調べた。
グラスの残党も追った。王都情報局も利用した。
その結果一つだけ分かったことがある。
少女達は全員孤児だった。
それぞれ別の地域。
別の時代。別の環境。しかし共通点がある。
パイロが拾った。育てた。戦わせた。
それだけだった。
「本当に変わってねぇな」
資料を見る。胸糞が悪かった。昔からそうだ。パイロ・フェニックスは英雄ではない。
正義でもない。誰かを導く人間でもない。ただ気に入った連中を拾う。
鍛える。戦わせる。死んだら終わり、それだけ。
昔も。
今も。
何も変わっていない。
その時だった。
扉を叩く音。一回。二回。三回。
反射的に拳銃へ手が伸びる。
静かに近付く。
扉を開く。
そしてカールは初めて表情を変えた。そこに立っていたのはティナだった。
以前より痩せている。右目には包帯。足取りも少し不自然だった。それでも間違いなく本人だった。
「生きてたか」
カールが言う。
「そっちも」
ティナが答える。
相変わらずだった。感情表現は少ない。
だが。彼女は一人ではなかった。
さらに後ろ。フードを被った人物が立っている。
その人物が顔を上げる。
そして。
カールは言葉を失った。セレンだった。
こちらも傷だらけだった。
左腕には大きな火傷跡がある。戦闘の後遺症なのだろう。
しかし生きていた。しばらく沈黙が続く。
誰も言葉を探していた。何を話せばいいのか分からない。
仲間と言えるのか。
言えないのか。
そもそも再会していいのか。
全部分からない。
やがてセレンが口を開く。
「ムカつく」
「いきなりだな」
「カレンと来夏が死んでレアニスも終わって、なのにパイロだけ生きてる」
小さな声だった。
だが怒りは十分伝わった。
ティナも頷く。
「嫌」
「すごく嫌」
珍しく強い口調だった。カールは黙っていた。言い返せない。資格もない。
するとセレンが続ける。
「だから殺しに行く・・・パイロを」
空気が変わる。ティナも。セレンも。
本気だった。カールは二人を見る。
傷だらけだ。もう以前のレアニスではない。
来夏もいない。
カレンもいない。
それでもこの二人はここへ戻ってきた。
答えは一つだった。
「無理だぞ」
カールが言う。
「知ってる」
セレンが答える。
「勝てない」
「知ってる」
「死ぬぞ」
「知ってる」
「だったら」
「だから行く」
今度はティナが言った。
そしてほんの少しだけ笑った。
「レアニスだから」
それだけだった。それだけで十分だった。
―
北方。雪山。廃要塞。
パイロ・フェニックスは窓辺に立っていた。
その後ろには六人の少女達。
誰一人欠けていない。
そして老人は遠くを見る。
王都。
その先。
かつてレアニスだった者達。
「来るな」
楽しそうに笑う。
「ようやく来る」
怪物は待っていた。
息子を。
最後の戦いを。
そして・・・世界で最も最悪な親子喧嘩を。




