炎の向こう側
第三十五話
炎の向こう側
世界が白く染まっていた。
《ハイ・ディメンター》による次元崩壊。
高濃度魔石爆弾のクラスター爆弾並の連鎖爆発。
そして《オーバードライブ》による限界突破。
全てが同時に衝突した結果、地下資料室は完全に消滅し、本部そのものが半壊状態へ陥っていた。
轟音。
崩落。
炎。
瓦礫。
視界を埋め尽くす粉塵。
その中心で、二つの影が立っていた。
カレンの右腕は肘から先が消えていた。
《ハイ・ディメンター》の暴走に爆発が重なった結果だった。
左肩もほとんど機能していない。
全身が血塗れだった。
それでも立っている。
笑っている。
狂犬女王らしく。
最後まで。
「やるじゃねぇか」
掠れた声だった。
「初めてだ」
「何がだ」
カールも満身創痍だった。
《オーバードライブ》の反動で全身が壊れかけている。
骨も。
筋肉も。
内臓も。
ほとんど限界だった。
「私をここまでやった奴」
カレンは笑う。
「お前が初めてだ」
二人の間には数メートルしかなかった。
本来なら会話する距離ではない。
殺し合う距離だ。
カレンは残った左手を持ち上げる。
緑色の光。
《ハイ・ディメンター》。
最後の一撃。
全てを終わらせるための一撃。
カールも理解していた。
次で終わる、間違いなく。どちらかが死ぬ。
その時だった。
セレンが叫ぶ。
「やめろ!」
崩れた通路の先。
ティナも来ていた。
二人とも血まみれだった。
先ほどの爆発で巻き込まれている。
それでも止めようとしていた。
仲間だから。
しかしカレンは振り返らない。
「下がれ」
静かな声だった。
「カレン」
セレンの声が震える。
「もう終わり」
「違う」
「終わらせるんだ」
その瞬間。
カレンが走った。
緑色の光が地下空間を埋め尽くす。
《ハイ・ディメンター》最大出力。
最後の。
本当に最後の攻撃。
空間そのものが消滅しながら進む。
壁が消える。
床が消える。
瓦礫が消える。
存在そのものが削り取られていく。
誰も避けられない。パイロ以外なら。
しかし。
カールの目は変わっていた。
《オーバードライブ》。世界が止まる。
瓦礫。塵。血液。全部静止して見える。
肉体は限界を超えていた。もう長く保たない。
だがそれで十分だった。
一歩。
踏み込む。
二歩。
さらに加速してカレンの懐へ入る。 誰も届かなかった場所。誰も成功しなかった距離。
そして最後にカールは呟いた。
「悪かった」
本心だった。
本当に。
心から。
カレンは笑った。
怒りも。殺意も。全部残ったまま。
それでも。最後だけは。昔の顔だった。
「馬鹿野郎」
それが最後だった。
ナイフが閃く。軍用コンバットナイフ。喉へ。心臓へ。正確無比な二連撃。
《オーバードライブ》が生み出した超高速攻撃。
カレンは反応できない。避けられない。間に合わない。
緑色の光が消える。
《ハイ・ディメンター》が停止する。
カレンの身体が崩れる。
ゆっくりと。
静かに。
まるで眠るように。
セレンが駆け寄る。ティナも。しかし遅かった。
誰の目から見ても分かる。終わっていた。
狂犬女王。
レアニス最強。
カレン・オルタニアは死んだ。
沈黙・・・誰も喋れない。
カールも立ったまま動かない。
そして。
《オーバードライブ》が限界を迎える。
膝をつく。
血を吐く。
視界が揺れる。
死んでもおかしくない状態だった。
ティナは右足を失っていた。
セレンも重傷だった。
来夏は死んだ。
カレンも死んだ。
本部は半壊。
レアニスは事実上壊滅した。残ったものはあまりにも少ない。
数日後。
セレンはアサシンギルドを去った。
もう以前のようにはいられなかった。
ティナも王都を離れた。
静かな場所で植物を育てるために。
誰もカールを責めなかった。責める気力も残っていなかった。
―そして冬。雪が降る北部山岳地帯。廃要塞。
暖炉の前。
パイロ・フェニックスは一人座っていた。
少女達の姿はない。
スノウも。ゴルディも。アイリスも。全員どこかへ消えている。
老人だけがいた。机の上には報告書が置かれている。
レアニス壊滅。
カレン死亡。
来夏死亡。
組織機能停止。
その文字を見ながらパイロは静かに笑った。
「ようやくだ」
窓の外を見る・・・雪が降っている。
遠く。ずっと遠く。その向こう。
息子が、カールがいる。
「これで邪魔者はいなくなった」
老人は立ち上がる。焼け焦げた装甲が軋む。
その瞳には狂気しかない。
「次は二人、父と子だけだ」
炎の怪物は笑う。心の底から嬉しそうに。
こうしてレアニスは終わった。
だが物語は終わらない。
全てを失ったカールと全てを壊したパイロ・フェニックス。
最後の戦いだけがまだ残されていた。




